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52・満月
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風邪を引いて二日目、寝たり起きたりを繰り返しているうちに少し熱が下がったようだ。ルーニャは屋根裏部屋へ上がって服を着替えてきた。寝室にあるベッドの隅に主人の寝間着がたたんで置いてあったのだが、ちょっと照れくさくて手に取ることができなかった。ルーニャはゆったりした自分の寝間着で屋敷の中をとことこ歩いていった。
今日はナイトフォールが大学へ仕事に行っているため、屋敷の中はいつにも増して静かである。食堂へ行くと、ちょうどアリスがいたので温かいクリームシチューをいただいた。やわらかいニンジンをスプーンでちょんちょんとつついて食べてみる。甘くて美味しい。
「あの、アリスさん」
「なんでしょう」
落ち着いたところで、ずっと気になっていたことをアリスにたずねてみた。
「僕があの部屋で寝ているあいだ、旦那様はどこで寝ていたんですか?」
「客間でお休みになっていましたよ」
「客間……」
続きを言おうとしたら軽く咳が出た。アリスからおとなしく寝ているようにうながされる。
「旦那様は、気にすることはないとおっしゃっていました。大丈夫ですよ、あの方は床で眠ることも得意ですから」
なかなか衝撃的な言葉を聞いてしまった。食堂から戻るとき、アリスがコップにレモネードを入れて持たせてくれた。温かいうちに一口飲んでみる。甘酸っぱくてごくごく飲み干しそうになった。
ルーニャは階段を昇って寝室へ入った。烏の部屋へ寄り道しようかと思ったけれど、ぐっとこらえた。
寝室は明るい陽の光が差していて心地良かった。ルーニャはベッドにちょこんと座ってレモネードを味わった。
目をつむり、足をぶらぶらさせて無為の刻を過ごす。ただぼーっとして、のんびりベッドで横になり、さらさらしたシーツの肌触りを楽しみ、お日様の光を浴びて、美味しいものを口にする。きっと貴族の人はこれを毎日享受できるのだろう。
体の調子が良くなったらもう一度ここへ来たいなと思った。屋根裏部屋も居心地が良いのだが、「完璧な寝具」の魔力にはかなわない。
ほっと一息ついた。体がじんわりあたたかくなり、今元気だからちょっとだけ本を読んじゃおうかなと誘惑される。けれど好奇心が目覚める前にベッドへ潜り込むことにした。
石榴の部屋で読みふけっていた『蝶々と砂の砦』が枕元に置いてある。それはお守りのようにずっとルーニャのそばにあった。
さらに一日が過ぎる。ずっと寝ていたおかげで体がだいぶ軽くなった。肩と首の辺りがすっきりしている。ルーニャはふだん読書沼にハマっているときどれだけ頭部に負担をかけていたのかを知った。これからはソファで寝ながら読むことにしよう。
今日は烏の部屋へ胸糞展開の本を求めにやって来た。病み上がりに読むものではない。ナイトフォールにも心配されたくらいだが、ルーニャは今読もうと思っていた。ばっちり元気になってから読んだ場合立ち直れない気がする。体調グラフが上向きになった勢いに乗って手をつけるのが良さそうだ。
カチャリ
寝間着のままでドアを開けた。
烏の部屋は主に自然科学系の本が集まっている。宇宙の物理現象やSFなどがこちらに入る。妖精などが登場するファンタジー好きのルーニャはあまりこの部屋へ来たことがない。
おじゃましま~すと小声でつぶやいてみると、本棚は「よそ者が来たぞ」という雰囲気でずっしりと待ち構えていた。ルーニャがポケットからメモを出して棚を歩き回っているので彼らは心を許したのか、目的の本はすぐに見つけることができた。
『泥』
黒い表紙におどろおどろしいフォントで一文字だけタイトルが書かれている。確かに怖そうな本だ。よし、かかって来い。
それともう一冊、
『時間の流れの行き止まり』
宇宙飛行士と、同じく宇宙服を着た犬の可愛らしい絵が描いてあった。
ルーニャは二冊の本を持って部屋を出る前に辺りを見渡した。
月の満ち欠けを写真に収めたものが壁のある一面に貼られている。これらはナイトフォールの父が撮影したのだそうだ。
ルーニャは窓辺へ近寄りカーテンをめくった。まん丸い月が昇っていた。そうか、今夜は満月なのだ。
烏の部屋を後にして寝室へ向かおうとしたとき、
ふわり
「??」
月の光が集まって鳥か蝶にでもなったかのようなふしぎなものが浮いていた。
まるで小さな妖精だ。
まばたきをする。これは本当に現実に見えているものだろうか? 風邪でちょっと感覚がおかしくなっているんじゃないのかな……?
光がふわふわと動き始めた。ルーニャは自分の目を疑いながらそっと後をついて行った。夜に光る虫だったらどうしよう。
廊下の端、あそこは主人が入ってはいけないと言った部屋だ。
光はすう、とドアの向こうへ吸い込まれるように消えていった。
あっという間のできごとだった。ルーニャはぽけーっとしてしばらくその場にたたずんでいた。
今日はナイトフォールが大学へ仕事に行っているため、屋敷の中はいつにも増して静かである。食堂へ行くと、ちょうどアリスがいたので温かいクリームシチューをいただいた。やわらかいニンジンをスプーンでちょんちょんとつついて食べてみる。甘くて美味しい。
「あの、アリスさん」
「なんでしょう」
落ち着いたところで、ずっと気になっていたことをアリスにたずねてみた。
「僕があの部屋で寝ているあいだ、旦那様はどこで寝ていたんですか?」
「客間でお休みになっていましたよ」
「客間……」
続きを言おうとしたら軽く咳が出た。アリスからおとなしく寝ているようにうながされる。
「旦那様は、気にすることはないとおっしゃっていました。大丈夫ですよ、あの方は床で眠ることも得意ですから」
なかなか衝撃的な言葉を聞いてしまった。食堂から戻るとき、アリスがコップにレモネードを入れて持たせてくれた。温かいうちに一口飲んでみる。甘酸っぱくてごくごく飲み干しそうになった。
ルーニャは階段を昇って寝室へ入った。烏の部屋へ寄り道しようかと思ったけれど、ぐっとこらえた。
寝室は明るい陽の光が差していて心地良かった。ルーニャはベッドにちょこんと座ってレモネードを味わった。
目をつむり、足をぶらぶらさせて無為の刻を過ごす。ただぼーっとして、のんびりベッドで横になり、さらさらしたシーツの肌触りを楽しみ、お日様の光を浴びて、美味しいものを口にする。きっと貴族の人はこれを毎日享受できるのだろう。
体の調子が良くなったらもう一度ここへ来たいなと思った。屋根裏部屋も居心地が良いのだが、「完璧な寝具」の魔力にはかなわない。
ほっと一息ついた。体がじんわりあたたかくなり、今元気だからちょっとだけ本を読んじゃおうかなと誘惑される。けれど好奇心が目覚める前にベッドへ潜り込むことにした。
石榴の部屋で読みふけっていた『蝶々と砂の砦』が枕元に置いてある。それはお守りのようにずっとルーニャのそばにあった。
さらに一日が過ぎる。ずっと寝ていたおかげで体がだいぶ軽くなった。肩と首の辺りがすっきりしている。ルーニャはふだん読書沼にハマっているときどれだけ頭部に負担をかけていたのかを知った。これからはソファで寝ながら読むことにしよう。
今日は烏の部屋へ胸糞展開の本を求めにやって来た。病み上がりに読むものではない。ナイトフォールにも心配されたくらいだが、ルーニャは今読もうと思っていた。ばっちり元気になってから読んだ場合立ち直れない気がする。体調グラフが上向きになった勢いに乗って手をつけるのが良さそうだ。
カチャリ
寝間着のままでドアを開けた。
烏の部屋は主に自然科学系の本が集まっている。宇宙の物理現象やSFなどがこちらに入る。妖精などが登場するファンタジー好きのルーニャはあまりこの部屋へ来たことがない。
おじゃましま~すと小声でつぶやいてみると、本棚は「よそ者が来たぞ」という雰囲気でずっしりと待ち構えていた。ルーニャがポケットからメモを出して棚を歩き回っているので彼らは心を許したのか、目的の本はすぐに見つけることができた。
『泥』
黒い表紙におどろおどろしいフォントで一文字だけタイトルが書かれている。確かに怖そうな本だ。よし、かかって来い。
それともう一冊、
『時間の流れの行き止まり』
宇宙飛行士と、同じく宇宙服を着た犬の可愛らしい絵が描いてあった。
ルーニャは二冊の本を持って部屋を出る前に辺りを見渡した。
月の満ち欠けを写真に収めたものが壁のある一面に貼られている。これらはナイトフォールの父が撮影したのだそうだ。
ルーニャは窓辺へ近寄りカーテンをめくった。まん丸い月が昇っていた。そうか、今夜は満月なのだ。
烏の部屋を後にして寝室へ向かおうとしたとき、
ふわり
「??」
月の光が集まって鳥か蝶にでもなったかのようなふしぎなものが浮いていた。
まるで小さな妖精だ。
まばたきをする。これは本当に現実に見えているものだろうか? 風邪でちょっと感覚がおかしくなっているんじゃないのかな……?
光がふわふわと動き始めた。ルーニャは自分の目を疑いながらそっと後をついて行った。夜に光る虫だったらどうしよう。
廊下の端、あそこは主人が入ってはいけないと言った部屋だ。
光はすう、とドアの向こうへ吸い込まれるように消えていった。
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