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23・少年
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ああ、いけない。
ナイトフォールはジャンと並んで廊下を歩きながら、自分の右手を軽く持ち上げた。
ふだん、ルーニャにするのと同じように、うっかりジャンの頭を撫でそうになったのだ。
一仕事終えたあとだから、油断しているのだろう。ふうと息をついて、紳士は前を向いた。
自分でも気がつかないところで、心が浮かれているのかもしれない。
二人が居間に戻ってくると、ルーニャはテーブルから離れて近くのソファに座っていた。本を開いている。主人たちが戻ってきたので、立ち上がって「おかえりなさい」と声をかけた。
「手紙は書けたのか?」
ジャンは借りたばかりの本と、もらったレターセットを自分のバッグに入れた。そろそろ帰る時間だ。ルーニャは彼を見送るために隣に並んだ。
「あとちょっと。もう少し考えたいから、残りは寝る前に書いちゃうよ」
「そっか。うまく書けるといいな」
「うん。レッドウルフもよろしくね」
「おう」
ジャンがナイトフォールにお礼を言ってぺこりとお辞儀する。紳士もほほ笑んで少年にあいさつした。
「次に会うのはいつにしようか」
「来週もお願いしたいですけど、先生の体調が良くなってからでいいですよ」
「お気づかいありがとう。それじゃあ、次は……」
屋敷を出る前に、玄関でジャンは一度立ち止まった。彼についてきたルーニャもそれにならい、背の高い少年を見上げた。
「じゃ、また今度ね」
「ああ。ルーニャはいいよな。いつも先生と一緒で」
「へへ、うらやましいでしょ」
「助手のじょの字も仕事できてないように見えるけどな」
「ぼ、僕はまだ助手見習いですから」
痛いところをつかれて、ルーニャは苦しまぎれに言い訳をする。ジャンはちょっと笑っただけだった。
「先生の手をわずらわせるなよ? けっこう体にきてるみたいだったし」
「うん。論文の締切前はもっと幽霊みたいな感じだった」
「……見たいな、それ」
「ときどきソファで寝ちゃうこともあるから、毛布を……」
一番忙しい時期の主人の様子を語っているうち、ルーニャはある日のことを思い出してしまった。
ナイトフォールと深いキスをした夜のことだ。
「毛布を、どうしたって?」
ルーニャが無言で固まっているので、ジャンはいぶかしげに先をうながした。
「もうふ…………もふもふする」
「???」
ルーニャも自分で何を言っているのかわからなかった。
「ルーニャ?」
少年の顔が赤くなっている。ジャンはルーニャの腕を肘で小突いた。自分の知らないところで二人が親密になっているのは、なんだか腹が立った。
「……何もできないくせに、なんでお前なんかが先生と一緒にいるんだよ」
声を低くしてトゲのあるセリフを言うと、ジャンは小柄な少年をむっとにらんだ。否定されたことで、ルーニャは我に返り反抗する。
「僕にだってできることはあるよ!」
「へえ、どんなことだ?」
「……」
いっそ、旦那様と自分の関係を打ち明けてしまおうか。ルーニャは一瞬迷った。ジャンもナイトフォールのことを恩師として慕っている。ルーニャが間に入ってくるのが気にくわないでいることは、なんとなくわかっていた。
恋人ごっこのこと、言ったらジャンは負けを認めておとなしくなってくれるだろうか。
いや、ならないだろう。
ルーニャとナイトフォールは、ごっこ遊びなのだ。
ジャンはルーニャの弱点をついて自分の優位を自慢するだろう。
ドカッ
「うっ」
自分の世界に没入しているルーニャにしびれを切らしたジャンが、少年を乱暴にどついた。ドアに背中をぶつけたルーニャが痛みに堪えているところへ、ジャンはおおいかぶさるように身を寄せた。吐息が触れ合うような至近距離で、ルーニャは抵抗するのがわずかに遅れてしまった。意地悪な年上の少年はすかさず手を伸ばしてルーニャのズボンの前をなぞる。
「じゃ……!」
「なあ、毎日してるのか? あれ」
「し、……てないよ!」
ルーニャはジャンと初めて遭った日に、恥ずかしい一人遊びを見られている。ジャンの低い声が無遠慮に耳の奥に入り込んできて、少年の羞恥心を責め、身体に火をつけようとした。
「ジャン……っ、ぁ」
ゆっくりと指が上下して、ついにルーニャの抵抗する力が萎えてしまった。必死に声を抑える。漏れてくる小さな悲鳴が震えている。
ジャンはようやく満足したようだった。肩に頭を押しつけてくるルーニャの困惑した顔が見てみたい。ときどき、ぐりっと指をねじ込んで、硬くなったものを苛む。そのたびにルーニャの腰がビクッと跳ねる。弱い者をいたぶるのは、妙に胸がスッとする。
「はっ……ぅあ……っっ……」
ルーニャがすがるように服をつかんできたので、ジャンはひょいと逃げるように身を離した。ルーニャは潤んだ目で意地悪な少年を見上げていた。
今度はジャンが一瞬固まった。
「……っ」
ルーニャの艶のある碧い瞳は続きを乞うていた。年下の少年に求められて、ジャンの心が揺さぶられる。なぜ揺さぶられるのかわからなかった。わかりたくないと思った。
ルーニャは、かつて世話になった主人たちに何度も身体に刻み込まれた、隠せない淫らな想いを、言葉にせずとも態度に表していた。
「ル……」
一歩前に出ようとして、ジャンはハッとした。
「だ、ダメだ」
むしろ自分に言い聞かせるために、ジャンはやっとの思いで声を絞り出した。魔法が解けたかのように理性が戻る。そうだ、これから自分は家に帰るのだ。
「……あんまり、調子に乗るなよ」
「ジャンのばか」
あやまったりするものか。ジャンは動揺を見せないようにむすっと口を引き結んだ。それでも少しだけ罪悪感でそわそわする。
「立てるか」
「……うん」
「今日はこれくらいにしておいてやる」
「悪役のセリフ……」
「うるさいな。お前がなんともないなら、俺はもう帰るからな!」
一人で勝手に怒り出したジャンは、ルーニャを押しのけてドアノブに手をかけた。最後にちらりとルーニャを見る。
「じゃあな。ふん」
ルーニャの返事も待たずに、少年は走って出ていってしまった。彼の耳は赤くなっていた。ルーニャはぼんやりとした頭で、足音が遠ざかっていくのを聞いていた。
ナイトフォールはジャンと並んで廊下を歩きながら、自分の右手を軽く持ち上げた。
ふだん、ルーニャにするのと同じように、うっかりジャンの頭を撫でそうになったのだ。
一仕事終えたあとだから、油断しているのだろう。ふうと息をついて、紳士は前を向いた。
自分でも気がつかないところで、心が浮かれているのかもしれない。
二人が居間に戻ってくると、ルーニャはテーブルから離れて近くのソファに座っていた。本を開いている。主人たちが戻ってきたので、立ち上がって「おかえりなさい」と声をかけた。
「手紙は書けたのか?」
ジャンは借りたばかりの本と、もらったレターセットを自分のバッグに入れた。そろそろ帰る時間だ。ルーニャは彼を見送るために隣に並んだ。
「あとちょっと。もう少し考えたいから、残りは寝る前に書いちゃうよ」
「そっか。うまく書けるといいな」
「うん。レッドウルフもよろしくね」
「おう」
ジャンがナイトフォールにお礼を言ってぺこりとお辞儀する。紳士もほほ笑んで少年にあいさつした。
「次に会うのはいつにしようか」
「来週もお願いしたいですけど、先生の体調が良くなってからでいいですよ」
「お気づかいありがとう。それじゃあ、次は……」
屋敷を出る前に、玄関でジャンは一度立ち止まった。彼についてきたルーニャもそれにならい、背の高い少年を見上げた。
「じゃ、また今度ね」
「ああ。ルーニャはいいよな。いつも先生と一緒で」
「へへ、うらやましいでしょ」
「助手のじょの字も仕事できてないように見えるけどな」
「ぼ、僕はまだ助手見習いですから」
痛いところをつかれて、ルーニャは苦しまぎれに言い訳をする。ジャンはちょっと笑っただけだった。
「先生の手をわずらわせるなよ? けっこう体にきてるみたいだったし」
「うん。論文の締切前はもっと幽霊みたいな感じだった」
「……見たいな、それ」
「ときどきソファで寝ちゃうこともあるから、毛布を……」
一番忙しい時期の主人の様子を語っているうち、ルーニャはある日のことを思い出してしまった。
ナイトフォールと深いキスをした夜のことだ。
「毛布を、どうしたって?」
ルーニャが無言で固まっているので、ジャンはいぶかしげに先をうながした。
「もうふ…………もふもふする」
「???」
ルーニャも自分で何を言っているのかわからなかった。
「ルーニャ?」
少年の顔が赤くなっている。ジャンはルーニャの腕を肘で小突いた。自分の知らないところで二人が親密になっているのは、なんだか腹が立った。
「……何もできないくせに、なんでお前なんかが先生と一緒にいるんだよ」
声を低くしてトゲのあるセリフを言うと、ジャンは小柄な少年をむっとにらんだ。否定されたことで、ルーニャは我に返り反抗する。
「僕にだってできることはあるよ!」
「へえ、どんなことだ?」
「……」
いっそ、旦那様と自分の関係を打ち明けてしまおうか。ルーニャは一瞬迷った。ジャンもナイトフォールのことを恩師として慕っている。ルーニャが間に入ってくるのが気にくわないでいることは、なんとなくわかっていた。
恋人ごっこのこと、言ったらジャンは負けを認めておとなしくなってくれるだろうか。
いや、ならないだろう。
ルーニャとナイトフォールは、ごっこ遊びなのだ。
ジャンはルーニャの弱点をついて自分の優位を自慢するだろう。
ドカッ
「うっ」
自分の世界に没入しているルーニャにしびれを切らしたジャンが、少年を乱暴にどついた。ドアに背中をぶつけたルーニャが痛みに堪えているところへ、ジャンはおおいかぶさるように身を寄せた。吐息が触れ合うような至近距離で、ルーニャは抵抗するのがわずかに遅れてしまった。意地悪な年上の少年はすかさず手を伸ばしてルーニャのズボンの前をなぞる。
「じゃ……!」
「なあ、毎日してるのか? あれ」
「し、……てないよ!」
ルーニャはジャンと初めて遭った日に、恥ずかしい一人遊びを見られている。ジャンの低い声が無遠慮に耳の奥に入り込んできて、少年の羞恥心を責め、身体に火をつけようとした。
「ジャン……っ、ぁ」
ゆっくりと指が上下して、ついにルーニャの抵抗する力が萎えてしまった。必死に声を抑える。漏れてくる小さな悲鳴が震えている。
ジャンはようやく満足したようだった。肩に頭を押しつけてくるルーニャの困惑した顔が見てみたい。ときどき、ぐりっと指をねじ込んで、硬くなったものを苛む。そのたびにルーニャの腰がビクッと跳ねる。弱い者をいたぶるのは、妙に胸がスッとする。
「はっ……ぅあ……っっ……」
ルーニャがすがるように服をつかんできたので、ジャンはひょいと逃げるように身を離した。ルーニャは潤んだ目で意地悪な少年を見上げていた。
今度はジャンが一瞬固まった。
「……っ」
ルーニャの艶のある碧い瞳は続きを乞うていた。年下の少年に求められて、ジャンの心が揺さぶられる。なぜ揺さぶられるのかわからなかった。わかりたくないと思った。
ルーニャは、かつて世話になった主人たちに何度も身体に刻み込まれた、隠せない淫らな想いを、言葉にせずとも態度に表していた。
「ル……」
一歩前に出ようとして、ジャンはハッとした。
「だ、ダメだ」
むしろ自分に言い聞かせるために、ジャンはやっとの思いで声を絞り出した。魔法が解けたかのように理性が戻る。そうだ、これから自分は家に帰るのだ。
「……あんまり、調子に乗るなよ」
「ジャンのばか」
あやまったりするものか。ジャンは動揺を見せないようにむすっと口を引き結んだ。それでも少しだけ罪悪感でそわそわする。
「立てるか」
「……うん」
「今日はこれくらいにしておいてやる」
「悪役のセリフ……」
「うるさいな。お前がなんともないなら、俺はもう帰るからな!」
一人で勝手に怒り出したジャンは、ルーニャを押しのけてドアノブに手をかけた。最後にちらりとルーニャを見る。
「じゃあな。ふん」
ルーニャの返事も待たずに、少年は走って出ていってしまった。彼の耳は赤くなっていた。ルーニャはぼんやりとした頭で、足音が遠ざかっていくのを聞いていた。
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