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幼馴染は熊男

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「どうって……幼馴染ですよ」
「幼馴染? ライの事は何とも思わない?」
「お、思いませんよ!」
「でもライは優しいよね。モテるって言うけど誰彼構わず手を出すような奴じゃないし、仕事一番だけど決して相手を蔑ろにしたりしないし、アイツの彼女になれば大切にしてもらえるじゃん」
「アデル! お前なにライの事売り込んでんだよ!」
「ユイちゃん、俺だって優しいから! 超大事にするって!」
「いやあの、私は……」
「こんな可愛くて料理も上手い女の子をライの魔の手から守らねえと!」
「魔の手って」
「ちょっとお黙りなさいその他大勢の平民は!」

 ダンッ! と勢いよくジョッキをテーブルに置いてメグが周囲の騎士たちを一喝した。
 その声にシン……と騎士たちが静まり返る。
 見るとジョッキは空だ。

「カタリーナ嬢? 全部飲んじゃったの?」
「貴方は黙ってて」

 アデルさんが笑いながらメグの手からジョッキを奪おうとするのを、メグは睨んで牽制する。
 酒癖の悪いご令嬢……?
 
「ユイはその男の事が好きなの?」

 静まり返った席に、メグのよく通る綺麗な声が響く。あまりに綺麗な声で、内容が頭に入ってこない。
 ああ、貴族のご令嬢ってそもそも生まれ持ったものが私たちとは違うんだな、とか思ってぼんやりとメグの顔を見返した。

 ――ライの周囲にも、メグのように綺麗な女の人が沢山いた。いつも綺麗にしていい匂いの女の人たち。ライは決して誰彼構わず手を出すのではなく、女の人に告白されてその人と真摯に向き合って付き合ってた。
 
「いつもフラれるんだよな」
 
 そう言ってある日の夕方、私を家へ送り届ける道すがらぽつりと呟いたライの言葉に、私は返す言葉を持ってなかった。

 ――私ならふったりなんかしないよ

 そんな言葉を飲み込んで、ライにとってはいつまでも幼い年下の幼馴染のままでいることを選んだのだ。
 だってそうしたら……ずっと、そばに居られるから。ライの、その他大勢にはなりたくないから。
 

「どうなの!?」

 メグの目が据わってる。気がつくと周囲の騎士たちも私に注目している。ぼんやりとした視界の中で、肌色だけの顔が大勢こちらを見てる。誰が誰だか分からない。

「ど、どうって、好きとかそんなんじゃありません、ただの幼馴染ですよー」

 ヘラっと笑うと、一人の騎士がガタッと立ち上がって私の手を取った。

「じゃあ俺と! 俺と付き合って欲しい!」
「へっ!?」
「おいお前! 何抜け駆けしてんだよ!」
「ユイちゃんが可愛いと分かったからって卑怯だぞ! こんな奴やめて俺にしなよ!」
「いやあの、私……」
「貴女がそんなだからこんな面倒なことになってるのよ! どんな男が好みか仰いなさいな!」
「カタリーナ嬢、そろそろ帰ろうか」
「うるさいわね! 私はメグよ!」
「なるほど、メグね」
「ユイちゃん! どんな男が好き!?」
「ええっ?」
「俺だってさ、中々いい身体してんだよ! ホラ!」
「ぎゃーっ! 脱がなくていいです!」

 ぼやけた視界に肌色が増えていく!

「そんなの見たくありません! 私が見たいのはイヴァンさまだけですから!」
「俺たちだって負けてない! この体の傷痕だって俺たちの勲章だ!」
「それは分かってますけど! イヴァンさまはそういうんじゃないんです! 体の良さだけじゃなくて、あの髪に瞳に、佇まいとか雰囲気とかなんか影がある感じとか絶対に女性に関心を示さない姿とか、ていうかやっぱり顔がいいし皆さんと比べるとか好きとかそう言うのじゃないんです!」
「やっぱ顔じゃねえか!」
「ユイちゃん酷い!」
「やっぱ女は皆イヴァンが好きなんだ!」
「違いますって! 好きとかじゃなくてこれはもう何て言うか愛です! 幸せになってくれたらいい、大きな愛です!!」
「何をしているんだお前ら」
 
 立ち上がり肌色の軍団に向かってイヴァンさまへの愛を叫んだと同時に、背後から低い声がその場に響き、皆一斉にぴたりと動きを止めた。

「ライ!」

 びっくりした! 背後に立たないで欲しい! 
 
「ライ、遅かったね」
「小隊長に呼ばれたんだよ……アデル、お前がいてこのザマは何だ。何で脱いでるんだこいつら」
「騎士の肉体披露大会みたいな?」
「馬鹿か。そんな酒の飲み方してるからお前らはいつまでも女が出来ねえんだよ」
「ひどい! ライ酷い!」
「なんだよお前だけいつも絶えず女いるからって偉そうなんだよ!」
「お前に俺たちの気持ちが分かってたまるか!」
「で、何してんだユイ。仕事は」
「無視! ガン無視!」

 ひい、声が怖い! これは怒ってる!

「眼鏡がないとやっぱり仕事にならないから……」
「見なよライ、ワンピース着てすっごくかわいいだろ~。だから誰がユイちゃんの彼氏にふさわしいか選んでたんだよね」
「こいつは田舎帰って見合いすんだよ。お前らに用はない」
「そんな! 田舎の男より俺の方がいいって!」
「そうだよ、邪魔すんなよライ! こんなかわいい子そばに置いて他の女も侍らせてお前最低だ!」
「最低なのはお前だ馬鹿! 人聞きの悪いことを言うな! こんな子供相手に何言ってる!」

 ライの言葉に、私の中にある何かがぽちっと押された気がした。
 ……何言ってんの? 子供?
 ムカムカと腹立たしさが熱の塊のようにこみ上げてくる。顔が熱くなるのが分かった。

「私もう子供じゃないから!」

 持っていたジョッキをテーブルに叩きつけるように置いた。中身が残っていて、盛大にテーブルを濡らす。でもそんなの私にはよく見えないからどうでもいい。

「なんなの、子供子供っていつまでも! 私が子供ならライなんてまだその辺のクソガキじゃない!」
「そうだクソガキだ!」
「お前今口挟むなよ……」
「決めた、私この人とお付き合いする」
「は!?」
「え!?」

 そばにいた唯一肌色じゃない人の腕にしがみ付いた。

「行きましょう!」
「え、俺? いいのマジで?」
「あなたがいいの!」

 肌色じゃないから!
 その人の腕をグイっと引っ張って立たせると、突然後ろから腰に太い腕が回った。

「ひ……っ!」

 視界がぐるりと反転して、気が付いたらライの肩に担がれている。

「な……っ! 何するの降ろして!」
「誰だこいつに酒飲ませたの。子どもに酒飲ませんじゃねえよ」
「子供じゃないもん! 馬鹿! クソガキ! 熊男! 降ろせ~!」
「こいつを家に送ってくる。お前らも飲みすぎんなよ」
「え、俺……」
「酔っぱらいの戯言だ。真に受けんな馬鹿」
「ひでえ!」

 ライは私を肩に担いだまま、その場を後にした。

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