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42・海辺
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「海だ」
曇り空はうっすらと明るくなっていた。ところどころ隙間に青い色が見える。横に広がった雲の裏から太陽の光がにじんでいた。
ざざあーー
ゴオォ……
バス停から海へ下りていくと、荒ぶる波の音、風の音が歓迎してくれた。それも耳に心地よい気がして、ルーニャはナッツ色の髪が巻き上げられるのもかまわずに砂浜をさくさく歩いていった。
「ジャーン!」
目標の人物はすぐに見つかった。
周りに人がいなかったのと、曇り空の下でジャンの着ている若草色のパーカーが目立っていたからだ。
振り返ったジャンは軽く手をあげてこちらに挨拶した。スニーカーで波打ち際を散歩していたらしく、近くにゴツゴツした足跡がたくさん列をつくっていた。時が経てば、そのうち波にさらわれて消えていくのだろう。
「俺の足跡も化石にならねえかなあ」
ぎゅむ、と砂を踏んづけて、ジャンは力強く自分の生きた証を刻みつけた。
「そしたら一億年後くらいにどこかの研究者が俺のこと見つけてくれるかも」
「宇宙人に見つかるかもしれないね」
「偉大な天文学者の足跡化石が宇宙のいろんな所で宣伝されたら面白いだろうな」
太陽系の寿命はあと五十億年らしいので、その前に誰かに見つけてもらう必要がある。だいぶスケールの大きな野望だ。
ジャンはにこにこしながら化石の作り方などをルーニャに伝授してくれた。今日は機嫌がいい。体調も良さそうだ。
ルーニャとジャンはゆっくりと足を止めて暗灰色の海を眺めた。カモメが遠くの空を横切っていく。ざあっとひときわ大きな波が二人のすぐ近くまで襲ってきて、やがて引いていった。
ジャンは雲の隙間から差し込む光を見上げながら静かな声で打ち明けた。
「化石とか、星の話とかさ、ふだん学校じゃできないんだ。興味あるやつがあんまりいないんだよな」
「理科の先生は?」
「理科は女の先生なんだよ。周りからなんか言われるのいやだし」
ふうむ。難しい問題なのかもしれない。天文部といったクラブ活動もジャンの学校にはないらしい。環境がととのわず一人でこつこつ趣味の世界を深掘りしていく少年を見て、ルーニャは心の中で何度かうなずいた。
おしゃべりに間が空いたところで、ジャンは肩からさげたバッグをごそごそやった。出てきたのは赤い表紙の本。『竜騎士レッドウルフ』だ。
「これ、ありがとな」
「まだ持ってていいよ。ハマってるんでしょ」
「自分で買うからいいんだ。ほら、早くしまえよ。本がベタベタになるぞ」
「うん」
ルーニャはそそくさと背中のリュックを下ろした。ナイトフォールから頼まれた本の隣に荘厳な竜の表紙が加わる。この竜が吐く炎の息は一人の少年の魂を燃やしてしまったのだ。
「レッドウルフ、良かったでしょ」
「良かった」
秒で返事をするジャン。ルーニャはにやりとして続きをうながした。
「レッドウルフってさ、はじめは村を壊した竜に復讐しようと思ってたけど、剣で刺すために竜の背中に乗ったときのシーンが熱かったよね」
「たった三行くらいで気持ちが切り替わるの早いよな。スピード感がある。嫌いだった竜を乗りこなそうと思った瞬間の空気感、ていうのかな、レッドウルフのあの集中力は良かった」
「仲が悪いけど頼れる相棒みたいな感じ」
「そうそう。ほんの短い時間しか一緒にいなかったけどさ、二人が協力するのは偉いよ。それでもレッドウルフは最後まで憎しみの心が消えなかったの、俺なんか好きなんだよな~」
ジャンは飴色の髪を強風にあおられながら、なかば早口で『レッドウルフ』の感想をまくし立てた。
聞き役に回っていたルーニャはジャンの奮い立つ心のエネルギーを分けてもらっている気がして、この本に出逢えて良かったなと思った。
いつの間にか曇り空はだいぶすっきりしていた。太陽がわずかに顔を出しており、ほんのりと光の筋が見える。天使の梯子が降りてきた。
曇り空はうっすらと明るくなっていた。ところどころ隙間に青い色が見える。横に広がった雲の裏から太陽の光がにじんでいた。
ざざあーー
ゴオォ……
バス停から海へ下りていくと、荒ぶる波の音、風の音が歓迎してくれた。それも耳に心地よい気がして、ルーニャはナッツ色の髪が巻き上げられるのもかまわずに砂浜をさくさく歩いていった。
「ジャーン!」
目標の人物はすぐに見つかった。
周りに人がいなかったのと、曇り空の下でジャンの着ている若草色のパーカーが目立っていたからだ。
振り返ったジャンは軽く手をあげてこちらに挨拶した。スニーカーで波打ち際を散歩していたらしく、近くにゴツゴツした足跡がたくさん列をつくっていた。時が経てば、そのうち波にさらわれて消えていくのだろう。
「俺の足跡も化石にならねえかなあ」
ぎゅむ、と砂を踏んづけて、ジャンは力強く自分の生きた証を刻みつけた。
「そしたら一億年後くらいにどこかの研究者が俺のこと見つけてくれるかも」
「宇宙人に見つかるかもしれないね」
「偉大な天文学者の足跡化石が宇宙のいろんな所で宣伝されたら面白いだろうな」
太陽系の寿命はあと五十億年らしいので、その前に誰かに見つけてもらう必要がある。だいぶスケールの大きな野望だ。
ジャンはにこにこしながら化石の作り方などをルーニャに伝授してくれた。今日は機嫌がいい。体調も良さそうだ。
ルーニャとジャンはゆっくりと足を止めて暗灰色の海を眺めた。カモメが遠くの空を横切っていく。ざあっとひときわ大きな波が二人のすぐ近くまで襲ってきて、やがて引いていった。
ジャンは雲の隙間から差し込む光を見上げながら静かな声で打ち明けた。
「化石とか、星の話とかさ、ふだん学校じゃできないんだ。興味あるやつがあんまりいないんだよな」
「理科の先生は?」
「理科は女の先生なんだよ。周りからなんか言われるのいやだし」
ふうむ。難しい問題なのかもしれない。天文部といったクラブ活動もジャンの学校にはないらしい。環境がととのわず一人でこつこつ趣味の世界を深掘りしていく少年を見て、ルーニャは心の中で何度かうなずいた。
おしゃべりに間が空いたところで、ジャンは肩からさげたバッグをごそごそやった。出てきたのは赤い表紙の本。『竜騎士レッドウルフ』だ。
「これ、ありがとな」
「まだ持ってていいよ。ハマってるんでしょ」
「自分で買うからいいんだ。ほら、早くしまえよ。本がベタベタになるぞ」
「うん」
ルーニャはそそくさと背中のリュックを下ろした。ナイトフォールから頼まれた本の隣に荘厳な竜の表紙が加わる。この竜が吐く炎の息は一人の少年の魂を燃やしてしまったのだ。
「レッドウルフ、良かったでしょ」
「良かった」
秒で返事をするジャン。ルーニャはにやりとして続きをうながした。
「レッドウルフってさ、はじめは村を壊した竜に復讐しようと思ってたけど、剣で刺すために竜の背中に乗ったときのシーンが熱かったよね」
「たった三行くらいで気持ちが切り替わるの早いよな。スピード感がある。嫌いだった竜を乗りこなそうと思った瞬間の空気感、ていうのかな、レッドウルフのあの集中力は良かった」
「仲が悪いけど頼れる相棒みたいな感じ」
「そうそう。ほんの短い時間しか一緒にいなかったけどさ、二人が協力するのは偉いよ。それでもレッドウルフは最後まで憎しみの心が消えなかったの、俺なんか好きなんだよな~」
ジャンは飴色の髪を強風にあおられながら、なかば早口で『レッドウルフ』の感想をまくし立てた。
聞き役に回っていたルーニャはジャンの奮い立つ心のエネルギーを分けてもらっている気がして、この本に出逢えて良かったなと思った。
いつの間にか曇り空はだいぶすっきりしていた。太陽がわずかに顔を出しており、ほんのりと光の筋が見える。天使の梯子が降りてきた。
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