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しおりを挟む「わあ、これもすごく似合うね」
何着目かわからないドレスに着替え試着室から出ると、ソファに身を沈め紅茶を飲むユーリがぱあっと顔を輝かせた。
「ええ、本当にお似合いですわ!」
「色もいいよね」
「お客様のお肌の色にピッタリです」
「アリサの髪の色が映えてすごくいいよ」
店員と盛り上がるユーリを前に、恥ずかしくてどう反応したらいいのかわからない。先ほどからずっと、何を着てもこうして褒めそやされている。
そして最後に必ずユーリはこう言うのだ。
「アリサは? どう思う?」
ニコニコと笑顔のユーリは、本当にこの時間を楽しんでいるように見えた。
「……あの、」
視線を鏡に映す。
そこに映るのは、翡翠色の生地に黄金色の刺繍が施された美しいドレスを着た私。
身体の線を拾うすっきりとした身頃に、腰から緩やかに広がるスカートは上質なオーガンジーを贅沢に重ね、動くとサラサラと後ろへ流れるように美しく動く。
裾の部分は刺繍と同じ金色の糸でフリンジがついていて、歩くときらきらと光を跳ね返す。
「気に入った?」
耳元で響くその声にハッと顔を上げると、いつの間にか背後に立っていたユーリが鏡越しに私を優しく見つめていた。
「すごく似合ってる。綺麗だよ、アリサ」
「~~っ、あ、ありが、とう……」
鏡に映る私の顔がみるみる赤くなっていく。
(は、恥ずかしい、私ってこんなに顔が赤くなるの!?)
じわりと恥ずかしさと違う気持ちが胸に広がり、両手で頬を押さえればその熱が掌に伝わる。ごまかすように視線を自分の着ているドレスにもう一度向けると、その素晴らしさに見惚れてしまった。ドレスを着てこんなに嬉しい気持ちになるなんて、一体いつ以来だろう。
(これ、とっても素敵だわ……)
華美すぎず肌の露出も控えめで、背が高い私でも合うデザインだと思った。
「……好き、です」
スカートに視線を落としたままそう呟くと、ユーリが何やら小さく呻き声を上げる。顔を上げると、鏡に映る彼は片手で口元を覆っていた。
「なに?」
「ん、いや。気に入ったのが見つかってよかったね」
ごほん、と咳払いをしたユーリは店員に向かって手を挙げた。
「これをもらうよ」
「ありがとうございますっ」
「えっ!?」
(待って、これ絶対とても高いわ!)
こんな高いものを購入する勇気はない。
「ユ、ユーリ!」
慌てて彼の袖を引っ張り、店員に聞こえないように小さな声で呼ぶと、「うん?」と背中を屈めて耳を寄せた。
「わ、私、こんなの買うようなお金は持ってきてないわ!」
「え? 俺が買うんだよ?」
「えっ!?」
「それはそうでしょ、俺が買いたいと思って一緒に来たんだから」
「だっ、だめよ!」
「どうして」
「お屋敷でお世話になっているだけでも十分なのに、こんな高いものをいただくなんて!」
「屋敷のことはギルバートとちゃんと話してるだろ? それはもう言わない約束だよ」
ユーリはふっと笑うと私の頬をするりと指の背で撫でた。
「それに、アリサが気に入ったものを贈れるなんて、俺は嬉しいんだけど」
「~~っ!」
なんだか甘い。
この人は、こんなに甘い雰囲気の人だっただろうか。確かに初めて会った時から、騎士にしては物腰の柔らかな人だと思ってはいたけれど。
(だから、モテるのよね)
顔だけではなくこうした性格や物言いが、きっと人を惹きつけてやまないのだろう。
「……、でも」
「でも、はもうダーメ。これを着て出かける計画を立てようよ」
ユーリはふふ、と笑うと背後から私のこめかみに口付けを落とした。鏡に映るそんな私たちの姿に、私の顔は益々赤くなった。こんなところでも恋人のように振る舞わなければいけないのだろうか。
(でも、ドレスを買いに来たのに他人行儀なのも変だものね……?)
そう思うとこの距離感も納得がいく。全然落ち着かないけれど。
「それでしたら、こちらをサービスいたしますわ」
私たちの様子を見ていた店員が、太めのレースのリボンを手渡してきた。それはドレスの刺繍と同じ金色の糸でできている。
「アクセサリのようにお首に結ばれると目立ちませんよ」
「目立たない?」
意味がわからず首を傾げて聞き返すと、店員はいい笑顔で自分の首の後ろを指さした。
「……くび?」
「あ」
ユーリがまたパッと口元を手で隠した。顔を見るとふいっと視線を逸らす。
「……?」
鏡で首の後ろを確認すると、うなじの辺りに赤い虫刺されのような痕がいくつも付いていた。
*
「……もう!」
「あは、ごめんてば」
あのあと、店員さんたちのにこやかな笑顔に恥ずかしい思いをしながら私たちは店を出た。
ユーリはお詫びにと、お店で普段着られるようなワンピースを購入してくれた。そこまでではないと断ったけれど、首を隠してデートを続けたいと言うユーリの言葉に押され、お店で着替えた。
まさかこの首を晒してずっと歩いていたなんて!
紺色のハイネックワンピースの身頃にはピンタックが寄せられて、小さな貝殻の釦が並ぶ。腰には細い黒のリボンが結ばれて、そこから広がるスカートは控えめだ。
可愛らしいけれど落ち着いた、素敵なワンピースに、なんとなく心が弾む気がした。
「さっきのブラウスとスカートもアリサらしくて素敵だったけど、このワンピースも似合ってるよ」
ユーリはそう言うと、するりと指を絡めて手を繋いできた。
「ゆ、ユーリ」
「あ、やっと呼んでくれた」
ぱっと笑顔になったユーリが私の顔を覗き込む。
「え?」
「だってアリサ、俺のこと「あなた」ってばかり呼ぶから。名前で呼んでもらえて嬉しい」
「だって、慣れてないんだもの」
「俺はもう慣れたよ」
(知ってるわ!)
通り過ぎる人々がちらちらとこちらを振り返る。その視線が恥ずかしく、繋いでいる手に変な汗をかいてきた。
「こうして手を繋いでいたら、ちゃんと交際しているように見えるでしょ」
「そう、ね?」
「よし、ドレスも買ったし、次は昼食を取ろう。何が食べたい?」
「何って、ユーリは何が食べたいの?」
隣を機嫌よく歩くユーリの顔を見上げると、ユーリはふふっと笑い首を傾げた。
「アリサの食べたいもの」
(私の……)
その言葉にまた考え込んでしまう。
今まで、ザックに連れて行かれるばかりで行きたいと思った場所へ行ったことがない。お店にも詳しくないし、一人で行けるのはせいぜいあの酒場くらいだ。
(そういえば、以前セシルが言っていたシチューの美味しいお店に行ってみたいと思っていたのよね)
そこのビーフシチューが絶品だと、セシルがぜひ行ってほしいとお勧めしてくれたのだ。付け合わせの野菜もパンも、どれも素晴らしいから、と。
「何か思いついた?」
その言葉にはっと隣を見上げると、ユーリはにこにこと私を見下ろしている。
「あの、シチューが美味しいお店に……」
「シチュー?」
「ええ。セシルが言っていたの。ビーフシチューが美味しいって」
「そっか、それじゃあそこにしよう! 場所はわかる?」
「ええ」
ユーリはしっかりと手をつなぎ直すと、目的の場所へ歩き出した。
*
目的のお店は噴水広場の近くにあるこじんまりとした可愛らしいお店だった。石畳の細い通りに面したお店の二階席に腰を下ろし、小さな窓から外を望むと向かいのアパルトメントのバルコニーでギターを練習している人が見える。
「――へえ、じゃあ実家でずっと領地経営を手伝っていたんだ」
ユーリは興味深そうに私の話に耳を傾けながら、炭酸水を口にした。今日は遅番なんてので、お酒は口にしないそうだ。
「二年くらい。でも所詮それって家の手伝いだから、自立しているとは言えないなと思ったの」
「自立したかった?」
「ええ。だって、弟が五人いるのよ! 私一人くらいいなくても家は安心だし、これまでずっと弟たちの面倒を見たんだから好きにしたいって父に話したの」
「それを許してくれる御父上が素晴らしいね」
ユーリは楽しそうに私の話を聞きながら先に出てきたサラダを小皿に取り分けた。
「婚約者のいない私の扱いに困っていたと思うから、王都に出ると聞いて安心したんじゃないかしら」
学園を十八歳で卒業し、その後領地で家の手伝いをしていた私には婚約者がいなかった。
領主の娘であることもそうだけれど、完全にあの弟たちの姉ということで敬遠されていた自覚がある。
「それにしても、五人かぁ! 賑やかそうだなあ」
想像したのか声を出して笑うユーリに、ふとユーリにも質問をしてみた。
「兄弟はいないの?」
「うん、俺一人」
「ああ、そんな感じ」
「そんな感じって! どういう意味!」
「そのまんまよ」
「アリサだって、お姉ちゃんって感じだよ」
「……それはよく言われるわ」
声を上げながら二人で笑っていると、やがて料理が運ばれてきた。白いリム皿に美しく盛られたビーフシチューの湯気に乗っていい香りが食欲を誘う。ユーリは運ばれてきた料理を前に嬉しそうに破顔した。
「これは美味しそうだね」
「本当ね」
スプーンでお肉を掬うと、とろりと蕩ける。
ユーリからパンを受け取りながらいただくシチューは本当に柔らかく美味しかった。
「……所作がきれいよね」
目の前のユーリの食事姿を見て、ついそんな感想が自然に溢れた。
「ん?」
「あなたの所作。とても洗練されていて、きれいだなって思っていたの」
「そう? 母が厳しかったからかな」
そう言えば、ユーリの家のことをはっきりと聞いたことがない。
「お母様はどんな方?」
「うーん、自由、かなぁ」
「自由」
「そう。何にも縛られないで好きに生きてる。お陰で俺も好きにさせてもらってるんだけど」
遠くを見るような瞳でくしゃりと笑う。
「あの、それじゃあ……」
その時、窓の外から大きな音がした。
ガラスの割れるような音、大きなものが落ちる音、馬のいななき、人の叫び声。
ユーリはサッと立ち上がり窓に近づいて音のする方を見た。
「何!?」
「……馬車の荷が崩れたみたいだ。馬が興奮してる。ちょっと様子を見てくるから、アリサはここにいて」
「わかったわ」
ユーリはちゅっと音を立てて頬に口付けをすると、素早く階下へと降りていった。他の席の人もソワソワと外を見たり階下へ降りていく。
窓の外を見ると、向かいのバルコニーでギターを弾いていた人も身を乗り出し道の先を見ていた。
(誰も怪我をしていなければいいんだけれど)
こんな時、じっとしていなければならないのが心苦しいけれど、私には何もできない。
黙って通りを見つめていると、やがて集まっていた人々が日常へ帰るように散り始めた。
(よかった、大ごとではなかったのね)
ホッと胸を撫で下ろすと、向かいの席にドサッと腰を下ろす気配に視線を向ける。
「ユーリ、はやかっ……」
「――アリサ」
それは、黒髪から灰色の瞳を覗かせる、ザックだった。
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