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32・燃料投下

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「へえ、ナイトフォールの助手か。こき使われていないかい? あいつのことだ、お屋敷のあちこちから本を持ってこさせるんだろう」

 客人のレオンは快活なほほ笑みを見せながらルーニャに話しかけた。
 ルーニャはレオンとの会話を好んだ。自分の気持ちを「つい話したくなる」ような話題をふられるのだ。

「おかげで知らない本にたくさん出逢うことができました。このお屋敷はまるで本の森みたいです」
「詩的だね」

 優雅な感想を述べるレオンへ、ナイトフォールが声をかける。

「レオン、ルーニャは本に呼ばれる人だよ。面白い物語を見つけるのが上手だから、情報収集しておいたらどうだい」
「本脈があるのか。貴重な人材だね。僕にもルーニャ君のオススメを聞かせていただいてもいいかな」

 レオンとルーニャは大きなソファに座って自己紹介をからめたおしゃべりをしている。その様子を、テーブルをはさんだ向こうからナイトフォールは穏やかにながめていた。少し前かがみになり両手でティーカップを包み込むように持つ。主人がずいぶん楽な姿勢でのんびりしている様子を、ルーニャはあまり見たことがなかった。ジャンが遊びに来たときでも姿勢の良さは変わらなかったように思う。紳士の休日は紅茶の甘い香りがした。

 オススメの本をたずねられて、ルーニャはあれとこれと……と何冊か候補を考えたのだが、結局当たりさわりのない一冊を紹介することにした。ついさっき図書館で猛烈に没頭したお姉さんと少年の魅惑的な物語をポロリと伝えそうになった。気がゆるんでいる。初手で思春期の欲望を大公開してしまうのは学者の助手としてはしたない、とギリギリのところで思いとどまった。

「最近読んだもので面白かったのは……『ゆくゆくは雪のみち』です」
「ああ、去年ちょっとブームになっていた。あれは雪男の恋心が切ないんだよねえ。僕もライバル社が出した本だから真っ先に読んだよ」
「おぉー。仕事熱心なんですね」
「ありがとう。あの作者は短編が得意なんだけど、『ゆくゆく』みたいな長編も心に刺さる。繊細な恋心を書くのが上手いんだ」
「はい、僕もそう思います。あ、あと村のおじいさんもいい味出してて好きなんです」
「セリフの最後に『だす』を付けるおじいさんだすね」
「そうだす!」

 レオンは波長が合う、というより合わせてくれる。き火の火を分け与えるように、彼と一緒にいるとなんだか元気な気持ちになる。ルーニャは誰かと本の話をするのがとても楽しかった。独りで読んでいたときは「あー面白かった」と本を閉じておしまいになっていた。古書店の店長とも本の話はしたけれど、あのときはまだ読書脳ができていなかったから、店長の感想を聞いて、ふうんと返事をするくらいだったのだ。

「ところでルーニャ君。『ゆくゆく』の作者は弟も本を書いているんだけど、なかなか色っぽい物語だよ。知っているかい? 代表作が『女神の聖域』」
「ん゙ッ!!」

 ルーニャはつい低い声が出てしまった。ふだんのテノールに濁点が付いている。レオンはにやりとして少年の心をつつく。

「お、知ってるクチだね。女神様の読者サービスがたまらない作品なんだ。あれだけ書いて、見えそうで見えないギリギリ全年齢」
「そ、それ……」
「うん」
「……今日、図書館で借りてきました」
「ははあ、なるほど。本に呼ばれたってやつか」

 レオンは納得したようにうなずいた。結局ルーニャは初対面の人に性癖を暴露ばくろしてしまったので、顔を赤くして目をそむけた。ごまかすように自分用のティーカップを取って紅茶を一口飲む。使用人のアリスが持ってきてくれたぷるぷるのゼリーがなめらかにのどを通っていく。

「『女神』は全部読んだのかい?」
「いいえ……あと三分の一くらい残ってます……」
「あの本、続編が出ているよ。主人公と結ばれるシーンにだいぶ気合いが入っているんだ」
「えっっ、女神様と人間はそういうことはできないんじゃないんですか?」

 新しい世界が開けそうだったので、ルーニャは驚いて聞き返した。レオンは多くを語らない。

「色々あってね。うん、色々あるから、早く読んでください」
「色々……」
「そう、色々。暗闇で密着したり、森の小人に縛られて色々されたり、蛇の番人に口説かれたり……」
「あぁぁ」
「魔物が変身した服を着せられて、あちこち触られてたりもするね。それを主人公に無理やり脱がされるんだけど」

 聞いただけで妄想がはかどるので、ルーニャはついレオンの話に真剣に耳を傾けた。図書館にあるなら早速確保しなければ。けれど今日はめいっぱい借りてきたから、徹夜で一冊平らげないといけない。

 何やら頭をフル回転させているルーニャを見て、レオンはくすりとほほ笑んだ。目をきらきらさせている年頃の少年に燃料投下をするのは楽しいものだ。




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