6 / 6
第6話 ありがとう、さくら。
しおりを挟む
全てを思い出した。
僕は帰宅途中に歩道に突っ込んで来たトラックと衝突した。
遠ざかる意識の中でさくらに会いたいと強く願った。
神様は僕の願いを聞いてくれたのかもしれない。
日曜日の朝、さくらを海浜公園に誘った。
さくらにこの場所でプロポーズされたのは一ヶ月前の出来事だった。
キラキラとした朝日に反射した海が眩しかった。穏やかな風が潮の香りを運んで来る。僕は躊躇うさくらの手を取って浜辺を歩いた。波打ち際まで行って、腐ったみかんが埋まっていたのはこの辺りだったと言うと、まだ根に持ってるのと、さくらが笑った。
「僕は根深い男なんだ。だからここにいるのかもしれない。ごめんな」
「なんで謝るの?」
「彼、いい奴だな」
「結婚認めてくれるの?」
「もちろん」
「ありがとう」
「胸を張って会えるよ。お母さんに」
さくらがハッとした顔で僕を見た。
「何言ってるの一郎」
「お父さんだろ」
「一郎は一郎だよ」
「小さな手だったのにな」
つないださくらの手をしげしげと眺めた。
「今日の一郎、何か変だよ」
「出来る事ならずっとさくらと一緒にいたい」
「いればいいじゃない。結婚したって私は遠くに行かないよ。彼ね、一郎と一緒に暮らしてもいいって言ってくれたんだよ」
「ありがとう。だけどダメみたいなんだ」
「なんで」
つないだ手をあげ、さくらに見せた。
さくらが僕に抱きついた。
「一郎、行っちゃヤダ」
さくらの声が涙で染まる。
僕の手は消えかかっていた。
「この間、僕に結婚したいって言っただろ? ずっと考えてたよ。さくらは酔った勢いで言った冗談かもしれないけど」
「冗談なんかじゃない。本当に一郎の事が好きだったの」
「ありがとう。僕もさくらの事が好きだ。だけど、さくらは僕にとって目の中に入れても痛くない程、愛しい娘なんだ」
「うん」
さくらが涙をいっぱい浮かべて頷いた。
「さくらと親子になれて幸せだった。僕をお父さんにしてくれてありがとう」
さくらが顔をくしゃっとさせて僕の胸で泣き崩れた。
「ずっとそばにいて……お母さんの所に行かないで……。
ねえ、お願い……一郎……」
消えかかった腕で強くさくらを抱きしめる。
さくらと過ごした十五年の月日が胸を熱くする。幸せだった。本当に、本当に幸せだった。
さくら、ありがとう。幸せになれよ。
強く願った瞬間、目の前のさくらが消え、僕は光になった。
終
僕は帰宅途中に歩道に突っ込んで来たトラックと衝突した。
遠ざかる意識の中でさくらに会いたいと強く願った。
神様は僕の願いを聞いてくれたのかもしれない。
日曜日の朝、さくらを海浜公園に誘った。
さくらにこの場所でプロポーズされたのは一ヶ月前の出来事だった。
キラキラとした朝日に反射した海が眩しかった。穏やかな風が潮の香りを運んで来る。僕は躊躇うさくらの手を取って浜辺を歩いた。波打ち際まで行って、腐ったみかんが埋まっていたのはこの辺りだったと言うと、まだ根に持ってるのと、さくらが笑った。
「僕は根深い男なんだ。だからここにいるのかもしれない。ごめんな」
「なんで謝るの?」
「彼、いい奴だな」
「結婚認めてくれるの?」
「もちろん」
「ありがとう」
「胸を張って会えるよ。お母さんに」
さくらがハッとした顔で僕を見た。
「何言ってるの一郎」
「お父さんだろ」
「一郎は一郎だよ」
「小さな手だったのにな」
つないださくらの手をしげしげと眺めた。
「今日の一郎、何か変だよ」
「出来る事ならずっとさくらと一緒にいたい」
「いればいいじゃない。結婚したって私は遠くに行かないよ。彼ね、一郎と一緒に暮らしてもいいって言ってくれたんだよ」
「ありがとう。だけどダメみたいなんだ」
「なんで」
つないだ手をあげ、さくらに見せた。
さくらが僕に抱きついた。
「一郎、行っちゃヤダ」
さくらの声が涙で染まる。
僕の手は消えかかっていた。
「この間、僕に結婚したいって言っただろ? ずっと考えてたよ。さくらは酔った勢いで言った冗談かもしれないけど」
「冗談なんかじゃない。本当に一郎の事が好きだったの」
「ありがとう。僕もさくらの事が好きだ。だけど、さくらは僕にとって目の中に入れても痛くない程、愛しい娘なんだ」
「うん」
さくらが涙をいっぱい浮かべて頷いた。
「さくらと親子になれて幸せだった。僕をお父さんにしてくれてありがとう」
さくらが顔をくしゃっとさせて僕の胸で泣き崩れた。
「ずっとそばにいて……お母さんの所に行かないで……。
ねえ、お願い……一郎……」
消えかかった腕で強くさくらを抱きしめる。
さくらと過ごした十五年の月日が胸を熱くする。幸せだった。本当に、本当に幸せだった。
さくら、ありがとう。幸せになれよ。
強く願った瞬間、目の前のさくらが消え、僕は光になった。
終
0
お気に入りに追加
6
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

フリー台本と短編小説置き場
きなこ
ライト文芸
自作のフリー台本を思いつきで綴って行こうと思います。
短編小説としても楽しんで頂けたらと思います。
ご使用の際は、作品のどこかに"リンク"か、"作者きなこ"と入れていただけると幸いです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる