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46・静かな怒り
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お互いに何も言わずにらみ合って、長い時間が過ぎたように感じた。
ジャンの声にはトゲがある。ルーニャは無知のまま突っかかっていったら手痛い仕打ちを受けるだろうと理解して黙り込んだ。この若者に初めて逢ったときも優位に立たれて失敗した。
風上にいるときのジャンは強い。
ルーニャは戦う術を持っていない。身を守る殻に深く隠れて嵐が去るのを待つことしかできなかった。
バタタッ
カモメが羽ばたいていく。ルーニャの視界のすみで白い鳥が飛んでいく。
「……僕は、人間になろうと努力してる」
一言を言い返すのがやっとだった。自分より体の大きいジャンの威圧に負けないようにふんばる。緊張して声がかすれていたけれど、ルーニャは自分の意志を主張した。努力を簡単に否定されたくない。
「僕は閉じこもりがちだったから、知らないことだらけなんだ。本をたくさん読んで勉強してる。これでも昔よりだいぶマシになったんだよ」
「俺が言いたいことも、本に書いてあるといいな」
「どういうこと? 今教えてよ」
「今のお前にはまだ理解できないだろうから言わない」
ジャンは再び押し黙った。心が石になってしまった人を動かすのは大変な労力がいる。ルーニャはついに根負けして小さくため息をついた。どうやったらジャンのように強くなれるのだろう?
「……あと何冊読めばいいのさ」
「さあな。旦那様に聞いてみたら」
そこで話は終わった。大きな音を立てて波が押し寄せた。少年二人の足元近くまで砂浜が黒く湿る。
「そろそろ帰ろう。寒くなってきた」
ジャンが遠くの水平線を見つめながらぽつんと言う。ルーニャは反対しなかった。ジャンの体調を気づかって帰り支度をする。悶々としながらリュックを背負い、ズボンについた砂を払って立ち上がろうとしたとき、もう歩き出そうとしているジャンにトドメを刺された。
「いいか、ナイトフォール先生を軽んじるようなことをしたら、俺は徹底的にお前を懲らしめてやる」
偉そうなジャン。ナイトフォールのことを特別に思っているのは彼だけではないのに。ルーニャはジャンの背中を見つめながら、後ろから走っていって突き飛ばしてしまいたい衝動に駆られた。でもそれはしない。してはいけない。
振り返って夕暮れの海の景色を楽しむこともせず帰路についた。カモメが二人のいた場所へ降り立ち、何か落ちていないかときょろきょろ見回す。
バス停までは二人とも同じ道を行かなくてはならない。砂浜から出て舗装された道路の脇をルーニャたちは無言で歩いていった。
ジャンはルーニャなんていないかのようにどんどん早歩きになる。ズボンのポケットに手を突っ込んで、不機嫌な目つきでじっと前をにらんでいる。
ルーニャはジャンを追いかけようとはしなかった。大股で先を行くジャンとどんどん距離が開く。
せっかく好きな本の話ができて楽しかったのに。少しだけ、仲良くなれたと思ったのに。
消えたいなんて、言わなければ良かったのか?
空はだんだん薄暗くなっていた。いくつか車とすれ違う。道は空いている。先に着いたジャンがバス停で待っていた。時刻表の張り紙をした看板が立っているだけの簡素な停留所だ。
「ルーニャは早く先生に本を届けてやれ。俺は乗らない」
「え、ここからお屋敷の近くに行くんだって三十分以上かかるのに」
「かまわない。いい運動になるよ」
うんと離れた席に座ればいいのだ。ルーニャが「一緒に行こう」と言いかけたところで低いエンジン音が聞こえてきた。
ジャンはちょっとだけ笑った。
「三十分歩いたくらいで俺は死なないよ。明日生存確認の電話してやるから」
それをフラグというのだ。ルーニャはおおいに不安になった。
ジャンの声にはトゲがある。ルーニャは無知のまま突っかかっていったら手痛い仕打ちを受けるだろうと理解して黙り込んだ。この若者に初めて逢ったときも優位に立たれて失敗した。
風上にいるときのジャンは強い。
ルーニャは戦う術を持っていない。身を守る殻に深く隠れて嵐が去るのを待つことしかできなかった。
バタタッ
カモメが羽ばたいていく。ルーニャの視界のすみで白い鳥が飛んでいく。
「……僕は、人間になろうと努力してる」
一言を言い返すのがやっとだった。自分より体の大きいジャンの威圧に負けないようにふんばる。緊張して声がかすれていたけれど、ルーニャは自分の意志を主張した。努力を簡単に否定されたくない。
「僕は閉じこもりがちだったから、知らないことだらけなんだ。本をたくさん読んで勉強してる。これでも昔よりだいぶマシになったんだよ」
「俺が言いたいことも、本に書いてあるといいな」
「どういうこと? 今教えてよ」
「今のお前にはまだ理解できないだろうから言わない」
ジャンは再び押し黙った。心が石になってしまった人を動かすのは大変な労力がいる。ルーニャはついに根負けして小さくため息をついた。どうやったらジャンのように強くなれるのだろう?
「……あと何冊読めばいいのさ」
「さあな。旦那様に聞いてみたら」
そこで話は終わった。大きな音を立てて波が押し寄せた。少年二人の足元近くまで砂浜が黒く湿る。
「そろそろ帰ろう。寒くなってきた」
ジャンが遠くの水平線を見つめながらぽつんと言う。ルーニャは反対しなかった。ジャンの体調を気づかって帰り支度をする。悶々としながらリュックを背負い、ズボンについた砂を払って立ち上がろうとしたとき、もう歩き出そうとしているジャンにトドメを刺された。
「いいか、ナイトフォール先生を軽んじるようなことをしたら、俺は徹底的にお前を懲らしめてやる」
偉そうなジャン。ナイトフォールのことを特別に思っているのは彼だけではないのに。ルーニャはジャンの背中を見つめながら、後ろから走っていって突き飛ばしてしまいたい衝動に駆られた。でもそれはしない。してはいけない。
振り返って夕暮れの海の景色を楽しむこともせず帰路についた。カモメが二人のいた場所へ降り立ち、何か落ちていないかときょろきょろ見回す。
バス停までは二人とも同じ道を行かなくてはならない。砂浜から出て舗装された道路の脇をルーニャたちは無言で歩いていった。
ジャンはルーニャなんていないかのようにどんどん早歩きになる。ズボンのポケットに手を突っ込んで、不機嫌な目つきでじっと前をにらんでいる。
ルーニャはジャンを追いかけようとはしなかった。大股で先を行くジャンとどんどん距離が開く。
せっかく好きな本の話ができて楽しかったのに。少しだけ、仲良くなれたと思ったのに。
消えたいなんて、言わなければ良かったのか?
空はだんだん薄暗くなっていた。いくつか車とすれ違う。道は空いている。先に着いたジャンがバス停で待っていた。時刻表の張り紙をした看板が立っているだけの簡素な停留所だ。
「ルーニャは早く先生に本を届けてやれ。俺は乗らない」
「え、ここからお屋敷の近くに行くんだって三十分以上かかるのに」
「かまわない。いい運動になるよ」
うんと離れた席に座ればいいのだ。ルーニャが「一緒に行こう」と言いかけたところで低いエンジン音が聞こえてきた。
ジャンはちょっとだけ笑った。
「三十分歩いたくらいで俺は死なないよ。明日生存確認の電話してやるから」
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