27 / 55
27・つながりたい
しおりを挟む
ルーニャはナイトフォールから『星渡り』を受け取り、本棚へと戻した。白い背表紙はたちまち周囲へ溶けこみ、風景の一部になる。
「旦那様、この本は物語なのに、烏の部屋にも置いてあるんですね」
「うん。その画家は理系なんだよ。よく科学雑誌の挿絵を描いている。なので、こちらの部屋にもひとつ」
「ペン一本であんなに細かい絵を描けるなんてすごい」
「細密画が武器だからね。図鑑の制作にもいくつか関わっているよ」
ナイトフォールはルーニャの後ろから手を伸ばし、本棚の上段から新しい本を一冊抜き取った。卵の絵がたくさん並んだ表紙が見えた。
『卵』
ルーニャは短いタイトルをつぶやいた。主人から手渡された本には、大きい卵、小さい卵、白、茶、青など絵具で色をつけたさまざまな卵が描かれていた。細かな陰影をつけた絵は情報量が多く、しげしげ眺めているとなかなかページを開くことができなかった。表紙だけで面白い。
「卵のなめらかな曲線が美しいだろう。鳥や魚など、日常でよく知られている生きものを紹介している。それと、妖精も少し」
「妖精の、卵ですか?」
「月の卵とかね」
「あー」
何かイメージできたのか、ルーニャの表情が明るくなった。早速ページをめくってみると、ニワトリとダチョウの卵の大きさの比較だったり、カエルや鮭のころころ丸い卵などが載っていた。
「へえ~」
人間などのほとんどの哺乳類は、お腹の中で赤ん坊を成長させてから産む胎生であるが、それより以前の大昔から生息している生きものは卵を産むものが多い。
卵の色や形を工夫して生存戦略してきたものたちの説明を読んで、ルーニャは感心した。新しい知識に触れて脳が活性化される。
コマドリの青い卵が目に鮮やかだったので、ルーニャはしばらくページに見入っていた。後ろから寄り添っていたナイトフォールが声をかける。
「この色は、君の碧い瞳に似ているね」
「きれいな青ですね」
印刷技術のたまものである。おそらく原画はもっと美しい。
そして最後の章はおまけとして、幻想生物を取り上げていた。画家オリジナルの卵が紹介されている。
月の卵は真ん円で、クリーム色をしていた。夜に見えるあれと同じである。この殻を割って、中から妖精が生まれてくるのだ。描かれていたのは、蝶のような羽を七色に彩り、きらりと目を光らせている子だった。
「この月の卵なんだが、ルルの物語に登場する」
「わあ」
そうつながるのか。ルーニャは「縁」によって新しい本と出逢えることを歓迎した。
ナイトフォールの推し作家であるルルの本はまだすべて読みきっていない。月の卵と妖精の物語は初めてだった。
「石榴の部屋にあるから探してごらん」
本のタイトルを教えてもらい、ルーニャはしっかり記憶に留めておいた。
ふいに後ろから抱きしめられた。ルーニャは手に本を持ったまま、背中の心地良いぬくもりへ身体をあずける。主人は何度か腕の位置をずらしながら、やがてルーニャのお腹をやさしく撫でた。
「いい感じにぽよぽよしてきたね。このおなかはマヨネーズでできているのかな?」
「うっ、ふふふ、ははっ!」
お腹周りの柔らかい部分をくすぐられて、ルーニャは声を出して身をよじった。戯れる二人はしばらく笑いあう。
主人の手がルーニャのおへその下へ伸びそうになり、少年が「あっ」と思ったときにはさっと手を引っ込められた。ふしぎとじれったい気持ちにはならなかった。ルーニャはとろけた声でふふっと笑いながらナイトフォールのくすぐりと愛撫を受けた。
「さあ、そろそろ部屋に戻ろうか」
「もう少し……」
「甘えん坊だね。坊やはミルクが欲しいのかな?」
「はい。欲しいです」
そういえば、喉が乾いている。
『卵』を本棚の隙間に置いてから、ルーニャは身をひるがえして主人の前にひざまずいた。
一瞬、顔を上げて主人の許しを乞うたが、彼は静かな表情で少年を見下ろしているだけだった。ルーニャはおそるおそる、しかし思い切って主人のベルトに手をかけた。
「ルーニャ」
落ち着いた声で名を呼ばれた。正気になったルーニャはナッツ色の髪をふんわりと撫でられ、顔が赤くなった。
うながされて立ち上がると、ナイトフォールは何も言わずにルーニャを抱きしめた。ぽんぽんと軽く頭をたたかれながら、ルーニャは主人にしがみついた。心臓の鼓動が速くなる。
この優しい主人に、乱暴にされたいと強く思った。
「旦那様、この本は物語なのに、烏の部屋にも置いてあるんですね」
「うん。その画家は理系なんだよ。よく科学雑誌の挿絵を描いている。なので、こちらの部屋にもひとつ」
「ペン一本であんなに細かい絵を描けるなんてすごい」
「細密画が武器だからね。図鑑の制作にもいくつか関わっているよ」
ナイトフォールはルーニャの後ろから手を伸ばし、本棚の上段から新しい本を一冊抜き取った。卵の絵がたくさん並んだ表紙が見えた。
『卵』
ルーニャは短いタイトルをつぶやいた。主人から手渡された本には、大きい卵、小さい卵、白、茶、青など絵具で色をつけたさまざまな卵が描かれていた。細かな陰影をつけた絵は情報量が多く、しげしげ眺めているとなかなかページを開くことができなかった。表紙だけで面白い。
「卵のなめらかな曲線が美しいだろう。鳥や魚など、日常でよく知られている生きものを紹介している。それと、妖精も少し」
「妖精の、卵ですか?」
「月の卵とかね」
「あー」
何かイメージできたのか、ルーニャの表情が明るくなった。早速ページをめくってみると、ニワトリとダチョウの卵の大きさの比較だったり、カエルや鮭のころころ丸い卵などが載っていた。
「へえ~」
人間などのほとんどの哺乳類は、お腹の中で赤ん坊を成長させてから産む胎生であるが、それより以前の大昔から生息している生きものは卵を産むものが多い。
卵の色や形を工夫して生存戦略してきたものたちの説明を読んで、ルーニャは感心した。新しい知識に触れて脳が活性化される。
コマドリの青い卵が目に鮮やかだったので、ルーニャはしばらくページに見入っていた。後ろから寄り添っていたナイトフォールが声をかける。
「この色は、君の碧い瞳に似ているね」
「きれいな青ですね」
印刷技術のたまものである。おそらく原画はもっと美しい。
そして最後の章はおまけとして、幻想生物を取り上げていた。画家オリジナルの卵が紹介されている。
月の卵は真ん円で、クリーム色をしていた。夜に見えるあれと同じである。この殻を割って、中から妖精が生まれてくるのだ。描かれていたのは、蝶のような羽を七色に彩り、きらりと目を光らせている子だった。
「この月の卵なんだが、ルルの物語に登場する」
「わあ」
そうつながるのか。ルーニャは「縁」によって新しい本と出逢えることを歓迎した。
ナイトフォールの推し作家であるルルの本はまだすべて読みきっていない。月の卵と妖精の物語は初めてだった。
「石榴の部屋にあるから探してごらん」
本のタイトルを教えてもらい、ルーニャはしっかり記憶に留めておいた。
ふいに後ろから抱きしめられた。ルーニャは手に本を持ったまま、背中の心地良いぬくもりへ身体をあずける。主人は何度か腕の位置をずらしながら、やがてルーニャのお腹をやさしく撫でた。
「いい感じにぽよぽよしてきたね。このおなかはマヨネーズでできているのかな?」
「うっ、ふふふ、ははっ!」
お腹周りの柔らかい部分をくすぐられて、ルーニャは声を出して身をよじった。戯れる二人はしばらく笑いあう。
主人の手がルーニャのおへその下へ伸びそうになり、少年が「あっ」と思ったときにはさっと手を引っ込められた。ふしぎとじれったい気持ちにはならなかった。ルーニャはとろけた声でふふっと笑いながらナイトフォールのくすぐりと愛撫を受けた。
「さあ、そろそろ部屋に戻ろうか」
「もう少し……」
「甘えん坊だね。坊やはミルクが欲しいのかな?」
「はい。欲しいです」
そういえば、喉が乾いている。
『卵』を本棚の隙間に置いてから、ルーニャは身をひるがえして主人の前にひざまずいた。
一瞬、顔を上げて主人の許しを乞うたが、彼は静かな表情で少年を見下ろしているだけだった。ルーニャはおそるおそる、しかし思い切って主人のベルトに手をかけた。
「ルーニャ」
落ち着いた声で名を呼ばれた。正気になったルーニャはナッツ色の髪をふんわりと撫でられ、顔が赤くなった。
うながされて立ち上がると、ナイトフォールは何も言わずにルーニャを抱きしめた。ぽんぽんと軽く頭をたたかれながら、ルーニャは主人にしがみついた。心臓の鼓動が速くなる。
この優しい主人に、乱暴にされたいと強く思った。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
寮生活のイジメ【社会人版】
ポコたん
BL
田舎から出てきた真面目な社会人が先輩社員に性的イジメされそのあと仕返しをする創作BL小説
【この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。】
全四話
毎週日曜日の正午に一話ずつ公開
聖也と千尋の深い事情
フロイライン
BL
中学二年の奥田聖也と一条千尋はクラス替えで同じ組になる。
取り柄もなく凡庸な聖也と、イケメンで勉強もスポーツも出来て女子にモテモテの千尋という、まさに対照的な二人だったが、何故か気が合い、あっという間に仲良しになるが…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる