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私の推しについて

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 ――イヴァン様。
 この春、学園を卒業して騎士団に入団された貴族のご子息。
 私みたいな平民が関われるような方ではないけれど、既に騎士団に入団していた幼馴染に食事を届けに行った時、そのお姿を初めて拝見し、私は衝撃を受けた。
 春の空の様な瞳、ピンクブロンドのふわふわした髪、背が高い騎士が多い中で埋もれることのない上背、広い肩幅。物語の王子様のようなかんばせに時折同期の騎士に見せる優し気な笑顔。鍛錬場で見せる飛び抜けた身体能力、剣技の美しさと強さ。
 鍛錬の最中、汗を拭うために無造作にシャツを捲る姿、裾から覗く美しく割れた腹筋、袖を捲った長い腕の筋肉の美しさ。長い手足、しなやかな肉体で纏う騎士の隊服。
 それら全てに衝撃を受けたのだ。
 この世界に、これほど美しい人がいるのか、と。
 これは恋とか愛ではない。
 尊い。
 そう、イヴァンさまは尊いのだ。愛や欲でまみれた世界とは違う場所に存在する、この世のものではない神のような存在。至宝。そう、宝!
 イヴァンさまは皆の宝!
 イヴァンさまは私の推し!

 
「おい、ユイ」

 騎士団の鍛錬場を出て詰め所の前を通りかかると、聞きなれた声に呼び止められた。今日はよく呼ばれる日だ。

「ライ。どうしたの」

 幼馴染のライが詰所から出た門で待っていた。体を門に預け背中を丸めて立っていても、その大きさは他を圧倒する。とにかく大きい。

「お前が貴族の令嬢に囲まれてるって他の奴から聞いたが……何もしてねえだろうな」
「してない! 失礼ね。ちょっと分かち合っただけ」
「分かち合う? ……またイヴァンか」
「そうだけど?」

 ライはため息をついて、後ろに撫で付けた赤い髪の頭をガリガリと掻いた。
 見上げるほど背が高いライは、この詰め所に所属する騎士の中で一番身体が大きい。分厚い筋肉に覆われている体は、村によく出没していた熊のようだ。そんなこと言うと怒るけど。
 隊服の上からもはっきりと分かる丸太のような太い腕、分厚い胸板は呼吸の度に上下し、首なんて太くて筋張っている。
 とにかくムッキムキなのだ。
 イヴァンさまとは正反対の、しなやかさとは無縁の騎士だ。

「お友達ができたの」
「貴族の? んな訳あるかよ」
「本当だってば! 明日一緒に来るから」
「明日も来んのかよ……」
「お弁当持ってくるだけじゃない」
「いらねえよ! 俺を口実にするなよな」
「でもおかげでお店の売り上げが伸びてるって店長が喜んでたし。いつもライに渡してるお弁当が美味しそうだって、騎士の方がお店に来てくれるようになったの」
「弁当はお前が作ってんだろ。目当てのモン店で出してなかったら詐欺だろ」
「最近は店の料理も出すようになったの! お客さんにも評判いいんだから」
「ふうん……」

 緑色の瞳を眇めたライが、眼鏡で茶色い髪をひっ詰めただけの私を見下ろしているさまは、周囲から見ると子供が大人に怒られているように見えるらしい。いつだったか、他の騎士に助けられた事があったっけ。
 確かにライは年上だけど、それほど年の差がある訳ではない。
 たったの五歳差だ。たったの。
 
「信じてないでしょう」
「美味いのは知ってる。なんせ毎日食べさせられてるからな」
「言い方! 素直に喜んでよ」
「喜べるか馬鹿。俺を利用してイヴァンのこと見に来てるだけだろうが」
「そうだけど」
「よくまあ飽きもせず毎日観に来るわな……」
「でも、ライにお弁当渡したいのも本当だもん」
「なんだそれ」
「お弁当だけは褒めてくれるから」
「べつに、それだけって訳じゃ……」
「まあさ、忙しくて難しいのは分かってるけど、たまには店にも顔出してよね」
「ああ、そのうちな」
「期待しないで待ってる~。じゃあね!」
「ユイ!」
「ん?」

 目の前の大きな身体のライを見上げる。いつから私よりこんなに大きくなったんだろう。筋肉だって、あのヒョロヒョロだった子供の頃を考えるとまるで鎧を纏ったかのようだ。
 私といつも一緒に本を読んでいた、あの優しいライが。

「曲がってる」

 ライはそう言うと、大きな手で私の眼鏡にそっと触れた。ゴツゴツと節くれだった指は、壊れ物を扱うように眼鏡を直し、つん、と額を指で小突いた。

「眼鏡、取ったら何も見えねえんだから気を付けろよ。お前はすぐ壊すからな」
「分かってるよ」
「……それから、お前のお袋さんから俺のところに連絡が来たぞ」
「うわ……」
「何も連絡がないって心配してる。返事くらい出せよ」
「返事したってどうせ同じことだよ」
「何が」
「帰って来いって言ってくるの! ……お見合いしろって」
「誰が」
「私が」
「誰と」
「知らない! 村の誰かでしょ、きっと。私、相手は自分で見つけたいって言ってるのに聞く耳持たないんだよ」
「誰か相手いるのか?」
「好きな人はいる」
「イヴァン以外で」
「え~」
「一生結婚は出来ないな」
「それでもいいの!」

 じゃあね、ともう一度ライに手を振って、私は詰め所を後にした。
 
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