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絆されたのは隊服のせい
しおりを挟む「今日もお美しいですわ! カタリーナ様!」
「当然よ」
それからしばらくして、友人たちと招待された夜会へやって来た。気軽な夜会だから三人で行こうと誘われてやってきた王都の迎賓館。
彼女たちは婚約者がいるので、こうして三人で夜会に訪れる機会は少ない。
「結構人がいるのね」
「ええ、地方の貴族がこちらで顔合わせを目的として開いたものなんですって」
「ほら見て、あちらに辺境の特産品が並んでいるわ」
「珍しいわね、北のワインまであるわ」
立食スタイルのテーブルを眺めていると、目の前に紳士が現れる。すぐにダンスの誘いだと分かった。
「ドルマン侯爵令嬢にご挨拶申し上げます」
「ごきげんよう」
「よろしければ私と一曲いかがですか」
「それは」
「それは先に私がお願いしているので、ご遠慮願えませんか」
会場にざわめきが広がった。
振り返ると、騎士の正装姿のアデル・グライスナーが私の背後に立っていた。濃紺の隊服に片側にだけ掛けたマント、腰に佩いた装飾が施された剣。広い肩幅、引き締まった身体つきが隊服の上からもよく分かる。
以前会った時には下ろしていたくすんだ金色の髪を後ろに撫で付けた彼は、長い足をさらに長く見せるロングブーツをカツンと鳴らし、さっと手を胸に当てて騎士の礼を取る。腰を折り私の手を取ると、そっと手の甲に口付けを落とすふりをした。周囲の女性から悲鳴のような声が上がる。
「カタリーナ嬢、貴女と踊る名誉を私にいただけませんか」
目の前の美しい騎士が差し出す手に、私は無意識に手を載せていた。
*
「断られたらどうしようかと思いましたよ~」
私の手を取り流れるように踊る彼は、にこにこと機嫌よく話す。騎士だからダンスはどうなのかと思ったけれど、凄く滑らかでとても踊りやすい。つまり、とてもうまい。
悔しいけれど。顔も良くてダンスも上手いなんて悔しい以外ないけれど!
「グライスナー卿、ダンスがお上手ですわね」
「アデルって呼んで下さいよ」
「そんなことできません」
「イヴァンのことは呼ぶのに」
「またそれ持ち出さないで!」
小さな声で睨みつけると、嬉しそうにグライスナー卿は笑った。
「やっと目が合った」
「なな、なんですか別に恋人同士でもないのに踊っている間見つめ合う必要もないでしょう⁉」
「早口!」
あはは、と声を出して笑いながらくるりとターンをする。
「間に合ってよかった。貴女が他の奴と踊るなんて見たくないからね、急いで切り上げて来たんですよ」
「え?」
ちらりと周囲に視線を向けると、友人たちが満足げな表情でこちらを見ている。
「彼女たちね……」
「貴女も来るって教えてくれたんですよ。彼女たちは騎士団に時々来てくれていたけど、カタリーナ嬢は最近見かけなかったから」
「ちょっと用事が多かっただけですわ」
「そう? てっきり誰かに結婚を申し込まれて、忙しくなっているのかと思って焦ってたんですよ」
「な、なぜ焦る必要が⁉」
「分からない?」
「わかりません!」
視線を逸らし周囲に目を向けると、ホールの周りを次は自分だと言わんばかりに女性たちが取り囲んでいた。彼女たちの目当てはこの騎士だろう。
「他の女性たちがグライスナー卿と踊る順番を待っているようですわ」
「ん~、俺は貴女と踊りに来たからどうでもいいかな」
「きゃ……っ!」
突然グライスナー卿が私の身体を離し、くるりと回転させる。すぐに引き寄せられて、彼の胸に飛び込むような格好になった。ホールを取り囲む女性から悲鳴が上がる。
「上手上手!」
「こ、こんな踊り方は初めてです!」
「ドレスがふわりと広がって、女神みたいで綺麗だよ」
カッと顔が熱くなった。
「ふふ、か~わい。顔が赤くなった」
「揶揄うのはやめてください!」
「揶揄ってないよ。貴女はきれいだ」
「グライスナー卿はいつもそんな軽口を?」
「どうかなあ。社交辞令はちゃんと言うよ、貴族だし」
「では今のも」
「今のは本心だよ!」
はは、と笑うと今度は私の腰を高く持ち上げ、くるりと回転した。周囲からわっと歓声が上がったが、こちらはそれどころではない。突然のことに驚いてアデルの肩にしがみ付くように手を置いた。すぐに床に降ろされ、腰を強く引き寄せられる。耳元でくすりと笑う声がした。
「落とさないよ」
「当然だわ!」
「もう一回する?」
「するわ!」
そう答えると、また私を持ち上げくるくると回転した。いつもより高い視点で、ホールがくるくると回る。私を支える美しい顔の騎士に視線を向けると、彼も嬉しそうに笑っている。
私たちの踊りに歓声が上がり拍手が起こり、会場は大いに盛り上がった。
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