ド派手な髪の男にナンパされたらそのまま溺愛されました

かほなみり

文字の大きさ
上 下
1 / 9

しおりを挟む

「……有給休暇?」

 騎士団の一室にある事務補佐官の職務室で、私が提出した申請用紙を見てみるみる不機嫌になる上司、ヴィルツ補佐官。前髪を上げているので眉間に寄せた皺の深さが丸見えだ。
 
「はい」
「……それは構わないが、一か月? しかも明日から?」

 この忙しい時期に、とでも言いたいのだろうけれど、こちらも譲る気はない。
 黒髪に銀縁の眼鏡をかけた不機嫌な顔に、こちらもありったけの無表情で詫びを入れてみる。

「ご迷惑をお掛けするのは申し訳ないと思っています」
「その割に、譲る気はなさそうだ」
(わかってるなら受理してくれないかな)

 机上に申請用紙を置き、指先でトン、と突く。
 いつも無表情で不機嫌な顔を隠さない補佐官は眼鏡の向こうからじっと私を見上げた。これは怒っているのではなく、何かあったのかと心配する表情だと、長く彼のもとで働いてきた私は知っている。
 この人を苦手とする職員も多いけれど、仕事のできる有能な人だ。無駄もなく判断が早いし、他人との距離を適度に取り尊重する姿勢に、私は好感を持っている。絶対にそんなことは言わないけど。
 あと声がとても好みだ。低すぎない落ち着いた声は、いい声だなあといつも聴き入ってしまうので、怒っていたとしても気にならない。これこそ絶対に言わないけど。

「で? 今日は休暇だったのにわざわざこの申請をするためだけに職場に来たのか」
「はい。日中の予定は済ませたので、後はこれを受理していただけたら今日の用事は終わりです」
「差し支えなければ聞いても?」
(珍しく食い下がるわね)

 いつもは休暇申請に何も言ってくることはない。自由に取らせてくれるのに。
 私たちのやり取りを見ている他の職員のハラハラした視線を背中に感じながら、机の向こうの補佐官から視線を逸らさず首を傾げた。

「説明の必要が?」
「長期休暇だ。もちろんフォローはするが、できれば理由を聞き」
「傷心旅行です」
「は?」

 やや食い気味に答えると、やや食い気味に補佐官が返答した。

「先ほどまで婚約解消の手続きをしていました」
「……いや、まて」
「浮気相手が妊娠したとかで」
「ま……、は? 浮気……妊娠?」

 補佐官の動揺するような声と同じように、背後でもざわりと空気が揺れた。
 
「はい。完全に元婚約者の不義ですので、それはもうたっぷりと慰謝料をいただいてきました」

 ヴィルツ補佐官はしばらく唖然と私の顔を見上げ、くいっと眼鏡を指で押し上げた。こんな表情を見るのは初めてだ。いつもは何があっても全く動じないのに。
 
「傷心旅行?」
「まあ、それほど傷ついてはいないんですけど」

 発覚してから実は結構時間が経っている。
 もう散々泣いたし怒ったし落ち込んだ。粛々と解消に向けた手続きを進めることで、なんとか自分の気持ちを乱さないよう保ちここまでやって来たからこそ、こうして今、平然と報告ができる。
 深い緑の制服に身を包んだ補佐官を見下ろして、なんとか普通に報告できたことに内心ホッと胸を撫で下ろす。

「しばらくここから離れたいんです。なんていうか、噂の的になるのは目に見えているので」
 
 婚約当初から、私が元婚約者の資産目当てに色目を使ったなどと蔑まれていた。婚約を解消したなんて噂はきっとすぐに広まるだろうし、彼の方も浮気が理由で解消など、人に後ろ指さされるのは目に見えている。
 近い内に婚約解消の記事が新聞にも載るだろうから、早いうちに王都を出発したかった。

「……わかった。申し訳ないが、長期休暇になるから残った業務の引継ぎを簡単に書き出していってくれ」
「はい」
「エリカ」

 ぺこりと頭を下げると、ヴィルツ補佐官はこれまた珍しく気を遣うような視線を私に向けてきた。

「……大丈夫か」

 補佐官は私の元婚約者を知っている。道端で会った時に彼を紹介したことがあるのだ。
 なんだかもう全てが遠い昔のようで、婚約解消の書類に署名をした時よりも遥かにずっと、補佐官の心配そうな顔を見て全てが終わったのだと実感した。
 思わずふふっと笑い、肩を竦めて見せる。

「ありがとうございます。大丈夫です」

 そう答えて再度頭を下げ、補佐官に背を向ける。聞き耳を立てていた同僚たちが慌てて顔を伏せるのを一瞥して、私は自分の席へ戻り引き継ぎ書の作成に取り掛かった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

お義兄様に一目惚れした!

よーこ
恋愛
クリステルはギレンセン侯爵家の一人娘。 なのに公爵家嫡男との婚約が決まってしまった。 仕方なくギレンセン家では跡継ぎとして養子をとることに。 そうしてクリステルの前に義兄として現れたのがセドリックだった。 クリステルはセドリックに一目惚れ。 けれども婚約者がいるから義兄のことは諦めるしかない。 クリステルは想いを秘めて、次期侯爵となる兄の役に立てるならと、未来の立派な公爵夫人となるべく夫人教育に励むことに。 ところがある日、公爵邸の庭園を侍女と二人で散策していたクリステルは、茂みの奥から男女の声がすることに気付いた。 その茂みにこっそりと近寄り、侍女が止めるのも聞かずに覗いてみたら…… 全38話

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

若社長な旦那様は欲望に正直~新妻が可愛すぎて仕事が手につかない~

雪宮凛
恋愛
「来週からしばらく、在宅ワークをすることになった」 夕食時、突如告げられた夫の言葉に驚く静香。だけど、大好きな旦那様のために、少しでも良い仕事環境を整えようと奮闘する。 そんな健気な妻の姿を目の当たりにした夫の至は、仕事中にも関わらずムラムラしてしまい――。 全3話 ※タグにご注意ください/ムーンライトノベルズより転載

巨乳令嬢は男装して騎士団に入隊するけど、何故か騎士団長に目をつけられた

狭山雪菜
恋愛
ラクマ王国は昔から貴族以上の18歳から20歳までの子息に騎士団に短期入団する事を義務付けている いつしか時の流れが次第に短期入団を終わらせれば、成人とみなされる事に変わっていった そんなことで、我がサハラ男爵家も例外ではなく長男のマルキ・サハラも騎士団に入団する日が近づきみんな浮き立っていた しかし、入団前日になり置き手紙ひとつ残し姿を消した長男に男爵家当主は苦悩の末、苦肉の策を家族に伝え他言無用で使用人にも箝口令を敷いた 当日入団したのは、男装した年子の妹、ハルキ・サハラだった この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。

【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる

奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。 だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。 「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」  どう尋ねる兄の真意は……

【完結】体目的でもいいですか?

ユユ
恋愛
王太子殿下の婚約者候補だったルーナは 冤罪をかけられて断罪された。 顔に火傷を負った狂乱の戦士に 嫁がされることになった。 ルーナは内向的な令嬢だった。 冤罪という声も届かず罪人のように嫁ぎ先へ。 だが、護送中に巨大な熊に襲われ 馬車が暴走。 ルーナは瀕死の重症を負った。 というか一度死んだ。 神の悪戯か、日本で死んだ私がルーナとなって蘇った。 * 作り話です * 完結保証付きです * R18

あの……殿下。私って、確か女避けのための婚約者でしたよね?

待鳥園子
恋愛
幼馴染みで従兄弟の王太子から、女避けのための婚約者になって欲しいと頼まれていた令嬢。いよいよ自分の婚期を逃してしまうと焦り、そろそろ婚約解消したいと申し込む。 女避け要員だったはずなのにつれない王太子をずっと一途に好きな伯爵令嬢と、色々と我慢しすぎて良くわからなくなっている王太子のもだもだした恋愛事情。

婚約者が巨乳好きだと知ったので、お義兄様に胸を大きくしてもらいます。

恋愛
可憐な見た目とは裏腹に、突っ走りがちな令嬢のパトリシア。婚約者のフィリップが、巨乳じゃないと女として見れない、と話しているのを聞いてしまう。 パトリシアは、小さい頃に両親を亡くし、母の弟である伯爵家で、本当の娘の様に育てられた。お世話になった家族の為にも、幸せな結婚生活を送らねばならないと、兄の様に慕っているアレックスに、あるお願いをしに行く。

処理中です...