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18 ユーリ5
しおりを挟む(後を付けているのは……二人、三人か)
人混みに紛れ後をつけてくる者たち、そしてそのさらに後を追う護衛。彼らの姿を時々ウィンドウで確認しながら、アリサと共にテーラーへ向かった。
ノラ曰く、今王都で最も人気で予約の取れないテーラーだというそこは、仕立てだけではなく仕上がったドレスも置いているという。
店に到着するとすぐに店員によって何着ものドレスに着替えさせられたアリサは疲れていたが、俺には楽しいひと時だった。
「こんなことに付き合わされて、嫌じゃないの?」
申し訳なさそうに言うアリサを見て、彼女がいかに自分のことを二の次に考えているのかと感じた。付き合わされて、など思うものか。もっと甘えてくれたらいいのに。
「アリサのいろんな姿が見られるんだよ。嫌なはずがないでしょ」
「でもなんだか申し訳ないわ」
「そう? じゃあ、俺のためにこれも着てほしいな。あとこっちもきっと似合う」
ハンガーラックから彼女に似合いそうなドレスを選び手渡すと、アリサはまた少しだけ頬を染めてドレスを見た。そうやって、嬉しいや好きを言葉にせず、だが素直に表す彼女がかわいくてたまらない。
(ホントにかわいい)
ソファで香りのいい紅茶を口にしながら彼女を待つこの時間も、俺にとっては至福のひと時だ。
「ユーリ様」
店員の格好をした人物が一人、そっと俺に耳打ちをしてきた。
「後をつけていた者は捕らえました」
「ありがとう」
「それからギルバート様より、殿下とは今夜、お約束が取れたとのことです」
「わかった」
店員は頭を下げると静かにその場を立ち去った。
(早いに越したことはない、けど)
アリサにどのタイミングで言えばいいだろう。
まず何から話す? 俺のしていること?
『――その胸の内を早くアリサ様にお見せになるといいのです。あの方は決して、ユーリ様を知って離れるような方ではありませんわ』
きっと彼女のことだ、俺のことを知ってもこれまでと変わらないだろう。
だが、その先は?
その先に待つ未来も俺たちは変わらず一緒にいられる? 俺は彼女とずっと一緒にいたい。
なぜ――?
「まあ、なんてお似合いなんでしょう!」
店員の言葉にハッと我に返り顔を上げると、翡翠色の生地に黄金色の刺繍が施された美しいドレスを纏ったアリサが立っていた。
アリサも気に入ったのか、鏡に映るドレスを見て嬉しそうに頬を染めている。
「気に入った?」
背後に回り耳元で尋ねるとアリサの顔がますます赤くなった。
(かわいいな)
このまま抱きしめたいのを堪え、鏡越しにアリサへ笑顔を向ける。
「すごく似合ってる。綺麗だよ、アリサ」
「~~っ、あ、ありが、とう……」
遠慮してあまり好きなものを言葉にしないアリサの、こうして恥ずかしがる姿が堪らなく愛おしい。
(そう、愛おしいんだ)
誰にも見せたくない、俺だけのものにしたい、そんな欲がむくむくと湧いてくる。
こんな感情は初めてだ。
(これが恋だというなら)
俺は間違いなく、アリサに恋をしている。
(もしかして……初めて……?)
ふと恥ずかしいことに思いつき、一人内心慌てた。
何を考えているんだ、いい歳をして!
「……好き、です」
突然聞こえてきたアリサの言葉を聞いて、心臓が跳ねた。思わず口元を手で覆う。鏡越しに見る彼女は頬を染め、じっとドレスのスカートを見つめていた。
(違う落ち着け、彼女はドレスのことを言ってるんだ!)
そうは言っても驚くほど心臓が早鐘を打ち、手のひらには汗までかいている。顔が熱くなるのが自分でも分かり、狼狽えた。
(――っ、びっくりした)
こんなことは初めてだ。
欲しいと思った。彼女を欲しいと思ったしそばに置きたい、この先も彼女なら一緒にいられる、そう思ったが、その気持ちに名前なんてつけたことはなかった。
(信じられない、俺は)
俺は年甲斐もなく、初めて――恋に落ちていることを自覚した。
*
アリサの行ってみたいというレストランに向かい食事をしていると、外で大きな音がした。
見ると、荷車同士がぶつかり一台は大破し、繋がれた馬が暴れている。近くには人も多く、暴れている馬は興奮し御者の言うことを全く聞かないようだった。
見渡しても近くに護衛の姿はない。
(捕らえた人物を連れて行ったか……にしても、誰もいないのはおかしい)
店内をサッと見渡し客を確認するが、一般人が何組かいるだけで護衛の姿はない。二階は階段の入口がひとつ、何かあれば他の客の目にも付く。
(仕方ない、すぐ戻るか)
仕事柄、このまま傍観するのは不自然だ。
アリサに断りを入れ素早く店を出ると、遅れてやってきた護衛たちが目に入った。すぐに俺に気がつくと散会し姿を消す。
俺は荷車に近づき御者と共に暴れる馬を宥めた。
「――エヴァレット様!」
馬を宥め怪我をしていないか見ていると、どこかから緊迫した響きで名前を呼ばれた。声のした方を見ても姿はないが、護衛の声だろう、衆人の中でその名を呼ばれるのは初めてだ。
(……まさか、アリサ!?)
ゾワリと鳥肌が立ち、急いで店へと戻る。
店の前で通行人を装った護衛が一人、店の横の細い路地を指さした。
薄暗い路地に飛び込みすぐ、大きな身体の男と、押さえ込まれ抵抗するアリサの姿が見えた。
(――ザック!!)
地面を蹴り、すべての力を乗せて体当たりをすると、手前で気がついたザックが咄嗟に身を引いた。だがその身体は数メートル奥へ吹き飛ぶ。
大きな音を立てて木箱が崩れワインのボトルが割れる音が響く。だがそれほど手応えはない。
(さすが第一部隊に所属するだけのことはある、――が、その力で彼女に何をしている……?)
グラグラと思考が煮えたぎる。
目の前が赤く染まり、内側から何かが吹き出すようだった。
「――ザック・ギャラガー。何をしている」
この男は騎士だ。
俺を狙っているわけでもなければ危害を加えるつもりもない。だからこそ護衛たちは奴を観察するにとどまったのだろう。下手に手を出しては後が厄介だ。
だが許せない。
どうしても許せない。
震え怯える彼女を見て、俺は初めての感覚に囚われた。
(この男……)
――殺してやろうか。
「……ユーリ」
背後から微かに、震える声で名を呼ばれた。
ビクリと身体が揺れ、ザアッと音を立てて殺意が引いていく。
少しだけ後ろを確認すると、青い顔をしたアリサが俺を見ていた。その顔を見て、心が静かに凪いでいく。
(……落ち着け、大丈夫だ)
自分に言い聞かせるようにアリサに向かって小さく頷くと、彼女はほっと小さく息を吐きだした。
(だが、どうするか)
ザックの怒りは凄まじい。
とてもじゃないが落ち着いて話ができる状態ではない。背後には物音に気がついたやじ馬が集まりだしていた。
「……貴様にアリサは渡せない」
「渡す渡さないじゃない。それを決めるのは彼女だ」
「アリサは知っているのか?」
その言葉に、ザックが含んだ意味を嗅ぎ取りスッと頭が冴える。
(知っているとでも言うのか)
ならば対応はひとつ。
「勝手に彼女の名を呼ぶな」
「質問に答えろ!」
声を荒げたザックはぐっと腰を落とし腰の剣に手をかけた。
(剣を抜け。その方が都合がいい)
だがアリサの前だ。どうする……?
「ザック!」
背後からアリサが前に出ようと身を乗り出した。
「アリサ、下がって」
「だめ、やめて」
今にも泣き出しそうな顔をした彼女は、ザックに向かって懇願するように声をかけた。
「……ザック、お願い」
「アリサ」
ザックは一度アリサの名を呼ぶと、殺意を消した。
愛しい女を見つめ、それしか見えていない。奴が愛し、守りたかった彼女をじっとただ見つめている。
アリサは大きな瞳からポロポロと大粒の涙をこぼし顔をクシャリと歪めた。
「お願いだから、これ以上……っ、これ以上、あなたとの思い出を台無しにしないで……」
やがて、アリサの言葉を聞きしばらく動かなかったザックは、剣にかけていた手を静かに下ろし、踵を返して路地を立ち去った。
「……アリサ」
声をかけ引き寄せると、彼女は腕の中で震え、また涙を流す。その髪を、背中を撫で肩を抱き寄せて、奴が立ち去った通りへ視線を向けると、護衛が一人奴の後を追う姿が見えた。
「帰ろう」
(――羨ましい)
アンタが羨ましいよ、ザック。
こんなふうにアリサに愛された瞬間がアンタにはある。愛し合った時間がある。
そのことが心底羨ましい。
心底、――腹立たしい。
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