夜伽話につきあって

つらつらつらら

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9・深淵

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 主人の知らぬ間に客人を屋敷に入れてしまったルーニャは、自分が人前に出る格好ではないこともあって気が気ではなかった。大股で玄関ホールを通りすぎていくジャンの後ろをおどおどしながらついていく。
 ジャンの方は屋敷に何度も訪れているらしく、迷いなく二階へ上がる階段を目指していた。

(たったの十分……永遠のように感じる)

 どんよりしているルーニャにかまわず、ジャンはからすの部屋へ辿たどり着いた。他の場所へは行かないという約束を守ってくれるようだ。
 一階の石榴ざくろの部屋よりは本の並びがひかえめだった。壁には全天星図や月の満ち欠けを撮影したらしい写真が何枚か貼ってあった。机には双眼鏡や天球儀なども置いてある。望遠鏡は見当たらないが、どこかに用意してあるのかもしれない。夏や冬の流星群を観測したりするのだろうか。

 ルーニャは換気のために窓を開けた。ふわりと風の匂いがする。それから壁掛けの時計を見上げた。

「じゃあ、十分だけですよ」
「ルーニャ君、よかったら僕が本を選ぶ間、話し相手になってくれませんか?」

 ジャンの新しい頼みごとにルーニャは目をぱちくりさせた。

「あの……僕はファンタジーが好きなので、科学系はよくわからないんです……」
「一人言につきあってくれるだけでいいんです」

 にこにこしながら若者は少年を誘う。
 主人の知り合いを邪険にしてはいけない。部屋から外へ出たかったのだが……ルーニャは「逃げられない」と観念した小動物のように、こくりとうなずいた。


 ジャンはファー付きのコートを脱いでソファの背もたれにかけると、まずは借りていた本を本棚に戻した。一番上の棚にも楽に手が届く。
 歩くたびにふわふわ動く飴色あめいろの髪を見上げながら、ルーニャはなるべくジャンの後ろに立つようにしていた。スカート姿で彼の視界に入りたくないのだ……。

「君はナイトフォール先生の助手をしているそうだけど、どんなことを手伝ってるんですか?」
「ええ……と、まだ見習いなので、あまりたいそうなことはできないんです」
「修行中なんですね。先生の本好きには僕も驚きますよ」
「旦那様は……お屋敷の本をすべて読んでいるんですか?」
「いや、そこまではいってないんじゃないですか。ここの蔵書はお屋敷ごとお父上から受け継いだものだと聞いたことがあります。親子で本に人生を捧げてるんでしょうね。素敵だな」

 ジャンは本棚に話しかけるように淡々としゃべっていた。ときどき一冊取り出してパラパラと中を見る。SFを吟味ぎんみしているようだ。彼の「一人言」へ返事をするのはルーニャしかいなかったけれど、いつの間にか興味を持って会話に参加していた。ナイトフォールは自分のことをあまり話題にしないので、さりげない情報から主人の人となりを想像するのは楽しいことだった。

 お屋敷に出入りするジャンのことを少し知りたいと思ったが、今のルーニャは居心地がわるくてそこまで頭が回らなかった。

 しばらく沈黙して、ジャンは「ルーニャ君」と呼びかけながら、本棚の一角から大判の写真集を引き抜いた。ページをめくりながらルーニャに振り向く。見開きの状態で差し出してくるので、ルーニャは彼に近寄って本の中をのぞいた。深淵の写真だ。大きな天文台の宇宙望遠鏡で撮影された写真。鮮やかな光の乱舞が目にまぶしい。

「きれい……」

 素直な感想だった。絵画や写真にはまだ目覚めていないので、輝く星々の周りを色の付いた雲がただよっている写真にしばらく見とれていた。

「こっちも」

 ジャンが違うページを開く。二枚の写真が載っていた。かくとなるひとつの光から、細い筋が幾重いくえにも伸びて遠くの小さな光とあちこちつながっている。どちらも似たような構図だ。

「知ってる? 人の頭の中の細胞と、宇宙の構造は見た目が似ているんだよ」
「頭の中の……」
「ここの、神経細胞の接続の仕方と、宇宙の星や銀河の繋がり方が、似てるってこと」

 本を器用に片手で支えながら、ジャンはトントンと自分の頭を指でつつく。

「俺たちは一人一人、頭の中に自分の宇宙を持ってる、って考えたら、面白いじゃないか」
「ファンタジーみたいなこと言うんですね」
「そうかな。空想より哲学の方が好きだな。この写真集は一番気に入ってる本なんだ。俺の家にもあるよ」

 ジャンという若者も、本に没頭する人のようだった。気を許したのか地が出てきたので、ルーニャは思わず顔を上げて彼を見た。視線が合う。
 ジャンはいたって真面目な声で言った。

「なあ、君、着替えてきてもいいんだぜ」

 うっ。急に痛いところを突かれて、ルーニャは凍りついた。

「俺は人の趣味をどうこう言うつもりはないから、そのままがいいならそれでいいけど」

 話題が変わったので、ジャンは本を閉じた。ううう、とぐるぐる考えているルーニャを観察している。見られていることにえられず、ルーニャは意を決してぺこりと頭を下げた。

「すぐに戻ってきます」
「うん」

 ジャンの隣をすり抜けていこうとしたところで、彼が不意に突き出した片足につまずいた。

「うわ!」

 勢いでバランスをくずした。ルーニャは近くにあったソファーのひじ掛け部分に頭をぶつけそうになり反射で体をひねったのがいけなかった。上手に転ぶことができず、スカートがめくれ上がった。

「お」

 ジャンが息を飲む。倒れたルーニャの素裸な二の脚を見て、目を見開いた。
 ルーニャがあわててスカートのすそを引っ張るより先にジャンの手が早かった。

「いい趣味してるじゃないか」
「あの、やめて!」

 片手でルーニャの腕をつかみ、写真集を床に置きながら、ジャンはにやにやといやらしい(色々な意味の)笑顔でルーニャを見下ろしてきた。

「放してください!」
「放してやるとも。先生が帰ってきたらな」
「なん……」

 ルーニャの顔が蒼くなる。逃げようとしても腕力ではとうていかなわない。

「あの人に内緒でこんなことやってるのか。いけない子だな」

 ジャンの声が低くなったので、ルーニャは本能的な恐怖を感じた。「契約」をしていない者には身体に触れてほしくない。絨毯じゅうたんに横たわりながら悲鳴のようにわめいた。

「もう、十分経ってますよ!」
「本を選んでいたら、つい長居してしまった。先生には何とでも言えるさ」

 実際はナイトフォールに忘れ物を届けに行ったアリスの方が先に帰ってくるだろう。あと数分かもしれないし、まだ一時間かかるかもしれないが……。

「そんな格好で俺としゃべってたんだな」
「……………………とても失礼なことをしていると、わかっています。でも……お願いだから、さわらないでください……」
「ああ。さわらない。約束は守るよ」
「あっ! うう……」

 ジャンが手を離したので、許してくれたのかと思った。が、直後に足首を掴まれて大きくひらかれた。少年の秘部が明らかになる。後ろのつぼみに埋め込まれた銀色の玩具おもちゃの端が見えていた。慾望が身を滅ぼす瞬間だった。

 羞恥しゅうちで真っ赤になった抜き身がじわじわと大きくなる過程をじっくりと観賞されて、ルーニャはいっそ死んでしまいたいと思った。屈辱くつじょくには慣れたつもりでいたが、あらためておぞましいものであると実感した。しかも、ジャンはルーニャが心折れるのを楽しんでいる!

「見るだけだよ。手は出さない」


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