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28・僕のお気に入り

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 屋根裏部屋へと戻る廊下を歩きながら、ルーニャはほおに手をあてた。まだ少し顔の火照ほてりが残っている。それは、主人のナイトフォールとの戯れによって体温が上がったせいだけではなかった。

 少年は三冊の本を抱えていた。

『星渡り』『卵』

 そして先ほど新しく見つけたルルの作品、

『月の卵』

 太陽の国に新しい妖精の卵が産まれたのだが、国政をよく思わない暗黒派の陰謀により、月の卵とすり替えられてしまう。偽の卵から産まれた妖精は王子を翻弄ほんろうし、太陽の国を危機におとしいれるのだが……

 あらすじを読んだとき、月の妖精と太陽の王子がどんな関係になるのか楽しみだと思った。すり替えられた太陽の妖精はどこへ行ったのだろう?

 パラパラとページをめくって挿絵を探すと、借りた三冊すべてを手がける画家の精緻せいちなペン画を見つけた。
 夜空の下、月光のスポットライトに照らされて、小さな妖精と少年が向き合っている。おそらくこれが月の妖精と太陽の王子の出逢いなのだろう。

『星渡り』は一度本棚へ戻したのだが、これも何かのえんだと思い、一緒に持ってきた。翻訳版より原作の方が印象深い。詩を朗読してくれたナイトフォールの声を思い出すからだろう。


 屋根裏部屋は少年の聖域となっていて、小さな本棚には彼のお気に入りが詰まっていた。棚のそばにも、屋敷の中で見つけた面白そうな本が積まれている。優先順位から外れて本の山の下に埋もれどくとなっている物語もいくつかあった。

 今夜、また新たにコレクションが増えてしまった。ルーニャは二、三冊の本を同時進行で読んでいる。気分によってそのときに読みたい物語を変えていた。

「どれにしようかな」

 ごちそうを選ぶように、ハードカバー、ソフトカバー、文庫本の表紙を指の先ででていく。デザインによってデコボコしていたり、つるつるしていたり、本の触感を楽しむことも好きだった。
 たくさんの本に囲まれて、ルーニャはついニヤリとしてしまった。病気の兆候である。

 ベッドに腰かけて『月の卵』をひざに置くと、少年は少しの間ぼんやりしていた。先ほどのナイトフォールの体温を思い出す。
 主人ともっと一緒にいたかった。けれど、あいにく彼はひと仕事終えたばかりで「かれている」のである。調子に乗って主人に無理をさせてはいけなかった。

 ジャンにいじられた身体がうずく。内側にしまっておいた慾望が目を覚まそうとしていた。

 この身に快感の責めを受けたいと自分から思ったのは初めてだった。以前の主人も少年を十分めちゃくちゃにしてくれた。でも、ナイトフォールのあたたかい手はルーニャを幸福にしてくれる。
 主人の満足のために喘ぐのではなく、自分の身体が満たされる歓びによって叫ぶ悲鳴は甘いものであった。

 何日か前に触れられた、ナイトフォールの指の動きを思い出していると、お腹の下がぞくぞくする……

「んー」

 ……。
 だめだ。ルーニャは顔を上げてため息をついた。腕を伸ばして『月の卵』を机に置くと、ベッドに倒れて丸くなる。

「……ぅ……、」

 ズボンの上から触ってみるだけでビリビリと電流が走るようだ。
 ボタンを外し、シャツの前をひらいて、主人がおおいかぶさってくる妄想をする。耳元で自分の名を呼ぶ声。天井に小さな吐息が吸い込まれていった。

「ぁ……ん」

 窓の向こうから、白い半月が少年の秘密をのぞいている。


 その夜、ルーニャはふわふわと海をただよう夢を見た。 
 青空を見上げていると、少年の上を鳥が羽ばたいていく。翼は本を開いたような姿に見えた。
 ああ、僕って本の読みすぎかも。ふふ、と笑いながら鳥を見送っていると、はらりと一枚の羽が落ちてきた。本の一ページだったかもしれない。手に取ろうとして、
 朝が来た。

 空は甘いバラ色だ。起きる時間にはまだ早い。なぜかルーニャはパッとベッドから飛び起きて簡単に身支度をすませると、机に向かった。

 そうだ。手紙を書かなくちゃ。

 なんだか頭がすっきりしている。ナイトフォールからもらったレターセットを広げて、ペンのキャップを取る。
 視界に入る場所に『かぐや姫異聞いぶん』の文庫本を置いて、作者のナヨ・タケに贈る感想を書き始めた。

 ナイトフォールがルルを愛しているように、
 たった一冊しか知らないけれど、ルーニャの推し作家はナヨ・タケ先生なのだ。


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