最後の十分

つらつらつらら

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11・屋上

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日日草にちにちそう、どこ行くの?」
「屋上」

 クラブ棟の三階の端からさらに上へ行く階段を昇る。
 銀杏ぎんなん巻耳おなもみ先輩からもらった菓子袋をガサガサいわせながら友達の後ろをついていった。クラブが終わった直後なので他の教室がざわついていたが、美術部の部室から屋上へ続く階段がすぐ近くにあったので誰かに見つかることはなかった。

「屋上へ出入りできること、先生には秘密だよ」

 古くなった鍵をどこかの暇な人がこっそりいじって開けてしまったらしい。日日草がドアノブを回すとギー、と小さな音を立てた。

 だだっ広い屋上は風が強かった。日日草の明るい色の髪がさらに白っぽく光って見える。手招きする彼に続いて銀杏も給水塔の柱に寄りかかって座った。

「銀杏、お菓子開けて」
「うい」

 バリッ
 ポロポロ

 力加減がよくなかったのか、お菓子がいくつかこぼれてしまう。

「ぅわっ」
「うひひっ、下手だなあ」

 日日草が袋を受け取って慎重に残りの部分を開けてくれた。ついでにポケットティッシュを差し出したので、ありがたく一枚いただいた。


「どうだった?」

 パリパリとお菓子をほおばっているところへ、日日草が主語もなくたずねてきた。銀杏はパッとあれこれ思い出して少し顔が赤くなった。お菓子を食べる手を止めてわざと明後日の方を向く。

「んー、なんか言葉にできない。日日草、攻めすぎじゃない?」
「そう? まあ、銀杏の反応が可愛いから、途中で面白くなってきちゃったんだけどね」
「げ」

 銀杏が驚きと困惑で眉をひそめたときも、日日草はくすくす笑う。

「最後はあぶないところだったね。僕、あれで銀杏のイイ所わかっちゃったよ」
「に……」

 日日草は塩のついた指を舌でちょっとなめて銀杏を見た。その自然な仕草にふと色気を感じて、銀杏はうっかり気を抜いてしまった。

「みんなも勉強になったと思う。次、モデルの指名されたらまた僕と組もう」
「うう、遠慮させていただいても……?」
「他のやつに任せたら、無防備な君のことだから、公衆の面前でイカされるぜ」
「ぞー。それを、日日草ならギリギリ防いでくれる、と?」
「努力する。楽しくて力入っちゃうかもしれないけど」
「ぐぬぬ……」

 くっくっく。日日草は心から面白そうに笑う。銀杏は自分が相当気に入られているのだとわかって、嬉しくもあり、複雑な気持ちでもあった……。


 食べ終わった菓子袋を日日草が小さく折りたたみながら、わずかに低い声でつぶやいた。

「銀杏、君も成績上げておいた方がいいと思うよ。一年のうちは見逃してもらえるけど、下手すると毎週脱がされるはめになる」

 モデルに指名されたくなければ、指名する側に立つことだ。勉強するしかない!

「学年で十位以内、って相当ハードル高いよね」
「留年してる僕は高みの見物だけどね。は、は」
「そりゃあ日日草は一年分勉強量が多いだろうけどさ」
「自信はあるよ。去年は二十位以下をキープしてた。そのうち僕が君をモデルに指名したら、よろしくね」
「えっ」

 何をよろしくだって?
 銀杏が疑いのまなざしを向けたのにもめげず、日日草は得意そうに話を続ける。

「そうだな、目くらましの魔法をかけようか。こないだ見せたやつ」
「ふ、服が消えちゃう魔法!?」
「そ。銀杏は服を着たまま。他の人には脱いでいるように見える魔法ね」
「えええ」
「ふふ。それを阻止したければ、僕より勉強することだよ。僕に指名権を与えないように」
「守ってくれるんじゃなかったのか!?」
「それとこれとは違う。僕は君に興味がある。誰かに触らせたくないだけで」

 あ、これ、口説かれてるのかな、と銀杏がおぼろげに気が付いたとき、日日草の顔が近くにあった。 

「ね、乳首が気持ち良かった?」
「へ」

 不意打ちで日日草の指の感覚を思い出す。顔をそむけるには遅すぎた。

「頭がぽーっとしてさ。さっきの銀杏、夢見てたみたいな表情だったよ。うっとりする、て言えばいいのかな。絶対巻耳にスケッチされてたぜ、あれ」
「マジかよ……」

 自分が記憶で描いた先輩の際どいポーズは、罪悪感のために顔のパーツをぼかしておいたというのに。

 銀杏がうーんとうめいているところへ、日日草のしなやかな指が学生ズボンのベルトへ触れそうになった。
 あっ、と思ったとき、日日草と目が合った。その瞬間、銀杏は自分の気持ちを理解した。嫌じゃない。なぜだかはわからない。

「…………」

 ためらったのは日日草だった。

「日日草……?」
「うーん、やっぱやめとこう。あそこが塩辛くなる」




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