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ファンの矜持
しおりを挟む「これは何の騒ぎかな?」
「ア、アデル様!」
それまで衛兵に潤んだ瞳を向けていた令嬢が、ぱっとその手を離し私たちの前に駆け寄って来た。分かりやすいわね。
「ごめんなさい、わたくし、差し入れをお持ちしたのだけれど騎士団の規則を知らなくて……」
令嬢は私なんて視界に入っていないかのように、今度は私の背後に立つ騎士に向けて潤んだ瞳を向ける。手を前で組むそのポーズは胸を寄せるため? 無意識?
「うーん、差し入れは家門を通して騎士団の事務所に届けてもらう規則なんだよね」
「ごめんなさい……あの、どうしてもダメかしら……無駄になってしまうし……」
もじもじと指先をいじり、俯きながらちらりと視線だけ騎士に向ける。ねえ、背後の人にしてるんでしょうけれど、それを正面から見る私の気持ちにもなって欲しいわ!
「食事をお持ちしたの?」
「え?」
「食事を用意したのなら、孤児院や街の炊き出しへ持って行けば無駄にならないわ」
「騎士様だったら食事はいくらあっても足りないのよ!」
「孤児院や炊き出しでも、いくらあっても足りないくらいよ」
「何を偉そうに……! それにこれは騎士様が食べないと意味がないのよ!」
「そう……騎士じゃないと駄目な食事?」
「なっ、何を……! あ、あなた、わたくしが誰だか分かってるの⁉ 態度を改めなさい!」
「別に誰でも構わないわ」
「な、なんですって⁉」
「諦めて食事を他へ持って行きなさい。慈善事業に協力することも貴族としての大事な責務ですもの」
「あんたなんかに貴族の何が分かると言うの⁉ わたくしは、体を張ってこの王都を守ってくださる騎士様に感謝の意を伝えようとしているだけよ!」
「では規則を守りなさい」
「いっ、いい加減に……!」
令嬢はかっと顔を赤くして手を振り上げた。まさか殴る気? こんなに大勢の人がいる前で?
なんだかゆっくりに見える令嬢の手をぼんやりと見つめていると、さっと視界が切り替わるように、先ほどまで背後にいた騎士が目の前に立っていた。
見上げると、騎士はふわりと微笑み手を胸に当てて腰を曲げた。
「ご挨拶が遅れてしまい申し訳ありません。王都騎士団第三小隊分隊長、アデル・グライスナーと申します。こうしてご挨拶できる栄誉に与ることが出来て光栄です、カタリーナ・ドルマン侯爵令嬢」
「えっ⁉」
悲鳴のような声が騎士の背後から聞こえた。
すっと手を差し出すと、アデル・グライスナーは私の手を取り口付けを落とすふりをする。周囲から声にならない悲鳴が上がった。グライスナーと言えば武家の家門として有名だ。その子息が騎士団にいるのは納得がいく。
「ご令嬢」
アデル・グライスナーは振り返り、顔を青ざめた令嬢ににっこりと笑いかけた。
「次回は皆が食べられるものを、家門を通してお持ちいただければ大変助かります」
あら、言うわね!
令嬢は顔を赤くさせたり青くさせたり、先ほどまでの威勢はすっかり消えてしまった。
「孤児院を紹介しましょうか? ……ホラン子爵令嬢」
「ひ……っ! し、失礼いたしました!」
令嬢は慌てて馬車に乗り込むと、逃げるようにその場を立ち去った。
「……ありがとうございます」
馬車が立ち去るのを見届けて、隣に立つアデル・グライスナーを見上げる。グライスナー卿はニコッと笑うと、ぽりぽりと頭を掻いた。
「それはこちらの台詞です。実は困ってたんですよね~、ほら、やっぱり子爵家のご令嬢だから強く追い返せないって言うか」
「……それにあの食事、とても怪しかったですわね」
「真っ黒ですよね! 絶対なんか入れてますね、あれは! あれもイヴァン目当てだろうなぁ」
あはは、と声を出して笑うグライスナー卿。
……ちょっと待って、あれもってことは、やっぱりイヴァン様目当ての不埒な輩が媚薬やら怪しいものを入れた差し入れをしているという噂は本当なのね⁉ なんて危なかったのかしら! 今日はとてもいい行いが出来たわ! イヴァン様を守ることが出来たわ! 私偉いわ!
「……お役に立てて何よりですわ。では私はこれで」
興奮する気持ちを抑えて、こほんとひとつ咳払いをする。澄ました顔で立ち去ろうとすると、グライスナー卿から引き止められた。
「折角だから見学していかれませんか?」
「え?」
「普段は入れないんですけど、こうして助けてくれたそのお礼に。良ければご友人も一緒に」
「まあ! 宜しいんですか?」
「わたし、騎士団は初めてですの!」
「ちょ、ちょっとあなたたちいつの間に⁉」
「どうぞどうぞ、こちらでーす」
「あ、ちょっと⁉」
先を行くグライスナー卿の後を嬉しそうについていく友人二人。騎士団の入り口前にいる女性たちは「アデル様!」と黄色い声を上げ名前を呼ぶ。グライスナー卿はそんな彼女たちに慣れた様子でひらひらと手を振り、「きゃー!」という歓声に応えていた。……凄く慣れているわね。
グライスナー卿は門の前でくるりと振り返るともう一度私に笑いかけ手招きをした。
私は仕方なく……仕方なく! 初めて騎士団の門をくぐった。
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