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堕ちた女神
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『残念ね…。
やっぱりお兄様も、アチラ側へ行ってしまった…。
勝者側の軍門に下り、甘い汁に群がる現シャーハン政府の虫ケラたちの一匹になってしまった…』
ソウリュウは悲痛な表情を浮かべ嘆くように声を震わせている。
『仕方ない…仕方ないわ…。
大好きな、大好きなお兄様だけど…もう…殺すしかないわ』
その言葉にジンリュウがニタリと笑う。
『ほぅ…儂を殺すとな?
ほざくな…ガキが…』
再びジンリュウが歩みを始めた。
青い軍服たちは剣こそ構えど、誰も動けないでいる。
本能に染み込んだ恐怖が、まるで重い鎖のように巻きつき、足と床を繋いでいるのだ。
全身の震えを止められず、ただただ通り過ぎてゆく化け物の目に触れないことだけを祈りながら息を殺していることしかできない。
『確かに、お兄様は今も変わらず人類最強の存在ではあるわ。
でも、それはあくまでも人間の中での話…。
ドラゴンの前では如何なる強者も弱者も等しく無力なのよ。
大戦を経験しているお兄様なら、それくらい知ってるでしょう?』
近づいてくる兄を、陸竜に跨がるソウリュウは見下すようにして、腕を上げて天井を指差した。
『戦に出とらぬ貴様は知らんのだ…。
鱗の隙間をぬい、竜の皮膚に刃を突き立てるのは、人間を斬るよりも心地よいぞ?』
ジンリュウは笑っている。
『喰らえ』
ソウリュウの指先がジンリュウを捕らえた、その時━━…。
『旦那~。
ちょっと危ないよー』
ジンリュウの背後から呑気な声を響かせたのは、シーナ帝国飛竜軍のラファールだった。
振り返る間もなく、ジンリュウの頭上を何かが飛び去ってゆく。
そして、ソレは真っ直ぐとソウリュウが跨がるドラゴンへと目掛けて向かっていき、その眉間を貫いたのだ。
『な…!?』
何が起こったのか理解できないソウリュウがバランスを崩したドラゴンにしがみつく。
『お~。
この*肩撃ち式対竜槍*、まだ開発段階だったんだけど持って来て良かったー』
ラファールが肩に担いでいた装置を重そうに床におろしながら言う。
『対竜槍…!?』
ソウリュウがドラゴンの顔を覗き込むと、その額には金属の棒が突き刺さっていた。
型撃ち式対竜槍とは、シャーハンとシーナ帝国の武器研究者が協力して極秘開発していた、歩兵用の対ドラゴン兵器だ。
『そんな…ああ…!』
グラリと倒れゆくドラゴンからソウリュウが転落して床に叩きつけられた。
その上にドラゴンの巨体が覆い被さるように迫ってくる。
『儂の狩りの邪魔をするとは良い度胸だなラファールよ。
殺されたいか?』
ジンリュウがラファールへと身をのり出す。
『剣に拘り過ぎだよ旦那は。
今からは効率の時代なんだからさ~。
それに…その言い方じゃまるで、旦那が僕を殺せる…みたいじゃんかー』
そう言ってヘラヘラと笑うラファールを見ていたグレンダの背筋に冷たい何かがはしる。
それは、灼熱のような殺気を放つジンリュウとは真逆の、どこまでも静かで深い絶対零度のような殺気だった。
自分に向けられているわけでもないのに、その殺気にグレンダは凍えるような寒気に襲われた。
『何をしているの!早くコレを退かして!』
ソウリュウの金切り声が響く。
息絶えたドラゴンの頭が、床にうつ伏せ状態のソウリュウの両脚に乗っているのだ。
男が二人も来て手を貸せば動かせる重さだが、青い軍服たちは誰もソウリュウを助けに行こうとしない。
『所詮、貴様への色欲と儂という七光りだけで率いられていた、ならず者どもにしか過ぎん。
頼みの綱のドラゴンが死に、貴様が地に墜ちた時点で、もう全てを諦めたのだろう』
歩み寄って来たジンリュウが、ソウリュウの顔の傍に爪先を置き見下ろす。
『お兄様…こんなのは間違ってる!
今のシャーハンは、政権や新聞社の中枢に他国の工作員たちが入り込み外交や世論を操作しているのよ!?
偽装された平和に浸り、愛国心や政治について語ること自体を恥だと思わされてしまった国民たちが、この国が食い潰されていることに気がついた頃には…もう全てが奪われた後…。
この過ちを私たちが正さなければ…』
『間違いなど無いぞ、妹よ』
ジンリュウは膝を着きしゃがみ込むと、握っていた剣を床に置いた。
そして、ソウリュウの顎へと両手を添えた。
『お兄…様…?』
『間違いなど無いのだ…。
あの日…敗戦の翌日、基地襲撃計画を儂に語った貴様を殺さなかったのも、この日の王宮襲撃まで貴様を泳がせていたのも…全て正しかった…』
ジンリュウは、かつて見せたことのないような晴れやかな表情でソウリュウを見つめた。
『この件を納めたことで儂の、元老院入りは確実となった…。
貴様は安心して死ね…』
「ゴキッ!」
鈍い音がして、呆気にとられた表情のままのソウリュウの顔が不自然な方向へと向けられる。
首をへし折られ、脊髄反射で両腕をビクビクと動かした後、口から沫を滴し床に頭をゴトリと落としたソウリュウの生気を失った瞳に、ジンリュウの歪な笑みが映る。
そして、そっと囁いた。
『これより…この国は、儂が統治する…』
やっぱりお兄様も、アチラ側へ行ってしまった…。
勝者側の軍門に下り、甘い汁に群がる現シャーハン政府の虫ケラたちの一匹になってしまった…』
ソウリュウは悲痛な表情を浮かべ嘆くように声を震わせている。
『仕方ない…仕方ないわ…。
大好きな、大好きなお兄様だけど…もう…殺すしかないわ』
その言葉にジンリュウがニタリと笑う。
『ほぅ…儂を殺すとな?
ほざくな…ガキが…』
再びジンリュウが歩みを始めた。
青い軍服たちは剣こそ構えど、誰も動けないでいる。
本能に染み込んだ恐怖が、まるで重い鎖のように巻きつき、足と床を繋いでいるのだ。
全身の震えを止められず、ただただ通り過ぎてゆく化け物の目に触れないことだけを祈りながら息を殺していることしかできない。
『確かに、お兄様は今も変わらず人類最強の存在ではあるわ。
でも、それはあくまでも人間の中での話…。
ドラゴンの前では如何なる強者も弱者も等しく無力なのよ。
大戦を経験しているお兄様なら、それくらい知ってるでしょう?』
近づいてくる兄を、陸竜に跨がるソウリュウは見下すようにして、腕を上げて天井を指差した。
『戦に出とらぬ貴様は知らんのだ…。
鱗の隙間をぬい、竜の皮膚に刃を突き立てるのは、人間を斬るよりも心地よいぞ?』
ジンリュウは笑っている。
『喰らえ』
ソウリュウの指先がジンリュウを捕らえた、その時━━…。
『旦那~。
ちょっと危ないよー』
ジンリュウの背後から呑気な声を響かせたのは、シーナ帝国飛竜軍のラファールだった。
振り返る間もなく、ジンリュウの頭上を何かが飛び去ってゆく。
そして、ソレは真っ直ぐとソウリュウが跨がるドラゴンへと目掛けて向かっていき、その眉間を貫いたのだ。
『な…!?』
何が起こったのか理解できないソウリュウがバランスを崩したドラゴンにしがみつく。
『お~。
この*肩撃ち式対竜槍*、まだ開発段階だったんだけど持って来て良かったー』
ラファールが肩に担いでいた装置を重そうに床におろしながら言う。
『対竜槍…!?』
ソウリュウがドラゴンの顔を覗き込むと、その額には金属の棒が突き刺さっていた。
型撃ち式対竜槍とは、シャーハンとシーナ帝国の武器研究者が協力して極秘開発していた、歩兵用の対ドラゴン兵器だ。
『そんな…ああ…!』
グラリと倒れゆくドラゴンからソウリュウが転落して床に叩きつけられた。
その上にドラゴンの巨体が覆い被さるように迫ってくる。
『儂の狩りの邪魔をするとは良い度胸だなラファールよ。
殺されたいか?』
ジンリュウがラファールへと身をのり出す。
『剣に拘り過ぎだよ旦那は。
今からは効率の時代なんだからさ~。
それに…その言い方じゃまるで、旦那が僕を殺せる…みたいじゃんかー』
そう言ってヘラヘラと笑うラファールを見ていたグレンダの背筋に冷たい何かがはしる。
それは、灼熱のような殺気を放つジンリュウとは真逆の、どこまでも静かで深い絶対零度のような殺気だった。
自分に向けられているわけでもないのに、その殺気にグレンダは凍えるような寒気に襲われた。
『何をしているの!早くコレを退かして!』
ソウリュウの金切り声が響く。
息絶えたドラゴンの頭が、床にうつ伏せ状態のソウリュウの両脚に乗っているのだ。
男が二人も来て手を貸せば動かせる重さだが、青い軍服たちは誰もソウリュウを助けに行こうとしない。
『所詮、貴様への色欲と儂という七光りだけで率いられていた、ならず者どもにしか過ぎん。
頼みの綱のドラゴンが死に、貴様が地に墜ちた時点で、もう全てを諦めたのだろう』
歩み寄って来たジンリュウが、ソウリュウの顔の傍に爪先を置き見下ろす。
『お兄様…こんなのは間違ってる!
今のシャーハンは、政権や新聞社の中枢に他国の工作員たちが入り込み外交や世論を操作しているのよ!?
偽装された平和に浸り、愛国心や政治について語ること自体を恥だと思わされてしまった国民たちが、この国が食い潰されていることに気がついた頃には…もう全てが奪われた後…。
この過ちを私たちが正さなければ…』
『間違いなど無いぞ、妹よ』
ジンリュウは膝を着きしゃがみ込むと、握っていた剣を床に置いた。
そして、ソウリュウの顎へと両手を添えた。
『お兄…様…?』
『間違いなど無いのだ…。
あの日…敗戦の翌日、基地襲撃計画を儂に語った貴様を殺さなかったのも、この日の王宮襲撃まで貴様を泳がせていたのも…全て正しかった…』
ジンリュウは、かつて見せたことのないような晴れやかな表情でソウリュウを見つめた。
『この件を納めたことで儂の、元老院入りは確実となった…。
貴様は安心して死ね…』
「ゴキッ!」
鈍い音がして、呆気にとられた表情のままのソウリュウの顔が不自然な方向へと向けられる。
首をへし折られ、脊髄反射で両腕をビクビクと動かした後、口から沫を滴し床に頭をゴトリと落としたソウリュウの生気を失った瞳に、ジンリュウの歪な笑みが映る。
そして、そっと囁いた。
『これより…この国は、儂が統治する…』
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