ド派手な髪の男にナンパされたらそのまま溺愛されました

かほなみり

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「なんて快適なのかしら!」

 それから二日後、私は予定通り王都を出発し、運河を航行する客船に乗り込み国境を目指した。
 国内の移動はおよそ三日。一度港街に寄港してから外海へ出て隣国を目指し、寄港して観光を楽しんだ後、さらにその隣の国へと向かう。
 バルコニー付きの部屋はちょっと高額だけれど、一人でソファに身を沈め移り変わる景色を眺めながら過ごすのはとても気持ちがよかった。グラスに自らシャンパンを注ぎ、用意されたアフタヌーンティーを摘まむ。

(一か月もあるんだもの、色々な国を回りたいわ)

 私の婚約解消の記事が新聞に出ると周囲の好奇の視線が煩わしかった。早めに計画を立てていてよかったと思う。ひと月も立てば、違う話題に塗り替えられることだろう。
 
(――それにしても)

 思い出すのはあの夜のこと。
 我ながらあの夜はどうかしていたと思う。名前も知らない赤の他人とあんなふうに肌を合わせるなんて。

(なんなら、婚約解消手続きよりも強く記憶に残ってしまったわ)

 それがいいのか悪いのか。少なくとも元婚約者に対する気持ちが薄れたし、何より、

(気持ちよかった……)

 ああいうのが相性がいいというのだろうか。
 とにかく、今までで一番強烈な夜だったと思う。
 結局、翌朝目を覚ますと、もう部屋には男の姿はなかった。慌てて身辺を確認すると、身体はきれいに清められ、別に鞄や何かを盗まれた様子もなく、宿の会計まで済ませてあった。

(朝食とお風呂の手配までしてあって、あれはすごく助かったけれど)

 手慣れているのだろうな、という印象。バーで声を掛けた女性を気持ちよくして何のしがらみもなく終わり。
 優しく甘く声を掛けながら触れられるのが、あんなに気持ちいいとは思わなかった。

(でも、名前も知らないまま別れてよかったんだわ。変な繋がりを持たないほうがお互いのためなのよ)

 合わせた肌の熱の余韻を持て余しながら、それでもあの夜のことは後悔していない。
 寂しくて情けなくて、苦しんでいた自分は、見知らぬ男に抱かれて救われたのだ。仮初の優しさだったとしても、あの男の手つきや熱を帯びた瞳に、救われた。
 変わりゆく景色に視線を戻す。
 青い空を流れる白い雲、運河と並走する公道が近づいてきた。もうすぐ港街に到着するのだ。
 そしてついに、外へと飛び出すのだ。
 すべて忘れて、私だけで。
 
『――エリカ』

 脳内に突然、あの夜の男の声が響いた。

(――そうだわ、あの夜、彼は私の名前を呼んだ)
 
 朦朧とする頭で考えようとしても、快感の波に呑まれ喘ぐことしかできなかった。
 けれどそう、確かに彼は私の名前を呼んだ。

『これで、貴女はもう俺のものだよ、――エリカ』

 派手な身なりや髪型で、はっきりと顔を思い出せない。チカチカと眩しかった印象しか今はない。

(ああもう、服装やアクセサリは思い出せるのに!)

 あれは誰だっただろう。知り合い? あんな派手な人知り合いにいない。
 でもそう誰かに似てると思わなかった?
 顔が……顔じゃなくて声が。誰かと間違えてそれで……。

 記憶を手繰り寄せるようにじっと思考に没頭していると、船が速度を下げた。ゆったりと進む船と並行して走る公道に馬車や人々の姿が増えてくる。港街に近いのだろう。
 そんな人々の歩く道を、ものすごい速さで駆けてくる馬が一騎。

「……危ないわ、あんなに人の多いところで……」

 気になって視線を向けると、騎乗の人物は黒いロングコートを翻し、ものすごい速さで道を行く。何かあったのだろうか。けれどあれは騎士服ではない。
 黒いロングコートに緑の……文官の、制服?

「……え?」

 立ち上がり、バルコニーの手すりに身を乗り出すようにして船と並走する馬を見る。
 それは、文官の制服にコートを纏った上司、ヴィルツ補佐官だった。
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