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15・春の庭
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春になると、だんだん昼の時間が長くなる。
ルーニャは夕方が好きだ。とくに黄昏の前、斜めに陽が差してくる時間が好きだった。
まだ手元が明るいうちに、今とりかかっている本を読みきってしまおう。折り畳みイスを持って、ルーニャは屋敷の庭の片隅へ歩いていった。
初めてここへやって来てから、庭の花がどんどん咲いていくようだ。新しい住人を歓迎するかのように、タンポポやカタバミやら、雑草までにぎやかだ。
「バラは来月になったら咲くんだっけ」
門のそばに植えてあるバラの木も、だいぶ蕾がふくらんできた。白い花が咲く時期は、甘やかな香りが屋敷を訪れる客人をなごませるだろう。
ほくほくと景色を楽しみながら、芝生を横切っていく。
天気と気温さえゆるせば、ルーニャは本とイスと水筒を持って外に出るようになった。活動的になったと自分でも思う。
以前、居候していた古書店は、とりあえず静かな場所であれば読書は自分の部屋と店内で十分だったのだ。仕事中は、お気に入りのワンピースに猫耳を付けて、お客が本を持ってくるまでイスに座って本を読んでいた。
そして今、外に出て、お日様に当たって、風に吹かれながら大好きな物語を追いかけていると、心が健康になることを知った。おおらかになる、というのか。
旦那様のように、穏やかな人になれたらいいなと思う。
空気の匂い、草花の香りは心地よかった。古い紙やインクの匂いとはまたちがう。
「さてと」
リンゴの木のそばにレモンの鉢植えをぽんと置いたところが、ルーニャのお気に入りだ。隣に折り畳みイスを置く。
屋敷の主人が快く仕入れてくれた若木は、読書の友である。水やりも自分でする。毎日見ていると、たしかに少しずつ葉が増えていく。
植物も生きているのだ。ときどき地面を歩いていくダンゴムシを目で追いかけるのもおもしろかった。
日が沈むまで一時間は余裕がありそうだ。そこから完全に暗くなるまでの宵闇のうちに夕食をいただく。
ときどきルーニャは屋敷へ戻る前に、厨房の方へ回って、使用人のアリスが準備してくれている食事の香りが外へただよってくるのを楽しんだ。特にトマトソースはお腹に効く。
今日のご飯はなんだろう?
うきうきしながらイスに座って本を開く。夕陽に照らされたページはオレンジ色に染められた。めくるたびに紫色の陰が現れる。
二、三ページ読み進めたところ、ルーニャはなんとなくページをつまんだ指を行ったり来たりさせて、暗い陰がゆらゆら動くのをながめていた。
光と闇ではなく、光と陰が半分こになった具合が、好い。
のんびりしていればやがて陽は落ちる。だんだん遠のいていく光を見送りながら、紫色の寂しみをいとおしむ時間をルーニャは大切に思っていた。
さやさやと風が鳴る。ナッツ色の髪がふわりと視界をさえぎったので、ふとルーニャは顔を上げた。振り向くと屋敷の白い壁が目に入る。オレンジ色に光っているわずかな部分に、壁に絡んだ蔦の陰が斜めに伸びている。
ルーニャの視線は二階の東側の角部屋で止まった。おや? と少年はまばたきした。
「あの部屋、窓が開いてる……」
鍵のかかった部屋だ。主人のナイトフォールから、むやみにのぞかないようにと言われていたので、貴重な物をしまっておく部屋なのだろうと思っていた。空気の入れ換えをしているのかもしれない。
窓辺で水色のカーテンがゆったりと波打っている。部屋の中は見えなかった。しばらく見つめていると、カーテンをめくって誰かが姿を見せた。ナイトフォールだ。
「あ、旦那様だ」
言いつけを思い出して、ルーニャはそっと身を引いた。少しの間リンゴの木の陰に隠れていたのだが、どうにも好奇心に負けて、もう一度そおっと振り向いてみる。
ナイトフォールはまだ窓辺にたたずんでいた。何をするでもなく遠くをぼんやりながめているようで、少年がいることに気がついていないらしい。
「……」
二階にいる人の表情は読み取れないのに、ルーニャはなぜだか「さびしそうだな」と感じてしまった。夕暮れの紫色の陰におおわれているからだろうか。
しばらくすると、主人は再びカーテンをめくり部屋の中へ戻っていった。窓は開いている。
惹きつけられたように、ルーニャはその角部屋から目が離せないでいた。
読書の途中だったことを思い出したのは、お腹の鳴る音が聞こえたときだった。
ルーニャは夕方が好きだ。とくに黄昏の前、斜めに陽が差してくる時間が好きだった。
まだ手元が明るいうちに、今とりかかっている本を読みきってしまおう。折り畳みイスを持って、ルーニャは屋敷の庭の片隅へ歩いていった。
初めてここへやって来てから、庭の花がどんどん咲いていくようだ。新しい住人を歓迎するかのように、タンポポやカタバミやら、雑草までにぎやかだ。
「バラは来月になったら咲くんだっけ」
門のそばに植えてあるバラの木も、だいぶ蕾がふくらんできた。白い花が咲く時期は、甘やかな香りが屋敷を訪れる客人をなごませるだろう。
ほくほくと景色を楽しみながら、芝生を横切っていく。
天気と気温さえゆるせば、ルーニャは本とイスと水筒を持って外に出るようになった。活動的になったと自分でも思う。
以前、居候していた古書店は、とりあえず静かな場所であれば読書は自分の部屋と店内で十分だったのだ。仕事中は、お気に入りのワンピースに猫耳を付けて、お客が本を持ってくるまでイスに座って本を読んでいた。
そして今、外に出て、お日様に当たって、風に吹かれながら大好きな物語を追いかけていると、心が健康になることを知った。おおらかになる、というのか。
旦那様のように、穏やかな人になれたらいいなと思う。
空気の匂い、草花の香りは心地よかった。古い紙やインクの匂いとはまたちがう。
「さてと」
リンゴの木のそばにレモンの鉢植えをぽんと置いたところが、ルーニャのお気に入りだ。隣に折り畳みイスを置く。
屋敷の主人が快く仕入れてくれた若木は、読書の友である。水やりも自分でする。毎日見ていると、たしかに少しずつ葉が増えていく。
植物も生きているのだ。ときどき地面を歩いていくダンゴムシを目で追いかけるのもおもしろかった。
日が沈むまで一時間は余裕がありそうだ。そこから完全に暗くなるまでの宵闇のうちに夕食をいただく。
ときどきルーニャは屋敷へ戻る前に、厨房の方へ回って、使用人のアリスが準備してくれている食事の香りが外へただよってくるのを楽しんだ。特にトマトソースはお腹に効く。
今日のご飯はなんだろう?
うきうきしながらイスに座って本を開く。夕陽に照らされたページはオレンジ色に染められた。めくるたびに紫色の陰が現れる。
二、三ページ読み進めたところ、ルーニャはなんとなくページをつまんだ指を行ったり来たりさせて、暗い陰がゆらゆら動くのをながめていた。
光と闇ではなく、光と陰が半分こになった具合が、好い。
のんびりしていればやがて陽は落ちる。だんだん遠のいていく光を見送りながら、紫色の寂しみをいとおしむ時間をルーニャは大切に思っていた。
さやさやと風が鳴る。ナッツ色の髪がふわりと視界をさえぎったので、ふとルーニャは顔を上げた。振り向くと屋敷の白い壁が目に入る。オレンジ色に光っているわずかな部分に、壁に絡んだ蔦の陰が斜めに伸びている。
ルーニャの視線は二階の東側の角部屋で止まった。おや? と少年はまばたきした。
「あの部屋、窓が開いてる……」
鍵のかかった部屋だ。主人のナイトフォールから、むやみにのぞかないようにと言われていたので、貴重な物をしまっておく部屋なのだろうと思っていた。空気の入れ換えをしているのかもしれない。
窓辺で水色のカーテンがゆったりと波打っている。部屋の中は見えなかった。しばらく見つめていると、カーテンをめくって誰かが姿を見せた。ナイトフォールだ。
「あ、旦那様だ」
言いつけを思い出して、ルーニャはそっと身を引いた。少しの間リンゴの木の陰に隠れていたのだが、どうにも好奇心に負けて、もう一度そおっと振り向いてみる。
ナイトフォールはまだ窓辺にたたずんでいた。何をするでもなく遠くをぼんやりながめているようで、少年がいることに気がついていないらしい。
「……」
二階にいる人の表情は読み取れないのに、ルーニャはなぜだか「さびしそうだな」と感じてしまった。夕暮れの紫色の陰におおわれているからだろうか。
しばらくすると、主人は再びカーテンをめくり部屋の中へ戻っていった。窓は開いている。
惹きつけられたように、ルーニャはその角部屋から目が離せないでいた。
読書の途中だったことを思い出したのは、お腹の鳴る音が聞こえたときだった。
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