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5・黒い本

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 主人に頼まれた本を見つけて、ルーニャは三冊分の重みを両手に抱きしめた。あまり厚くない、10代の子どもならどれも気楽に読める内容だ。ただし『さまよえる海の騎士』は、刺さる人には大人でも刺さる。

 午後のやわらかな光が「石榴ざくろの部屋」に満ちている。ふわりと広がったスカートの影が絨毯じゅうたんに落ちる。窓の外で鳥がかん高く鳴いて飛び去っていった。

「旦那様は、物語を集めてどんな研究をするんだろう」

 直射日光を避けた場所にドンと並ぶ本棚をぼんやりながめながら、少年は主人が机に向かって書物を開く姿を思い出していた。

「何千年も前から語りがれてきた人間の本質について、興味があるとおっしゃっていた」

 ナイトフォールは、また、歴史のすみに追いやられて影の存在になってしまった物語にも、意味はあるという。時の権力者にとって不利になるような情報や思想は、検閲けんえつ、禁止されて、書物は取り上げられる。革命の力がひそんでいるかもしれないからだ。


「失われた、月の民……」

 少年は最近覚えた言葉をなんとなくつぶやいてみた。

 ナイトフォールが着手を始めた砂漠の向こうのお伽話とぎばなしは、ルーニャという人間が何者なのか、ヒントをくれるかもしれない。
 ルーニャは本名ではない。なぜだか少年はそんな気がしていた。女の子の名前だと旦那様も言っていたではないか。施設にいたときにそう呼ばれていたから、単に自分の呼び名だと思っていただけだ。

「月の民を研究すれば、僕という存在がどこから来たのかはわかるのかもしれない。でも、そのあと僕がどこへ行くのか教えてくれる物語は……きっとこのお屋敷にも無いんだろうな」

 感傷にひたって、独り言の沼に沈んでいく。

 現実的に考えれば、自分の出生を知りたいなら小さい頃暮らしていた施設やお役所に行って大人に相談してみるのがいいのだろう。
 けれど少年は現実逃避をしたかった。どこで生まれたのか、知らなくても生きていける。主人の寝所に誘われる生活は心をすり減らした。人のカタチを保つために「物語」を欲した。月の民なんていういかにも空想的な単語は、ルーニャの好奇心をくすぐるものだった。

 ルーニャが古書店の店長に引き取られてから読書を始めて、まだ数ヵ月くらいしか経っていなかった。基本の読み書きや計算はできる。学校には行かないので本を読んでいた。美味しい物語をもぐもぐ食べている時間は「しあわせだ」と声に出して言うことができた。店長によくからかわれたものだ。ちゃんと炭水化物もれ。かすみを食べて生きていくつもりかと。仙人になるのもいいかもしれない。

 白髪のおじいさんになった自分の姿を想像して、ルーニャはふふと笑いがこぼれた。修行をして雲に乗って飛んでいったら、あの月に手が届くかしらん?

「ん」

 ふと本棚の一角に視線が止まった。黒い背表紙に白のタイトルで、『異星人、花を植える』
 おもしろそうだ……ピンと来てルーニャは指をかけて引き抜いた。薄い本だ。一日で読めてしまいそうだった。

 ルーニャは持っていた本を近くの机に置くと、黒い本の表紙をしげしげとながめた。
 長い衣をまとった異星人は……頭の部分が花になっている。花の名前はわからない。どこに目鼻がついているのかもわからない。そして三人の異形の者を前にして、一人の子どもがひざを折り両手を組んでいた。祈りをささげているのか、あるいは命乞いのちごいではないだろうか。

「花って、ひまわりとか植えるのかな……」

 どうも表紙が不穏な雰囲気なので、それにひっぱられて明るい内容を想像するのがむずかしかった。適当にページをめくってみると、ふと一瞬見えた挿絵にルーニャの心臓が釘付けになった。

「!!!?」

 あわててページを戻す。

 異星人の服のそでからうねうねと長いものが伸びていた。植物のつるのように。ベッドに寝かされた少年は素裸で、異星人の触手にからられてからだを大きくひらいていた。
 体のなかに侵入する触手は太い。胎内を犯されている少年の顔はこころなしかうっとりしているように見える。

 古い本なのだろう。紙は黄色くなっているし、描かれた絵は版画のようなタッチで、あまり上手ではない。が、今のルーニャ少年にはすべてどうでもいいことだった。

「うっかり見てしまった」衝撃の瞬間は、ルーニャの心の深くにぶっ刺さってしまった。
 言葉を失い、真っ白の頭で黒い本を閉じた。

 ものも言わずにルーニャは四冊の本を抱きかかえて「石榴の部屋」から飛び出した。


 階段を駆け上がり、主人の仕事部屋へ行く前に、ルーニャは屋根裏部屋へ寄り道した。急いではしごをかけて何段か登り、入口の近くに手を伸ばして黒い本を置いた。
 屋敷内の書物は自由に読んでよいと許可をもらっているので、ルーニャは気になる本をときどき部屋に積んでおく。

「新しい本に出逢いました!」と顔に書いてあるのをごまかすことも考えず、ルーニャはナイトフォールの元へぱたぱた走っていくのだった。


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