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30・青空と鳩
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ルーニャは図書館帰りに街で軽食を買い、近くの公園で紙製のランチボックスを開いた。
片手で食べられるサイズのチキンサンドはまだ温かい。容器を通して膝の上にじーんとぬくもりが伝わってきた。
一口食べると厚切りトマトがはみ出してくる。ギリギリで口のなかに押し込んで、ルーニャはもぐもぐしながら公園の緑を眺めていた。
「美味しい」
ご飯が美味しく感じられるのは幸せなことだ。ルーニャはベンチの背もたれに寄りかかりながら、チラチラと踊る木漏れ日を目で追った。
パタタタッッ!
人間がものを食べている様子を嗅ぎつけたのか、一羽の鳩が遠くの木立から足元へ飛び込んできた。そこに我も我もと数羽続いて地面に降りてくる。のんびり食事をしている少年の周りで、鳩たちは首を振ってトコトコ歩き回るのだった。心優しい人間が食べ物をちぎって投げてくれるのを待っている。
お茶の紙パックをぺたんこにたたんで、ルーニャはゴミの後始末をした。ビニール袋を持ってベンチから立ち上がったときにも、鳩たちはじっとこちらを見ながらうろうろ歩いている。人馴れしている鳥に近づいても、ちょっと避けるくらいでビクともしない。ルーニャは面白くなってなんでもないフリをしながら鳩たちの方へそーっと進路をとった。
ワッと声を出してみたい衝動に駆られたとき、気配を察知したのか(?)、一番近くの鳩がバッッ! と勢いよく飛び立った。反射で他の鳩も音を立てて逃げていく。
「あーあ、行っちゃった」
青空の黒い点になった鳥を見送って、ルーニャはふふと笑みがこぼれた。なんだか気分がおおらかになっている。美味しいものを食べたからだろうか?
肩を揺すって重いリュックの位置を調整してから、ルーニャは屋敷へと帰る道を辿っていった。にぎやかな大通りから静かな住宅街へ入っていく。
背中にあたたかな陽差しを受けながら、彼はふと思い出した。
「家へ帰る」ことが楽しみになっている。
古書店にいたときより過去の記憶では、少年には日々の楽しみがほとんどなかったように思われた。主人からの、または主人への愛撫を強制されることが「普通」になってしまった頃のこと。
彼は虚空を眺めながら、心はただひとつに焦点を当てて歩いていたのではなかったか。
「つらい」と。
なつかしいイチョウ並木が見えた。ルーニャは現実に返ってきた。ここを通り抜ければナイトフォール屋敷だ。
今は、楽しい。
「ただいま戻りました」
屋敷の玄関ホールに入ると、ルーニャは誰にともなく挨拶をした。主人ではないので使用人の迎えは来ない。彼は重い荷物を背負っていようとかまわずにいそいそと階段を駆け上がった。
屋根裏部屋へ着いたときには少し息がはずんでいた。はしごをかけて、ルーニャはひょいと首を伸ばす。部屋の中は相変わらず本の山だ。それもだんだん増えていっているような気がする……。
ベッドに腰かけて図書館で借りた本を並べてみた。物言わぬ紙の向こうには、人々が笑い、獣が鳴き、美しい空が広がっている。
ルーニャが立ち上がったとき、机に置いたままの二冊の本が目に入った。窓から入ってくる光に当たって本の縁が白く浮き上がっている。
『かぐや姫異聞』と『月の卵』だ。
ルーニャは、ニッと笑って、屋根裏部屋から下りていった。
片手で食べられるサイズのチキンサンドはまだ温かい。容器を通して膝の上にじーんとぬくもりが伝わってきた。
一口食べると厚切りトマトがはみ出してくる。ギリギリで口のなかに押し込んで、ルーニャはもぐもぐしながら公園の緑を眺めていた。
「美味しい」
ご飯が美味しく感じられるのは幸せなことだ。ルーニャはベンチの背もたれに寄りかかりながら、チラチラと踊る木漏れ日を目で追った。
パタタタッッ!
人間がものを食べている様子を嗅ぎつけたのか、一羽の鳩が遠くの木立から足元へ飛び込んできた。そこに我も我もと数羽続いて地面に降りてくる。のんびり食事をしている少年の周りで、鳩たちは首を振ってトコトコ歩き回るのだった。心優しい人間が食べ物をちぎって投げてくれるのを待っている。
お茶の紙パックをぺたんこにたたんで、ルーニャはゴミの後始末をした。ビニール袋を持ってベンチから立ち上がったときにも、鳩たちはじっとこちらを見ながらうろうろ歩いている。人馴れしている鳥に近づいても、ちょっと避けるくらいでビクともしない。ルーニャは面白くなってなんでもないフリをしながら鳩たちの方へそーっと進路をとった。
ワッと声を出してみたい衝動に駆られたとき、気配を察知したのか(?)、一番近くの鳩がバッッ! と勢いよく飛び立った。反射で他の鳩も音を立てて逃げていく。
「あーあ、行っちゃった」
青空の黒い点になった鳥を見送って、ルーニャはふふと笑みがこぼれた。なんだか気分がおおらかになっている。美味しいものを食べたからだろうか?
肩を揺すって重いリュックの位置を調整してから、ルーニャは屋敷へと帰る道を辿っていった。にぎやかな大通りから静かな住宅街へ入っていく。
背中にあたたかな陽差しを受けながら、彼はふと思い出した。
「家へ帰る」ことが楽しみになっている。
古書店にいたときより過去の記憶では、少年には日々の楽しみがほとんどなかったように思われた。主人からの、または主人への愛撫を強制されることが「普通」になってしまった頃のこと。
彼は虚空を眺めながら、心はただひとつに焦点を当てて歩いていたのではなかったか。
「つらい」と。
なつかしいイチョウ並木が見えた。ルーニャは現実に返ってきた。ここを通り抜ければナイトフォール屋敷だ。
今は、楽しい。
「ただいま戻りました」
屋敷の玄関ホールに入ると、ルーニャは誰にともなく挨拶をした。主人ではないので使用人の迎えは来ない。彼は重い荷物を背負っていようとかまわずにいそいそと階段を駆け上がった。
屋根裏部屋へ着いたときには少し息がはずんでいた。はしごをかけて、ルーニャはひょいと首を伸ばす。部屋の中は相変わらず本の山だ。それもだんだん増えていっているような気がする……。
ベッドに腰かけて図書館で借りた本を並べてみた。物言わぬ紙の向こうには、人々が笑い、獣が鳴き、美しい空が広がっている。
ルーニャが立ち上がったとき、机に置いたままの二冊の本が目に入った。窓から入ってくる光に当たって本の縁が白く浮き上がっている。
『かぐや姫異聞』と『月の卵』だ。
ルーニャは、ニッと笑って、屋根裏部屋から下りていった。
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