夏至祭・BL短編集

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夏至祭

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 夏の国の王フレイは、夏至祭がはじまると王宮を出てさいを司る月宮殿へと足を運んだ。
 年若い王は獅子のたてがみを思わせる金の髪を揺らしながら長い衣のすそをさばく。太陽の熱い陽射しの下を数人の従者を連れて堂々と歩いていった。

 月宮殿には、天体の運行を観測する天文官、そこから吉凶を占う占星術師、そして、近い未来を視る能力を持っているなどが出入りしていた。

 王はみずみずしく香るえんの横を通り過ぎて、れん造りの六角形の堂にたどり着いた。青いドーム屋根が同色の晴れた空に映えてかがやいている。
 この祭祀堂で、太陽の恩寵おんちょうが最も長く強くもたらされる日に、夏の国の未来を占う儀式が行われるのである。

 従者によって重々しい扉が開け放たれる。フレイ王は速度をゆるめずに一人で堂内へ入った。マントをひるがえすたびに日に焼けたたくましい二の腕がちらちらと見える。
 王は広く採光窓を設けた明るい広間を大股おおまたで歩いていく。ほのかな薔薇の香りが好ましかった。


 フレイ王を迎える者たちは二列になってひざまずき、太陽の通り道をつくって主君を待っていた。
 一列は楽器をかたわらに置きなり色の衣をまとった楽士たちが五人ほど、一列は裾の長い黒い礼服をまとった高位の神官が四人。最後尾には黒い神官と反対に白銀のしゃを頭からかぶった人物がかしこまっていた。この者が未来の隙間をかい見る巫師であろう。

 堂内は外よりも涼しかった。ほの暗いが真昼のうちはまだ明かりを灯さない。窓から差し込む光で十分だった。太陽の光はこうべを垂れる者たちの背中を明るく照らし出した。

 フレイ王は巫師の白い衣をちらりと横目で見やり、広間の奥、一段高い上座に進んだ。毛足の長い絨毯じゅうたんがやわらかく王の足を包む。

「これより未来視の儀式をり行う。おもてを上げよ」

 朗々と張りのある声が堂内に響いた。
 それを合図に一同はいっせいに王の尊顔を拝し、深く礼をして、列をくずし移動をはじめた。楽士が手に持っている弦楽器や小振りの太鼓がカチャカチャと小さく音を立てる。

 銀糸で花と鳥の刺繍ししゅうが縫いとられた白い衣がふわりと舞い、巫師がしずしずと広間の中央に進み出た。その人は素足であった。黒い衣の神官は巫師の左右をはさむように膝を折った。残りの者は後ろで影のように身をひそめている。
 堂内の柱の陰から儀式の補佐役が敷物を持って現れた。楽士たちは儀式の主役を囲むようにあぐらをかき、ゆったりした円形に用意された敷物に腰を落ち着けた。

 巫師の隣にいた神官の一人が静かに立ち上がった。彫りの深い顔をした老人であり、王のまします上座の前でひざまずくと、夏の祝祭が無事に開かれたことへの喜びの言葉を述べた。

「光の恩寵の永久とわにあらんことを」

 老神官はうやうやしく一礼すると、再び巫師の横へ下がった。

 王はマントを大きくひるがえして、房飾りの付いた豪華な敷物に腰を下ろした。
 背後のステンドグラスから降ってくる色とりどりの透過光が、若獅子の金のたてがみを炎に燃やし海に泳がせた。

 白い巫師がわずかに顔を上げた。隣の黒い老神官は巫師が頭からかぶる白銀の紗をずらして、隠された相貌そうぼうを御前にさらす。フレイ王は一瞬ぴくりと眉を震わせた。
 彼は王よりも年若い少年であった。暗い髪の色は角度によってにぶい銀になる。蒸留した薔薇の水で身を清めたため、ほのかに花の香りがただよっていた。

 ――ジャララ……

 一人の楽士がはじまりを告げる音を奏でた。小脇に抱えた弦楽器は半分に切った卵型をしており、つやのある低音がさざ波のようにうねり出した。つづいて隣の者が斜めにかまえた葦笛あしぶえに息を吹き込む。やはりはじまりは控えめで、やわらかな音色はあまり抑揚をつけず、聴く者の感情を揺さぶるほど強い主張はしない。
 その音楽は、旋律に酔い技巧に涙するような時を忘れ去せる芸術のためのものではなく、神聖な場の空気を生み出すための演奏だった。

 少年巫師は眼を閉じて両手を胸の前で交差させている。

 老神官が巫師の肩を軽く撫でると、身にまとっていた白銀の紗が音も無くすべり落ちた。広げれば向こうが透けて見える一枚の薄絹うすぎぬである。
 少年は素裸であった。老神官はゴツゴツした固い指で少年の腕に残っている紗を取り払った。
 細く繊細な模様をあしらった銀の首飾りが巫師の裸身に華を添える。そして少年の白い身体の真ん中で燃えている陽物の朱は、否応なくこの場にいる者の視線をくものであった。

 巫師は両手を翼のように広げた。左右の黒い神官たちの肩に腕を回して身体を支えてもらう。
 老神官より歳の若い、体格のよいもう一人の大神官が空いている手を差し出して、細い銀鎖ので装飾された陽物を握った。少年はサッと顔色が変わったが、閉じた眼はそのままに、男の乾いた手が上下するのに従った。それでも首をかしいで刺激に狂わないようにこらえている。

 フレイ王は儀式のはじまりをじっと見守っていた。この場で精神のたかぶりを許されるのは巫師のみである。楽士たちの奏でる音色も変わらず静かに堂内を満たしていた。

 少年巫師が意識の変性をはじめてしばらくすると、次に老神官が空いた手を自分の黒い衣に差し入れ、細長い筒状の物を取り出した。淡い卵色の筒はてのひらに乗る程度の小ささだった。太陽と月の運行を模したレリーフが彫られている。

 後ろに控えていた神官の一人が進み出て、彼はふところからガラスのびんを手に取った。ふたを外し、老神官の持つ細長い筒に蜜色のとろりとした液体をそそいでいった。
 控えの者が下がると、老神官はまんべんなく蜜で満たされた筒を少年巫師の陽物の近くへあてがった。大神官が一度自分の手を離し、少年の清められた場所を指で開いてやる。
 卵色の筒がゆっくりと入っていった。

「……ッああぁ!」

 天を突くかん高い声を上げ、少年はブルッと身を震わせて深くまで受け入れた。筒の表面にほどこされたレリーフの凹凸が胎内の粘膜に密着して奥をこする。老神官は筒の感触を確かめさせるように、ゆっくりと出し入れした。大神官も元の仕事に戻っている。あふれた蜜が太ももに筋をつくって床にしたたり落ちた。

 羞恥しゅうちに負けて脚を閉じ快感にひとりもだえることは許されなかった。太陽の神意を王に伝えるための巫師の身体は、今や公に開かれる聖なるうつわであり、十数年生きただけの少年個人のもちものではなかった。

 老神官のゆっくりな手つきとは反対に、大神官はますます手荒に巫師の陽物をしごく。異なるリズムで身体の均衡きんこうを狂わされ、少年は白い首を朱に染めて深く喘いだ。腰をくねらせ自ら快楽を求めるようになると、眼を開けて、恥部を突き出してしとどに濡れる菊口を、上座にすわる王の御覧に入れる。

 少年のうすく開いたくちびるが熱い吐息で震えている。唾液を垂らして身をよじるようなせんな姿こそ見せないものの、濡れた瞳に宿る慾望の色は常人のものではなかった。
 フレイ王は少年の苦悶の表情をじっと見据えていた。彼は苦しそうに喘いでいるのに、身体はよろこんでいる。

 王と少年は互いの眼だけを見つめ合った。他のことは視界に入らなかった。
 少年巫師は王が背負う夏の国に光の満たされる未来を願った。

 楽士の笛の音が軽やかに風を渡る。
 祭祀堂に満ちる音楽はだんだんテンポが速くなり、情熱的で舞踊曲のようにも感じられた。

 ついに老神官のシワだらけの手が容赦なく巫師の秘部を突き動かした。

 飛び上がるような刺激に少年は眼を見開いた。
 頃合いをみて大神官が陽物から手を離すと、それは少年が大きく腰を振るのと同じリズムで激しく揺さぶられた。合わせて楽士の太鼓が心臓の鼓動のようにトントントンと早鐘を打つ。
 根元に飾られた銀鎖の環がシャラシャラと華奢な音を出した。窓から差し込む光を反射してきらきらときらめいている。

 少年はぎゅっと眼を閉じて荒い呼吸を繰り返した。嬌声が堂内に響き恍惚状態エクスタシーに入る。

 手を休めていた大神官は、床に落ちた白銀の紗を拾うと、巫師のほとばしりを受け止めるため腰のものを包んでやろうとしたが、フレイ王が片手を上げて制止した。

「よい。見せろ」

 少年巫師は大きくのけぞった。意識が頂点に達する。真っ白な視界に、星がまたたくようなかすかな手応えで未来の一瞬間を切り取った。


 長くて、短い、休息の間が必要だった。
 楽の音は波が引いていくようにしだいに小さくなり、最後のフレーズを弾き終えて、儀式のおわりを告げたのだった。

 意識の変性から通常の状態に戻ってきた巫師は、神官たちに支えられていた腕を解放してもらうと、崩れるように身体を折り曲げた。老神官が白銀の紗を手に取って背中にかけてやる。
 少年は床に伏してしまわぬように両手をついてなんとか持ちこたえ、大きく息を吐き肩を上下させながら、冷たい地面にぬかづいて体験したことを王に報告する。
 立ち上がったフレイ王が先に声をかけた。

「巫師よ、何が視えた?」
「…………、みっつ……星が……流星のように…………」
「人か?」
「おそらく……。夏の国に、大きな影響を……与えるものです……」
「他には」
「……三つのうち、ひとつの星は……西の方角より……紅い炎をまといながら、飛来してまいります……」

 一瞬、フレイ王の表情が曇ったが、頭を下げている巫師には見えなかった。
 後ろに控えていた二人の上位神官は戦の予兆を感じ取った。

「三つの収穫……。新しい技術の到来か、それとも妃の候補かな。今は朗報と受け取ろう」

 王は神官たちに未来視の内容を書き留めさせ、いくつか疑問や推測のやりとりをすると、月宮殿に戻り占星術師と共に吟味せよと命じた。
 老神官は白い衣を丁寧に少年巫師の身体に巻き付けてやる。脚にかかった蜜もぬぐってくれた。

 一同は儀式のはじまりとおなじようにひざまずいて、深々と王に頭を垂れた。再び老神官が太陽の恩寵を願い言祝ことほぎつむいでしめくくる。



 祭祀堂の扉が開かれる。薔薇の香りと熱気を含んだ風が流れてきた。

「巫師よ、お前はここに残れ。もう少し話を聞きたい」

 フレイ王が上座に立ったまま声をかけた。きびすを返そうとした少年巫師はちらりと老神官たちを見てから、王に向き直った。

「御意」

 少年は澄んだ水のような声をしていた。


 楽士も神官たちも退室していった。
 入れ替わりに王の従者が控えの間から現れ、かごいっぱいのフルーツや焼き菓子と酒の瓶を持ってやって来た。
 日没にはまだ時間があるが、上座の奥に据えられた燭台しょくだいに火が灯された。

「久しぶりだな。レア」

 従者が去って、広間に二人きりとなった時、フレイ王はくだけた調子で少年の名を呼んだ。レアは夜のとばりのような髪をゆるく振ってうなずいた。

「……はい、フレイ王。まだ小さかった頃に、一緒に遊んでいただいたこと、なつかしく思います」
「こうして友として話をするのは何年ぶりだろうか」

 王は少年に上座へあがれと手招きする。
 レアは困った様子でうすぎぬ一枚まとっただけの自分の身体を見下ろした。

「しかし、僕はこんな姿ですから……」
「かまわん。そのためにここへ残したのだ」
「ふ、フレイ王……!」
「皆と一緒に外へ出たところで、どうせこのあとおきなのいいようにされるのだろう。身体の状態が最高だからな。あちらも放ってはおくまい」

 少年の頬がサッと赤くなった。目を伏せて、白銀の衣をぎゅっとつかんだ。
 フレイ王は上座から一段下へおりた。

「レア、俺の名を忘れたか? 覚えているだろう、太陽神の息子ではなく、俺が人だった時の名を」

 レアは、月宮殿へ召し上げられる前に暮らしていた村へ訪れた少年のことを思い出していた。背の高い若者はあの日と同じあたたかなまなざしをしていた。日に焼けて快活に笑う、弓の上手な人だった。
 王子の名は、

「…………ソラ、様」

 若者は太陽を思わせる金茶の髪を揺すって楽しそうに笑い声を上げるのだった。

「ははは! 王位にいてから誰も俺の名を呼んでくれなかった。そうだ。俺はソラだ!」

 成人してからまだ数年の若者は、バネのように伸びて一気に少年の元へ駆けつけると、ぐいと手をつかんで力強く引き寄せた。上座に広げられた肌触りの良い毛布の上へ二人一緒に倒れ込む。
 若者は少年の薄衣を手早く取り去ってしまい、自らもマントの留め金を外してきたえられた上半身を晒した。健康的な琥珀色の肌は少年の白い身体と対比する。

 若者の精悍せいかんな顔が燭台の明りに照らされた。仰向けにされている少年は拒む理由など知らなかった。

「儀式以外でも未来視はできるのか」
「いいえ。快楽のひとつ上、極楽に達した時に視えるよう訓練を受けました」
「調教されたのだろう? 人に見られると興奮するように」
「そ! ……そんな、ことは……」

 意識の変性状態で何をしていたかをかすかに思い出し、少年はうわあと泣きたくなって手で顔をおおった。
 三日前から丁寧に身体を慣らされてこそ、今日の儀式で間違わずにの場所へ行けたのだ。

 堂内は少しずつ青く暗くなっており、ステンドグラスはやわらかい光を王と少年の上に投げかけた。広間の窓からあたたかな橙色の陽射しがほっそりと床に落ちている。夏至祭が終わろうとしていた。

「レアよ、巫師など早く引退して俺のそばへ来い」
「後継者が、見つからないのです」
「では、先の未来視にあった三つの星のひとつに、その候補がいることを願おう」

 小さくほほえんで、王は少年をきつく抱きしめた。心地いぬくもりにめまいがする。レアは観念したように王の肩に手を添えて、金の髪にやさしく触れた。ソラにしか聞こえない声で、耳元に何ごとかそっとささやく。少年の艶に濡れる瞳が先ほどの儀式の恍惚状態を思い出させるので、ソラはゾクッとした。衝動でレアの唇を奪い舌を咬んだ。

 体力が落ちているはずの少年の身体は灼熱をたやすく受け入れた。
 誰も到達しえなかった深所のさらに奥を開き、少年は強い歓びの感覚に酔う。若獅子のたくましい二の腕は少年の細い四肢を捕らえて心ゆくまで揺さぶった。

 上座を照らすステンドグラスの色光はやがて角度を変え、長さを伸ばし、ゆっくりと黄昏たそがれに溶けて消えていった。

 王と少年は一日を共に過ごした。夏至の太陽が眠りについた後も少年は幾度かの未来視を告げ、王はときに笑いを交えながら夜明けまで語り合ったという。




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