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まじないし ※長い虫が出てきます
2・Taro
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板張りの廊下はときどき、ギシ、ギシ……と不穏な軋みを立てる。シールゥは受付の青年の後について真っ直ぐ進み、窓から入る夕陽がスポットライトのように当たるドアの手前で歩みを止めた。
「失礼します」
青年がドアをノックする。ガチャリ、と音がしたとき、シールゥは無意識に肩から提げた学生カバンをきゅっと引き寄せた。
案内された部屋は診察室と呼ばれる場所だと思い込んでいたので、第一印象が理科の実験室のようだったのは意外だった。清潔感はあるのだが、なんというか、戸棚に並べられたビンや試験管などを見るとそわそわする。
窓辺で薄いカーテンが一枚風に揺れている。部屋は穏やかな明るさで、これからあと一時間もすれば紫色の薄闇で覆われるのだろう。
「こんにちは」
最初に挨拶をしたのは「先生」だった。受付の青年より一回り歳が上くらいの、まだ若い男性だ。きちんと白衣を身につけた真面目そうな雰囲気である。背もたれのある椅子に座り、シールゥと青年を招き入れた。
シールゥもひとつお辞儀をして挨拶を返した。青年が問診票を先生に渡す。シールゥは近くのカゴに荷物を置くよう言われて、丸椅子に座り先生と対面した。緊張により今は下腹部の刺激はあまり気にならない。
「私はまじないものを研究しているナエという者です。よろしく」
「よろしくお願いします……」
シールゥが見慣れない部屋をキョロキョロ見回しているので、ナエは小さく笑って説明してくれた。
「私の店は病院とは少し違うよ。君もあそこの学校の学生だろう? 先輩からここを紹介されたのかな」
この店に来た理由をたずねられて、とたんにシールゥの顔が赤くなった。ええと……、と言いたいことを整理している間にナエが口を開く。
「毎年この時期になると、とある蟲が繁殖期に入るんだ。これを知っている学生が外から捕まえてきて、自由研究やら何やらに勤しんでいる。でもときどきトラブルを起こす子がいてね。みんな似たような症状を抱えて私のところに相談に来るんだよ。一般の病院では扱っていないから」
あの学校の伝統行事みたいなものかな。
ナエの言葉を聞いて、シールゥは恥ずかしいやら安堵したやら、複雑な気持ちでうなずいた。
「私もあそこの卒業生なんだ。蟲で遊ぶのが面白くてねえ。趣味の研究が後輩たちの役に立つなら嬉しいよ。まあ、あまり褒められた仕事ではないから、表向きは占い屋なんかをやっているんだけどね」
「占い……女の人も来るんですか?」
「うん。どの宝くじを買うべきか相談に来る人、迷子の子猫を探してほしいと泣きついてくる人、色々いるよ」
なんだかインチキくさいぞ……とシールゥが疑惑の表情を浮かべたとき、身体の中の蟲がもぞもぞと動いたのでそれどころではなくなった。
「ぅあっ……」
悲鳴を上げて身体を折り曲げる。込み上げてくる快感を必死で抑えようと両の拳を握る。
「蟲は前と後ろ、どっちに入っている?」
ナエが冷静に声をかけた。シールゥはすぐに答えるのがためらわれたが、先輩から教わった情報では、蟲の専門家はこの人が一番だという。
「……××の中……」
余裕のない直接表現にナエは顔色ひとつ変えず、「そこの寝台に座れるかい」と短く問うた。シールゥはこくりとうなずいて、よろよろ椅子から立ち上がると隣の簡素な寝台に移動した。先生とシールゥのやりとりを見守っていた受付の青年が身体を支えてくれる。
シールゥはもじもじと下半身を震わせながら、青年の腕に寄りかかった。しっかり支えてくれるので安心できる。それでナエの言うことにも素直にはいと言ってしまったのだ。
「シールゥ君、今の君は正しい自己判断が難しい状態にあると思うんだが、君の身体に入った蟲を、私が取り除いていいですか?」
青年が学生ズボンのベルトを外してくれたが、その後はシールゥが自分で服を脱ぎながら、そういえば診察代(?)はいくらかかるんだっけ、先輩は何と言っていたかな……とぼんやり考えた。そんな小さな不安はたちまち蟲に喰われてしまう。
真っ赤になった少年のもちものを見て、ナエは「ふむ」と一言うなった。
シールゥは自分の向こう見ずな好奇心と過ちでとんだ痴態を晒してしまったことをたいへん後悔していた。もうこうなったらなんでもいいから早く終わりにしてほしい……。
「問診票を見たけど、君が使った蟲はおそらく雌なんだろう。そいつはヒトの身体の中で卵を産みつけるから、早く外に出してしまわないと」
「えぇ……どうなるんですか……」
雌? 卵を産む??
何かを想像してシールゥの顔が蒼くなった。
「卵が孵化して君は延々と苦しむことになる。この蟲に毒は無いが、ずっとベッドの中で楽しめるものだとはあまり思えないね。夜も寝かせてもらえないし」
ナエはそう言いながら椅子から立ち上がって近くの戸棚を開けた。ラベルを確認して箱を取り出すと、ふたを開けて中を確かめる。
「うん、今日はTaroに頼もうかな。シールゥ君、蟲を追い出すのに手っ取り早いのは射精させること。精液の成分が卵も溶かすんだ。私が所持している蟲は狭くて温かいところで活発になるよう育てている。目には目を。蟲には蟲を、だ」
あくまでも冷静に話をするナエが手に持っているのは、白い長虫のような生き物だった。指一本くらいの太さ、背にコブがあり、短い脚がわらわらと動いている。シールゥは魂が消し飛ぶような思いで先生が寝台にやって来るのを見つめていた。あれで首を絞められた方がよっぽど救われるのではないだろうか。思考が闇に堕ちていく。
「そ、それ……どうするんですか?」
「お尻に挿れるんだよ。他にも、糸のように細い蟲を尿道に挿れて、雌と卵を食いつぶしてもらう手もあるんだけど、どちらがいいかな」
自分でも触ったことのない身体の内部で蟲が食事をしているところは想像したくない。シールゥは観念したように、隣で支えてくれている受付の青年を見上げた。やはり彼は半分にやにやしながら少年の返事を待っていたのだった。
「失礼します」
青年がドアをノックする。ガチャリ、と音がしたとき、シールゥは無意識に肩から提げた学生カバンをきゅっと引き寄せた。
案内された部屋は診察室と呼ばれる場所だと思い込んでいたので、第一印象が理科の実験室のようだったのは意外だった。清潔感はあるのだが、なんというか、戸棚に並べられたビンや試験管などを見るとそわそわする。
窓辺で薄いカーテンが一枚風に揺れている。部屋は穏やかな明るさで、これからあと一時間もすれば紫色の薄闇で覆われるのだろう。
「こんにちは」
最初に挨拶をしたのは「先生」だった。受付の青年より一回り歳が上くらいの、まだ若い男性だ。きちんと白衣を身につけた真面目そうな雰囲気である。背もたれのある椅子に座り、シールゥと青年を招き入れた。
シールゥもひとつお辞儀をして挨拶を返した。青年が問診票を先生に渡す。シールゥは近くのカゴに荷物を置くよう言われて、丸椅子に座り先生と対面した。緊張により今は下腹部の刺激はあまり気にならない。
「私はまじないものを研究しているナエという者です。よろしく」
「よろしくお願いします……」
シールゥが見慣れない部屋をキョロキョロ見回しているので、ナエは小さく笑って説明してくれた。
「私の店は病院とは少し違うよ。君もあそこの学校の学生だろう? 先輩からここを紹介されたのかな」
この店に来た理由をたずねられて、とたんにシールゥの顔が赤くなった。ええと……、と言いたいことを整理している間にナエが口を開く。
「毎年この時期になると、とある蟲が繁殖期に入るんだ。これを知っている学生が外から捕まえてきて、自由研究やら何やらに勤しんでいる。でもときどきトラブルを起こす子がいてね。みんな似たような症状を抱えて私のところに相談に来るんだよ。一般の病院では扱っていないから」
あの学校の伝統行事みたいなものかな。
ナエの言葉を聞いて、シールゥは恥ずかしいやら安堵したやら、複雑な気持ちでうなずいた。
「私もあそこの卒業生なんだ。蟲で遊ぶのが面白くてねえ。趣味の研究が後輩たちの役に立つなら嬉しいよ。まあ、あまり褒められた仕事ではないから、表向きは占い屋なんかをやっているんだけどね」
「占い……女の人も来るんですか?」
「うん。どの宝くじを買うべきか相談に来る人、迷子の子猫を探してほしいと泣きついてくる人、色々いるよ」
なんだかインチキくさいぞ……とシールゥが疑惑の表情を浮かべたとき、身体の中の蟲がもぞもぞと動いたのでそれどころではなくなった。
「ぅあっ……」
悲鳴を上げて身体を折り曲げる。込み上げてくる快感を必死で抑えようと両の拳を握る。
「蟲は前と後ろ、どっちに入っている?」
ナエが冷静に声をかけた。シールゥはすぐに答えるのがためらわれたが、先輩から教わった情報では、蟲の専門家はこの人が一番だという。
「……××の中……」
余裕のない直接表現にナエは顔色ひとつ変えず、「そこの寝台に座れるかい」と短く問うた。シールゥはこくりとうなずいて、よろよろ椅子から立ち上がると隣の簡素な寝台に移動した。先生とシールゥのやりとりを見守っていた受付の青年が身体を支えてくれる。
シールゥはもじもじと下半身を震わせながら、青年の腕に寄りかかった。しっかり支えてくれるので安心できる。それでナエの言うことにも素直にはいと言ってしまったのだ。
「シールゥ君、今の君は正しい自己判断が難しい状態にあると思うんだが、君の身体に入った蟲を、私が取り除いていいですか?」
青年が学生ズボンのベルトを外してくれたが、その後はシールゥが自分で服を脱ぎながら、そういえば診察代(?)はいくらかかるんだっけ、先輩は何と言っていたかな……とぼんやり考えた。そんな小さな不安はたちまち蟲に喰われてしまう。
真っ赤になった少年のもちものを見て、ナエは「ふむ」と一言うなった。
シールゥは自分の向こう見ずな好奇心と過ちでとんだ痴態を晒してしまったことをたいへん後悔していた。もうこうなったらなんでもいいから早く終わりにしてほしい……。
「問診票を見たけど、君が使った蟲はおそらく雌なんだろう。そいつはヒトの身体の中で卵を産みつけるから、早く外に出してしまわないと」
「えぇ……どうなるんですか……」
雌? 卵を産む??
何かを想像してシールゥの顔が蒼くなった。
「卵が孵化して君は延々と苦しむことになる。この蟲に毒は無いが、ずっとベッドの中で楽しめるものだとはあまり思えないね。夜も寝かせてもらえないし」
ナエはそう言いながら椅子から立ち上がって近くの戸棚を開けた。ラベルを確認して箱を取り出すと、ふたを開けて中を確かめる。
「うん、今日はTaroに頼もうかな。シールゥ君、蟲を追い出すのに手っ取り早いのは射精させること。精液の成分が卵も溶かすんだ。私が所持している蟲は狭くて温かいところで活発になるよう育てている。目には目を。蟲には蟲を、だ」
あくまでも冷静に話をするナエが手に持っているのは、白い長虫のような生き物だった。指一本くらいの太さ、背にコブがあり、短い脚がわらわらと動いている。シールゥは魂が消し飛ぶような思いで先生が寝台にやって来るのを見つめていた。あれで首を絞められた方がよっぽど救われるのではないだろうか。思考が闇に堕ちていく。
「そ、それ……どうするんですか?」
「お尻に挿れるんだよ。他にも、糸のように細い蟲を尿道に挿れて、雌と卵を食いつぶしてもらう手もあるんだけど、どちらがいいかな」
自分でも触ったことのない身体の内部で蟲が食事をしているところは想像したくない。シールゥは観念したように、隣で支えてくれている受付の青年を見上げた。やはり彼は半分にやにやしながら少年の返事を待っていたのだった。
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