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38・解せぬ

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 休日はくもり空だった。

 空の色と同じように、ルーニャの顔色もなんだかどんよりしていた。

「どうしてこうなっちゃうんだ……」

 朝からずっと同じ疑問を繰り返している。食事に出されたアリス特製のふわふわオムレツ、どんな味だったか思い出せない。

 ルーニャはこれから古書店へ行くつもりだった。注文していた本を受け取りに行ってほしいとナイトフォールに頼まれたのだ。

「あの二人、くっついたのに……」

 屋敷の廊下をとぼとぼ歩き、ふと立ち止まった所で窓から入ってくるぼんやりとした明かりをながめた。
 窓の外には緑の庭と、リンゴの木の白い花が点々と見える。

『女神の吐息』

 ナイトフォールの友人、レオンが『女神の聖域』の続編が出ていると教えてくれたので嬉々としてページを開いたのだが……

 なにか思っていたのと違うのである。

せない……」

『吐息』でも女神の化身であるお姉さんがあちこちできわどい姿を見せてくれる。そんな読者サービスを楽しみつつ、旅の末に主人公の少年と女神が結ばれる妖艶ようえんな描写はごちそうとして美味しくいただいた。

 しかし、女神は人間と交わったため、神として存在し続けることができなくなり世界から消滅してしまう。泣きはらした少年は村の幼なじみの少女に寄り添われて心の傷をいやす。そして思い出の詰まった日記帳を女神と出逢った神殿近くの森に埋めた。少年時代と決別したのだ。

 ルーニャはうずくまって床をドンドン叩きたい衝動にられた。

 少年と女神がお互いを大切にしている関係に憧れを抱き、応援したいと思っていた。たしかに理屈で言えば神と人が愛し合うことは難しい。格が違いすぎる。

 なぜ女神だけが消滅してしまったのだろう。ただの人間である少年は生き残り、将来の伴侶まで得ているのに……?

「ぅーーーん」

 理不尽な気がする。考えるほどに沼にズブズブ沈んでいく。自分なりの感想をうまくまとめられない。

 ルーニャが消化不良を起こして悶々もんもんしていると、

 リリリリリン

 電話が鳴った。

 ルーニャはハッと顔を上げて電話機まで小走りしていった。古書店で働いていたときの経験が身に染みついている。


「はい、もしもし」
「もしもし、ルーニャ?」

 ジャンだ。

「ジャン? どうしたの」

 話しかけながら、先日ジャンが屋敷へ遊びに来た帰りに悪戯いたずらされたことを思い出した。ルーニャは一瞬ムッとしたが、謎の読後うつひたっていたところだったためそれについてどうこう言う余裕がなかった。

「うん、いや、ちょっとさ。それより、お前の電話の声ってなんか耳がなごむよな」
「まあね。お屋敷に来る前は接客業してたから」

 ジャンが褒めてくるなんて珍しい。隕石いんせきでも降ってきそうだ。ルーニャは気のない返事をする。

「旦那様に変わろうか?」
「あー、いや。お前が暇ならちょっと付き合ってくれないか。……レッドウルフのことでさ」

 歯切れの悪い話し方をすると思ったら、この間ジャンに貸した『竜騎士レッドウルフ』のタイトルが出てきた。ルーニャの中でスイッチが切り替わった。

「レッドウルフ! 読んだの?」
「……読んだよ。読んだとも……なんだよアレ……レッドウルフの意志が強すぎるんだよ」

 ジャンの言葉尻が弱くなっていく。よかった、無事に沼へ沈んだのだ。彼がのどの奥にめていたモヤモヤを吐き出そうとしている様子を想像して、ルーニャは少し気分が良かった。これは優越感とは違うものだ。ジャンが面白い本を読んで悶絶もんぜつしている……!

 先ほど自分がどん底でジタバタい回っていたときの抑鬱よくうつは、ひとまずふたをしておとなしくなる。

「僕おつかいで古書店に行くんだけど、そのあとでいい?」
「ああ。どこで待ち合わせる?」
「うーん」

 ルーニャは受話器を持ったまま白い壁紙を見つめた。記憶の地図を辿たどっていく。古書店の帰りにおしゃべりができそうな場所は……。

「あ、海」
「うみ? オーケー。何時ごろ行けばいい?」


 ルーニャは主人の仕事部屋へ行き、おつかいのあとにジャンと会ってくることを告げた。
 久しぶりに古書店に行くのだ。店主に会ったらしばらくあちらにとどまってしまうだろうことはナイトフォールも承知していた。紳士はこころようなずいてルーニャを送り出してくれた。

「急がなくていいよ。色々見ておいで」


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