上 下
23 / 55

23・少年

しおりを挟む
 ああ、いけない。

 ナイトフォールはジャンと並んで廊下を歩きながら、自分の右手を軽く持ち上げた。
 ふだん、ルーニャにするのと同じように、うっかりジャンの頭を撫でそうになったのだ。
 一仕事終えたあとだから、油断しているのだろう。ふうと息をついて、紳士は前を向いた。
 自分でも気がつかないところで、心が浮かれているのかもしれない。

 二人が居間に戻ってくると、ルーニャはテーブルから離れて近くのソファに座っていた。本を開いている。主人たちが戻ってきたので、立ち上がって「おかえりなさい」と声をかけた。

「手紙は書けたのか?」

 ジャンは借りたばかりの本と、もらったレターセットを自分のバッグに入れた。そろそろ帰る時間だ。ルーニャは彼を見送るために隣に並んだ。

「あとちょっと。もう少し考えたいから、残りは寝る前に書いちゃうよ」
「そっか。うまく書けるといいな」
「うん。レッドウルフもよろしくね」
「おう」

 ジャンがナイトフォールにお礼を言ってぺこりとお辞儀する。紳士もほほ笑んで少年にあいさつした。

「次に会うのはいつにしようか」
「来週もお願いしたいですけど、先生の体調が良くなってからでいいですよ」
「お気づかいありがとう。それじゃあ、次は……」


 屋敷を出る前に、玄関でジャンは一度立ち止まった。彼についてきたルーニャもそれにならい、背の高い少年を見上げた。

「じゃ、また今度ね」
「ああ。ルーニャはいいよな。いつも先生と一緒で」
「へへ、うらやましいでしょ」
「助手のじょの字も仕事できてないように見えるけどな」
「ぼ、僕はまだ助手見習いですから」

 痛いところをつかれて、ルーニャは苦しまぎれに言い訳をする。ジャンはちょっと笑っただけだった。

「先生の手をわずらわせるなよ? けっこう体にきてるみたいだったし」
「うん。論文の締切前はもっと幽霊みたいな感じだった」
「……見たいな、それ」
「ときどきソファで寝ちゃうこともあるから、毛布を……」

 一番忙しい時期の主人の様子を語っているうち、ルーニャはある日のことを思い出してしまった。
 ナイトフォールと深いキスをした夜のことだ。

「毛布を、どうしたって?」

 ルーニャが無言で固まっているので、ジャンはいぶかしげに先をうながした。
 
「もうふ…………もふもふする」
「???」

 ルーニャも自分で何を言っているのかわからなかった。

「ルーニャ?」

 少年の顔が赤くなっている。ジャンはルーニャの腕を肘で小突いた。自分の知らないところで二人が親密になっているのは、なんだか腹が立った。

「……何もできないくせに、なんでお前なんかが先生と一緒にいるんだよ」

 声を低くしてトゲのあるセリフを言うと、ジャンは小柄な少年をむっとにらんだ。否定されたことで、ルーニャは我に返り反抗する。

「僕にだってできることはあるよ!」
「へえ、どんなことだ?」
「……」

 いっそ、旦那様と自分の関係を打ち明けてしまおうか。ルーニャは一瞬迷った。ジャンもナイトフォールのことを恩師としてしたっている。ルーニャが間に入ってくるのが気にくわないでいることは、なんとなくわかっていた。
 恋人ごっこのこと、言ったらジャンは負けを認めておとなしくなってくれるだろうか。

 いや、ならないだろう。
 ルーニャとナイトフォールは、ごっこ遊びなのだ。
 ジャンはルーニャの弱点をついて自分の優位を自慢するだろう。

 ドカッ

「うっ」

 自分の世界に没入しているルーニャにしびれを切らしたジャンが、少年を乱暴にどついた。ドアに背中をぶつけたルーニャが痛みにえているところへ、ジャンはおおいかぶさるように身を寄せた。吐息が触れ合うような至近距離で、ルーニャは抵抗するのがわずかに遅れてしまった。意地悪な年上の少年はすかさず手を伸ばしてルーニャのズボンの前をなぞる。

「じゃ……!」
「なあ、毎日してるのか? あれ」
「し、……てないよ!」

 ルーニャはジャンと初めてった日に、恥ずかしい一人遊びを見られている。ジャンの低い声が無遠慮に耳の奥に入り込んできて、少年の羞恥心しゅうちしんを責め、身体に火をつけようとした。

「ジャン……っ、ぁ」

 ゆっくりと指が上下して、ついにルーニャの抵抗する力がえてしまった。必死に声を抑える。れてくる小さな悲鳴が震えている。

 ジャンはようやく満足したようだった。肩に頭を押しつけてくるルーニャの困惑した顔が見てみたい。ときどき、ぐりっと指をねじ込んで、硬くなったものをさいなむ。そのたびにルーニャの腰がビクッと跳ねる。弱い者をいたぶるのは、妙に胸がスッとする。

「はっ……ぅあ……っっ……」

 ルーニャがすがるように服をつかんできたので、ジャンはひょいと逃げるように身を離した。ルーニャはうるんだ目で意地悪な少年を見上げていた。
 今度はジャンが一瞬固まった。

「……っ」

 ルーニャのつやのあるあおい瞳は続きをうていた。年下の少年に求められて、ジャンの心が揺さぶられる。なぜ揺さぶられるのかわからなかった。わかりたくないと思った。

 ルーニャは、かつて世話になった主人たちに何度も身体に刻み込まれた、隠せない淫らな想いを、言葉にせずとも態度に表していた。

「ル……」

 一歩前に出ようとして、ジャンはハッとした。

「だ、ダメだ」

 むしろ自分に言い聞かせるために、ジャンはやっとの思いで声を絞り出した。魔法が解けたかのように理性が戻る。そうだ、これから自分は家に帰るのだ。

「……あんまり、調子に乗るなよ」
「ジャンのばか」

 あやまったりするものか。ジャンは動揺を見せないようにむすっと口を引き結んだ。それでも少しだけ罪悪感でそわそわする。

「立てるか」
「……うん」
「今日はこれくらいにしておいてやる」
「悪役のセリフ……」
「うるさいな。お前がなんともないなら、俺はもう帰るからな!」

 一人で勝手に怒り出したジャンは、ルーニャを押しのけてドアノブに手をかけた。最後にちらりとルーニャを見る。

「じゃあな。ふん」

 ルーニャの返事も待たずに、少年は走って出ていってしまった。彼の耳は赤くなっていた。ルーニャはぼんやりとした頭で、足音が遠ざかっていくのを聞いていた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

聖也と千尋の深い事情

フロイライン
BL
中学二年の奥田聖也と一条千尋はクラス替えで同じ組になる。 取り柄もなく凡庸な聖也と、イケメンで勉強もスポーツも出来て女子にモテモテの千尋という、まさに対照的な二人だったが、何故か気が合い、あっという間に仲良しになるが…

寮生活のイジメ【社会人版】

ポコたん
BL
田舎から出てきた真面目な社会人が先輩社員に性的イジメされそのあと仕返しをする創作BL小説 【この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。】 全四話 毎週日曜日の正午に一話ずつ公開

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...