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20・手紙

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「ジャンてば、ファンタジーはわからないとか言ってたくせに、好きなキャラはめちゃくちゃ熱く語るんだもの」
「いや……俺も予想外だった。キャラがよければ、ジャンルがちがっても読めるかもしれない」

『かぐや姫異聞いぶん』について、少年と若者と紳士の三人でわいわい語らっていた。
 そして今、SF好きのジャンが心をひらき、守備範囲を広げようとしていた。少年と紳士はにこにこしながら見守っている。

「レッドみたいなキャラがいるなら、他にもおもしろい本教えてくれよ」

 ジャンの言葉を聞いて、他の二人は「ようこそ!」と歓迎してくれた。

「よし、ルーニャ、あとでジャンを石榴ざくろの部屋に招待してあげよう」
「はい! 『竜騎士レッドウルフ』とかどうでしょう。ちょうど名前もかぶってるし」
「ああ、いいかもしれないね。ジャン、これはとある国の竜騎士隊の隊長が、暴走した竜を追って冒険する物語だ」
「竜……って、空を飛ぶんですか?」
「うん。レッドウルフは、はじめは高所恐怖症で、竜騎士隊に配属されたことを疑問に思っていたんだが、隊で管理していた竜が暴走して、故郷の村を焼かれてしまってね、後戻りできない状態に追い込まれた。ここまでが序章」
「ぅああ……展開きついですよ」

 ルーニャが続ける。

「あとね、レッドウルフのカッコいいところは、その竜に復讐ふくしゅうしてやろうと思って、厳しい訓練に耐えて、大空を克服する! ってところだよ」
「強い人なんだな……」
「強いとも」
「強いよ!」

 全力でオススメされて、ジャンは暴力的なエネルギーにみ込まれるまま新しい本を一冊借りていくことになった。
 ナイトフォールの屋敷に来ると、彼は勉強のためと言ってふだんは科学やSFの書物が並ぶからすの部屋で主人と語り合っていたのだが、ルーニャと出逢ってから、少し視野が広がった気がする。

 ルーニャはほくほくしながら珈琲のおかわりに口をつけた。隣に座るジャンは腕時計をちらりと見て苦笑いした。今日は烏の部屋に行く時間がないかもしれないな。

「へへ、ジャンにかぐや姫をオススメしてよかった」
「まあ、いい本だったよ」
「でしょう。僕、お屋敷に来る前は古書店にいたんだけど、物語っておもしろいんだ、って教えてくれたのが、このかぐや姫なんだよ」
「ふうん。人生を変えた本、っていうやつか」
「うん」
「そんなにお気に入りなら、作者に手紙でも書けばいいじゃないか」
「えっ?」

 突飛なことを言われて、ルーニャの目がきょとんとなる。
 ジャンは特別なことを言ったつもりはなく、すました顔で少年を見つめていた。ナイトフォールも賛成する。

「感想を送ってあげれば、作者も喜んでくれると思うよ。私も研究資料におおいにお世話になったときは手紙を書いている。あとになって、絶版だと思っていた本が新装版になって、書店にひっそり並んでいるのを見つけたことがあってね。あれはうれしかった」
「でも、なんて書けばいいのかわかりません……」

 語気が弱くなっていくルーニャをナイトフォールがなぐさめる。

無理強むりじいはしないとも。君がアリスの作ってくれた食事に『美味しい』と一言えてくれる、ああいうのでかまわないんだよ」
「そんな簡単な言葉でいいんですか?」

 ナイトフォールとジャンの顔を見て、ルーニャはかたわらに置いた自分のお気に入りの本を手に取った。古書店へやって来たより以前に、「主人」との契約のもと閉じこめられた世界にいた少年が、心が自由に駆け回れる場所を得るきっかけになった本だ。

「……ありがとう、って言うだけでもいいのかな」
葉書はがきで出すこともできるぞ」
「レターセットなら、私が色々持っているからそれを使うといい」

 ルーニャは『かぐや姫異聞』の文庫本をじーっと見つめていた。透きとおるような青い表紙に、銀の満月が描かれた装飾的な絵だ。さびしいとき、なにげなくぱらぱらめくっては挿絵さしえの美しさにかれていた。
 物語の楽しさを知らなかったら、たぶんナイトフォールの屋敷にいても窮屈きゅうくつで仕方がなかっただろう。
 ありがとうと、言うだけでいいのだ。

 そしてルーニャは、……うなずいた。

「やってみます」

 ナイトフォールがソファから立ち上がった。道具を用意するために居間を出ていくと、あとに少年たちが残された。
 ジャンはテーブルに手を伸ばして、パイのひと切れを頬張ほおばった。ラズベリーの甘酸っぱさがおしゃべりでつかれたのどに染みわたる。ルーニャは先ほど新しい本をジャンにオススメしていた熱気はどこへやら、珈琲カップを両手に包みながらちびちび飲んでいた。急に決まった出来事にあわてていた気持ちが、だんだん落ち着いてくる。

「この珈琲、冷めても美味しいね」
「だろ? 親と遠出したときによく行く珈琲屋があるんだけどさ、他に紅茶とか色々あるんだよ」
「へえ~」

 ジャンは身を乗り出してポットを取ると、最後の一杯を自分のカップにそそいだ。砂糖を入れずにそのまま口へ運ぶ。苦い……とぼやいて、もう一口飲んでしまう。

「俺さ、SF作家のサイン会に行ったことがある。この人と同じ時代に生きてることは奇蹟なんだと思ったよ。地球に生命が生まれる確率と同じくらいの奇蹟だよ」
「スケール大きいね?」
「俺にとっては宇宙の広さくらいでかい事件なんだって!」

 ぐいっとカップを空にしたジャンは、背の低いルーニャの頭を軽く小突いた。

「生きているうちに言っておいた方がいいぞ」

 彼の言葉は、作家か、ルーニャか、どちらに対してなのかはわからなかった。


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