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33・家族

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 レオンはかなりの子煩悩こぼんのうで、先日生まれたばかりの娘の写真をルーニャにも見せてくれた。

 最初の一枚は、母親となった小柄な女性がソファに座り、抱っこしている赤ん坊の片手を持ち上げて「やあ!」と挨拶しているように見える写真だ。他にも、飼っている猫の尻尾しっぽをつかもうと小~さな手を伸ばしているところ、カメラに向かって、ほにゃあ~と笑っているように見えるところなど、「娘が大好き」という撮影者の気持ちがバシバシ伝わってくる。

「わあ~、かわいい」

 ルーニャもつい口角がゆるんで「かわいい」を連呼した。父親のレオンは「デレデレ」と効果音が聞こえてきそうな表情でいかにうちの子が将来有望であるかを語ってくれる。ナイトフォールは「また始まった」と苦笑いしながら紅茶を飲んでいる。

「ナイトフォールは妖精と結婚するらしいから、生まれてくる子どもにも羽が生えているのかもしれないな。うらやましい」

 うらやましいと言いながらも「うちの子一番」というオーラを崩さないレオンだった。

 ルーニャはレオンの快活な人柄に好感を持っていたし、彼が手帳から追加の写真を取り出したときも喜んで見せてもらった。

 楽しい時間を過ごしているはずなのに、なぜだろう、少年の心のすみっこにぽつんと灰色のかたまりが現れる。家族という存在について。ルーニャはそれに気づかないふりをして、レオンの話に耳を傾けていた。
 ふいに主人のナイトフォールが口をはさんだ。

「レオン、おまえの浮かれた話を聞いていると一日が終わってしまうよ」
「ああ。ははは、すまない、つい調子に乗ってしまった。ルーニャ君、さっきナイトフォールにも話したんだけどね、僕は今度新しい雑誌をつくろうと思っているんだ」
「新しい雑誌?」

 話題が変わり、ルーニャは灰色の気持ちを感じなくてすんだのでほっとした。レオンは手帳をバッグにしまいながらうなずく。熱気のある口調がいくぶん落ち着いて、仕事をする大人の顔になっていた。

「面白い本を紹介する書評誌なんだけど、読者コーナーを充実させたいなと思うんだ。僕は著名人がすすめる流行の本だけじゃなくて、マニアックな掘り出し物に焦点を当てたいんだよ」

 一般常識から外れているようなニッチなジャンルにも手を出していくつもりらしい。

「今という時代はとても多くの本が出版されているだろう。誰かに見つけてもらえなかったり、興味を持たれなかった本は、人の歴史の向こうに消えてしまうんだ」
「本が、消えてしまう……」
「そう。僕はルーニャ君の本脈にピンと来た。もし協力してもらえるなら、君のお気に入りを一冊教えてほしい」
「レオン、私の助手に原稿を依頼するなら、きちんと報酬を払ってもらわないとね」 
「もちろんだとも。うちに寄稿してくれるならナイトフォールより給料を高くするよ」
「か、考えておきます」

 いきなり原稿や給料という単語が出てきたので、ルーニャにはまだ現実感がかなかった。主人をチラリと見ると、いつもの穏やかな笑顔でこちらを見ている。悪い話ではなさそうだった。
 まずは読者投稿として短文をしたため、反応が良ければ連載に……というところまでレオンは考えているようだが、乗り越えなければならない課題がいくつかあるので、とりあえず夢や希望の段階で保留にされる。

「お気に入りの本って、アレでいいんでしょうか」
「ルーニャの好きなアレとか、アレも紹介してみたらどうかな」
「なんだ? アレとアレって。僕が読んだことのない本なのか」
「たぶんね。聞いてごらん。世界が広くなるよ」

 それは楽しみだ。レオンはニッと笑って、雑誌創刊の話をおしまいにした。腕時計を見て小さなため息をつく。
 二人の大人はソファから立ち上がった。

「長居してしまったな。ほとんど僕がしゃべりっぱなしじゃないか」
「紅茶が美味しかったよ。またよろしく」
「今度は娘を連れてくるよ。こんにちは、おじさんー! ってね」
「うーん、おじさんか……」
「時が経ったのさ。僕も、おまえも。そろそろいい時期だろう?」
「そうだな。色々と考えているよ」

 レオンはナイトフォールの背中を優しく叩いた。友人を励ますやり方だ。
 別れの挨拶をすませたルーニャは二人が居間から出ていくところを後ろから見送っていた。
 少年は本脈と、新しい人脈も手に入れようとしている。


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