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45・冷たい星
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「いいな、そういう死に方」
「ルーニャは長生きするだろうから、俺にはそっちの方がうらやましいよ。時間をかけて自分のやりたいことができるんだから」
「わからないよ? 僕だって明日交通事故に遭うかもしれない。でも……」
「でも?」
ルーニャは言葉を切って次に言いたいことを考えた。隠しておいた自分の心の奥を開示するのは勇気がいる。
ジャンは話してくれた。自分にも、話せることがある。
「僕は、どっちか、ていうと、消えたいって思ってる」
「消えたい、か。死にたいとは違う?」
「うーん、上手く言えないけど、たぶん違う」
「自殺願望に近いやつ?」
「……うーーん……、うーん、ごめん。やっぱりジャンの前で言っちゃだめなやつだ」
人や場合を選ぶ話題だった。口に出してから気づいたルーニャはしおしおになってうなだれた。
一生懸命生きている他人の前で、簡単に自分の命をあきらめる発言をするのはみじめなことのように思えた。
「どんなときにそう思う?」
ジャンは静かに続きをうながしてくれた。嫌がっている様子はない。彼は他人に興味がないと言っていた。が、今日はめずらしく語尾に「?」をつけて聞いてくる。
ルーニャはしばらくのあいだ砂に落ちた自分の影を見つめていた。……どうやって続きを話そうか。
海はずっと変わらずに規則正しく波を寄せて返す。心地良い潮騒の音を聞いているうちに、だんだん気持ちが落ち着いてくる。
「古書店より前にお世話になってた家のことなんだけど……」
ぼそぼそ言いながらルーニャはわずかに顔を上げた。ジャンはあぐらをかいた姿勢でこちらをじっと見ている。
「僕がちょっとしたミスをやらかしたとき、お仕置きで寒い冬の庭に放り出されたことがあったんだ」
「うん」
余計なツッコミをしないで聞いてくれる。おかげでルーニャは自分の気持ちと向き合うことに集中できた。
心の奥にしまっていた何か。音を立てずに蓋をした箱をそっと開けてみる。両手ですくい上げないともろく崩れてしまう「何か」を、ルーニャはおそるおそる外に出そうとしている。
ルーニャはやわらかなテノールの声で少しずつ話し始めた。
「真っ黒な空に浮かんでいる星がとても綺麗だった。寒くてお腹がすいてどうしようもなかったけど、そのとき見た空は特別だった。自然、て凄いなって初めて思ったよ。そうしたら流れ星が降ってきたの。突然だったからすぐに願いごとを言えなかったけど、僕もあの光の向こうへ連れていってくれたらなあ、て……」
流れ星は一筋の涙のようにきらめいて、消えてしまった。置いていかれた少年は寒さに震えながら光を見送った。
この思い出は古書店の店主にも話していない。過去の傷を思い出して堪えられる気力がなかったし、住まいを提供してくれる人に対してにこにこしていないと、また追い出されるかもしれないと思って怖かったのだ。
やっと話すことができた。泣かないで、立っていられる。
「ルーニャは、今も消えたいと思う?」
「今は……あまり思わない。本を読むのが楽しいから。過去のことを忘れていられる」
「たぶんルーニャが消えたら、ナイトフォール先生は悲しむと思うよ」
「たぶんね。旦那様は優しいから」
「本当にそれだけだと思うか?」
ジャンの言いたいことがよくわからなかった。
「他に理由があるの?」
ルーニャの素直な疑問に、ジャンはとっさに口を開きかけて、やめた。
「……ジャン?」
「やっぱりお前は、まだ人間じゃないと思う」
低い声で言われた言葉は、ズンと腹の底に重たく沈んでいった。
「ルーニャは長生きするだろうから、俺にはそっちの方がうらやましいよ。時間をかけて自分のやりたいことができるんだから」
「わからないよ? 僕だって明日交通事故に遭うかもしれない。でも……」
「でも?」
ルーニャは言葉を切って次に言いたいことを考えた。隠しておいた自分の心の奥を開示するのは勇気がいる。
ジャンは話してくれた。自分にも、話せることがある。
「僕は、どっちか、ていうと、消えたいって思ってる」
「消えたい、か。死にたいとは違う?」
「うーん、上手く言えないけど、たぶん違う」
「自殺願望に近いやつ?」
「……うーーん……、うーん、ごめん。やっぱりジャンの前で言っちゃだめなやつだ」
人や場合を選ぶ話題だった。口に出してから気づいたルーニャはしおしおになってうなだれた。
一生懸命生きている他人の前で、簡単に自分の命をあきらめる発言をするのはみじめなことのように思えた。
「どんなときにそう思う?」
ジャンは静かに続きをうながしてくれた。嫌がっている様子はない。彼は他人に興味がないと言っていた。が、今日はめずらしく語尾に「?」をつけて聞いてくる。
ルーニャはしばらくのあいだ砂に落ちた自分の影を見つめていた。……どうやって続きを話そうか。
海はずっと変わらずに規則正しく波を寄せて返す。心地良い潮騒の音を聞いているうちに、だんだん気持ちが落ち着いてくる。
「古書店より前にお世話になってた家のことなんだけど……」
ぼそぼそ言いながらルーニャはわずかに顔を上げた。ジャンはあぐらをかいた姿勢でこちらをじっと見ている。
「僕がちょっとしたミスをやらかしたとき、お仕置きで寒い冬の庭に放り出されたことがあったんだ」
「うん」
余計なツッコミをしないで聞いてくれる。おかげでルーニャは自分の気持ちと向き合うことに集中できた。
心の奥にしまっていた何か。音を立てずに蓋をした箱をそっと開けてみる。両手ですくい上げないともろく崩れてしまう「何か」を、ルーニャはおそるおそる外に出そうとしている。
ルーニャはやわらかなテノールの声で少しずつ話し始めた。
「真っ黒な空に浮かんでいる星がとても綺麗だった。寒くてお腹がすいてどうしようもなかったけど、そのとき見た空は特別だった。自然、て凄いなって初めて思ったよ。そうしたら流れ星が降ってきたの。突然だったからすぐに願いごとを言えなかったけど、僕もあの光の向こうへ連れていってくれたらなあ、て……」
流れ星は一筋の涙のようにきらめいて、消えてしまった。置いていかれた少年は寒さに震えながら光を見送った。
この思い出は古書店の店主にも話していない。過去の傷を思い出して堪えられる気力がなかったし、住まいを提供してくれる人に対してにこにこしていないと、また追い出されるかもしれないと思って怖かったのだ。
やっと話すことができた。泣かないで、立っていられる。
「ルーニャは、今も消えたいと思う?」
「今は……あまり思わない。本を読むのが楽しいから。過去のことを忘れていられる」
「たぶんルーニャが消えたら、ナイトフォール先生は悲しむと思うよ」
「たぶんね。旦那様は優しいから」
「本当にそれだけだと思うか?」
ジャンの言いたいことがよくわからなかった。
「他に理由があるの?」
ルーニャの素直な疑問に、ジャンはとっさに口を開きかけて、やめた。
「……ジャン?」
「やっぱりお前は、まだ人間じゃないと思う」
低い声で言われた言葉は、ズンと腹の底に重たく沈んでいった。
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