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47・おかえり
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バスの後部座席に座ってリュックを下ろしたルーニャは窓の外を見た。背中を向けているジャンの飴色の髪は風にあおられて爆発している。ルーニャの髪も負けず劣らず、化学の実験で失敗したキャラクターのようにすごいことになっていた。
ルーニャがぷいと目をそらせたのと同時にバスが出発した。冷たい鉄のかたまりは素知らぬ顔でジャンを追い越していく。
好きな本について語りに行ったつもりが、なんだかズシッと重い手土産を持たされて帰ってきた。
得るものは多かった。昨日の悩みはほとんどスッキリした。そして新しい悩みができるのだ。
ルーニャは座席に深く座りながら、ジャンとの会話を思い出してみた。
旦那様は優しいから、僕が消えたら悲しむだろう。
でも、寂しくなったら新しい猫を飼えばいいんじゃないかな?
きっと親身になって慰めてもらえるだろう。
ひょっとしたら新しい子はルーニャより勉強ができて、主人の仕事の助けをこなし、役に立つ存在になるかもしれない。
そうやって自分ではない「誰か」が主人と手を取り合っている様子を想像したとき、ルーニャはなんとも言葉にならない気持ちになった。胸がむずむずする。
いつの間にかバスは見慣れた街の中を走っていた。もう屋敷の近くだ。あの信号を右に曲がって、小さなカフェの近くのバス停で降りる。ルーニャは手を伸ばしてブザーを押した。
「おかえり、ルーニャ」
居間にいたナイトフォールに会いに行ったとき、主人のたった一言で頭の中がぱーっと真っ白になった。ルーニャは四冊の本を腕に抱えたまま動きが止まってしまった。まばたきを繰り返して、突然出てきた涙をどうにかして隠したかった。
ナイトフォールは読みかけの雑誌をかたわらに伏せてソファから立ち上がり、まっすぐにルーニャの前までやってきた。
そっと手を差し出すと、少年は頼まれた本ごとナイトフォールの胸に身をあずけた。ナイトフォールは幼い子どもをあやすようにルーニャをあたたかく迎えてくれた。
「海は風が強かったろう」
ルーニャは屋根裏部屋で荷物を下ろしたあと、爆発した髪のままで居間にやって来た。それを軽くなでながら、ナイトフォールは気づかないふりをしてルーニャに寄り添ってくれる。
どうにかして涙をこぼさないように全神経を集中させて、ルーニャはナイトフォールに甘えてしばらくのあいだ目を閉じていた。
主人は自分のことを否定しない。甘えることを許してくれる。安心と安全を与えてくれる人だ。消えてしまいたいという思いは心の奥に根を張っているが、できることならずっと屋敷にいたい。
不安定な心は安らぎを求めている。本を抱えていなかったら主人の体にしがみついているところだった。
学者と助手の恋人ごっこという契約を長く続けるためには、僕は何を捧げればいいのだろう?
「さあ、少し休むといい。呼びに行くから、夕食には顔を出しなさい」
ルーニャの頭を軽くぽんぽんとたたいて、ナイトフォールは穏やかな声で話しかけた。そこでやっとルーニャも我に返り、かたく抱きしめていた本たちを解放してやった。
「うん、たしかに受け取ったよ。どうもありがとう」
古書店から預かった三冊の本を渡すとき、ルーニャはなるべく主人の顔を見ないように下を向いていた。後ろにあるテーブルに広げられたノートやファイル、散らばったペンが目に入ったとき、素直に石榴の部屋へ引きこもろうと思った。気持ちが混乱している今は主人の仕事の手伝いはできず、足でまといになるだけだ。
ルーニャはほとんど口を開かず、ナイトフォールへぺこりとお辞儀をした。
手元に残された『竜騎士レッドウルフ』の赤い表紙を持って、ファンタジーの物語が集まる石榴の部屋へ歩いていった。
ルーニャがぷいと目をそらせたのと同時にバスが出発した。冷たい鉄のかたまりは素知らぬ顔でジャンを追い越していく。
好きな本について語りに行ったつもりが、なんだかズシッと重い手土産を持たされて帰ってきた。
得るものは多かった。昨日の悩みはほとんどスッキリした。そして新しい悩みができるのだ。
ルーニャは座席に深く座りながら、ジャンとの会話を思い出してみた。
旦那様は優しいから、僕が消えたら悲しむだろう。
でも、寂しくなったら新しい猫を飼えばいいんじゃないかな?
きっと親身になって慰めてもらえるだろう。
ひょっとしたら新しい子はルーニャより勉強ができて、主人の仕事の助けをこなし、役に立つ存在になるかもしれない。
そうやって自分ではない「誰か」が主人と手を取り合っている様子を想像したとき、ルーニャはなんとも言葉にならない気持ちになった。胸がむずむずする。
いつの間にかバスは見慣れた街の中を走っていた。もう屋敷の近くだ。あの信号を右に曲がって、小さなカフェの近くのバス停で降りる。ルーニャは手を伸ばしてブザーを押した。
「おかえり、ルーニャ」
居間にいたナイトフォールに会いに行ったとき、主人のたった一言で頭の中がぱーっと真っ白になった。ルーニャは四冊の本を腕に抱えたまま動きが止まってしまった。まばたきを繰り返して、突然出てきた涙をどうにかして隠したかった。
ナイトフォールは読みかけの雑誌をかたわらに伏せてソファから立ち上がり、まっすぐにルーニャの前までやってきた。
そっと手を差し出すと、少年は頼まれた本ごとナイトフォールの胸に身をあずけた。ナイトフォールは幼い子どもをあやすようにルーニャをあたたかく迎えてくれた。
「海は風が強かったろう」
ルーニャは屋根裏部屋で荷物を下ろしたあと、爆発した髪のままで居間にやって来た。それを軽くなでながら、ナイトフォールは気づかないふりをしてルーニャに寄り添ってくれる。
どうにかして涙をこぼさないように全神経を集中させて、ルーニャはナイトフォールに甘えてしばらくのあいだ目を閉じていた。
主人は自分のことを否定しない。甘えることを許してくれる。安心と安全を与えてくれる人だ。消えてしまいたいという思いは心の奥に根を張っているが、できることならずっと屋敷にいたい。
不安定な心は安らぎを求めている。本を抱えていなかったら主人の体にしがみついているところだった。
学者と助手の恋人ごっこという契約を長く続けるためには、僕は何を捧げればいいのだろう?
「さあ、少し休むといい。呼びに行くから、夕食には顔を出しなさい」
ルーニャの頭を軽くぽんぽんとたたいて、ナイトフォールは穏やかな声で話しかけた。そこでやっとルーニャも我に返り、かたく抱きしめていた本たちを解放してやった。
「うん、たしかに受け取ったよ。どうもありがとう」
古書店から預かった三冊の本を渡すとき、ルーニャはなるべく主人の顔を見ないように下を向いていた。後ろにあるテーブルに広げられたノートやファイル、散らばったペンが目に入ったとき、素直に石榴の部屋へ引きこもろうと思った。気持ちが混乱している今は主人の仕事の手伝いはできず、足でまといになるだけだ。
ルーニャはほとんど口を開かず、ナイトフォールへぺこりとお辞儀をした。
手元に残された『竜騎士レッドウルフ』の赤い表紙を持って、ファンタジーの物語が集まる石榴の部屋へ歩いていった。
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