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50・やきもち

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 ジャンは学校が終わったあとにルーニャとの約束通り生存確認の電話をした。俺は元気だぞと言うだけだから三分で終わらせるつもりだった。
 電話に出たのはナイトフォールだった。ジャンはてっきりいつものテノールの声がすると思っていたため、穏やかな低い声を聞いたとき少し驚いた。屋敷の主人が受話器を取ったとしても何も不思議なことはないのだ。

「こんにちは先生。ルーニャと話をしたいんですけど、お願いできますか?」
「すまない、ルーニャは体調が悪くてね。今日は起きられそうにないんだ」
「えっ」

 思わず声が出た。昨日海で潮風にあたりすぎたのが良くなかったのだろうか。
 ジャンが意外な声を出したので、ナイトフォールが説明する。

「あの子は徹夜で本を読んでいたらしいんだ。ずいぶん熱心な様子だったよ」
「徹夜で……」
「うん。ジャンのオススメかい?」
「いえ、俺はレッドウルフと女神シリーズの話しかしていな……あ」

 心当たりはあった。昨日ケンカして剣呑けんのんな雰囲気になったこと。
 ジャンは言いにくそうに声のトーンを落とした。

「ルーニャとちょっと言い合いになったんです。もしかしたら、そのせいかも」

 ルーニャはふさぎこんで本の世界に逃げたのではないか……?

 ナイトフォールが「そうか」とだけ言って続きの言葉を考えているようだったので、ジャンが先に口を開いた、

「あいつ、先生に大切にされてることぜんぜんわかってないですよ」
「そういう横柄おうへいな子には見えないが……」
「横柄というか、なんていうのかな……」

 うーん、とジャンはうなりながら悩んだ。ナイトフォールは静かに耳を傾けている。

「つらいとき、助けて、って言えないんじゃないでしょうか。一人で抱え込んでつぶれるタイプですよ」
「ジャン、少し言葉が強いよ」
「あっ、すみません」

 語気が熱くなった若者をたしなめ、ナイトフォールもそれを否定しなかった。

「君はルーニャの過去の話を聞いたことがあるかい?」
「少しだけ。しんどい思いをしてきた、っていうのはわかります」

 ナイトフォールはルーニャについて多くは語らず、小さく息をいた。それはジャンには聞こえなかった。

「あの子には時間が必要なんだ。今はそっとしておいてやってほしい」
「……努力します」
「頼んだよ。ジャン」

 ルーニャに優しくすると約束したわけではない。ジャンはイライラしたらまたキツい言葉をぶつけるだろうと思った。衝動を抑える努力をしようというだけだ。

 いつか見た、作家へ手紙を書くルーニャへ向けられたナイトフォール先生の安らぎに満ちた笑顔を思い出してしまい、ジャンはそれがムカつくのだ。

 やきもちをいている。

 ジャンはぶすっとしながら電話を締めくくった。

「先生、あいつに伝言をお願いしてもいいですか?」
「もちろん。何だい?」

 お大事に、というお見舞いの言葉と、オススメのSF作品を二冊。
 一冊は読後鬱のすごい胸糞展開で、シリアスだが没入してしまう。ジャンのお気に入りである。
 ルーニャならわかるだろう、という一種の仲間意識があった。

「ルーニャのやつ……しょーがねえなあ」

 ジャンは電話を切って自宅の廊下の壁を見上げた。


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