【完結】イケメン好きだけどあなたの顔がいいと思っていることは知られたくありません!

かほなみり

文字の大きさ
上 下
3 / 13

ファンの矜持

しおりを挟む

  
「これは何の騒ぎかな?」
「ア、アデル様!」

 それまで衛兵に潤んだ瞳を向けていた令嬢が、ぱっとその手を離し私たちの前に駆け寄って来た。分かりやすいわね。
 
「ごめんなさい、わたくし、差し入れをお持ちしたのだけれど騎士団の規則を知らなくて……」

 令嬢は私なんて視界に入っていないかのように、今度は私の背後に立つ騎士に向けて潤んだ瞳を向ける。手を前で組むそのポーズは胸を寄せるため? 無意識?
 
「うーん、差し入れは家門を通して騎士団の事務所に届けてもらう規則なんだよね」
「ごめんなさい……あの、どうしてもダメかしら……無駄になってしまうし……」

 もじもじと指先をいじり、俯きながらちらりと視線だけ騎士に向ける。ねえ、背後の人にしてるんでしょうけれど、それを正面から見る私の気持ちにもなって欲しいわ! 
 
「食事をお持ちしたの?」
「え?」
「食事を用意したのなら、孤児院や街の炊き出しへ持って行けば無駄にならないわ」
「騎士様だったら食事はいくらあっても足りないのよ!」
「孤児院や炊き出しでも、いくらあっても足りないくらいよ」
「何を偉そうに……! それにこれは騎士様が食べないと意味がないのよ!」
「そう……?」
「なっ、何を……! あ、あなた、わたくしが誰だか分かってるの⁉ 態度を改めなさい!」
「別に誰でも構わないわ」
「な、なんですって⁉」
「諦めて食事を他へ持って行きなさい。慈善事業に協力することも貴族としての大事な責務ですもの」
「あんたなんかに貴族の何が分かると言うの⁉ わたくしは、体を張ってこの王都を守ってくださる騎士様に感謝の意を伝えようとしているだけよ!」
「では規則を守りなさい」
「いっ、いい加減に……!」

 令嬢はかっと顔を赤くして手を振り上げた。まさか殴る気? こんなに大勢の人がいる前で?
 なんだかゆっくりに見える令嬢の手をぼんやりと見つめていると、さっと視界が切り替わるように、先ほどまで背後にいた騎士が目の前に立っていた。
 見上げると、騎士はふわりと微笑み手を胸に当てて腰を曲げた。
 
「ご挨拶が遅れてしまい申し訳ありません。王都騎士団第三小隊分隊長、アデル・グライスナーと申します。こうしてご挨拶できる栄誉に与ることが出来て光栄です、カタリーナ・ドルマン侯爵令嬢」
「えっ⁉」

 悲鳴のような声が騎士の背後から聞こえた。
 すっと手を差し出すと、アデル・グライスナーは私の手を取り口付けを落とすふりをする。周囲から声にならない悲鳴が上がった。グライスナーと言えば武家の家門として有名だ。その子息が騎士団にいるのは納得がいく。
 
「ご令嬢」

 アデル・グライスナーは振り返り、顔を青ざめた令嬢ににっこりと笑いかけた。

「次回はを、家門を通してお持ちいただければ大変助かります」

 あら、言うわね!
 令嬢は顔を赤くさせたり青くさせたり、先ほどまでの威勢はすっかり消えてしまった。

「孤児院を紹介しましょうか? ……
「ひ……っ! し、失礼いたしました!」

 令嬢は慌てて馬車に乗り込むと、逃げるようにその場を立ち去った。
 
「……ありがとうございます」

 馬車が立ち去るのを見届けて、隣に立つアデル・グライスナーを見上げる。グライスナー卿はニコッと笑うと、ぽりぽりと頭を掻いた。

「それはこちらの台詞です。実は困ってたんですよね~、ほら、やっぱり子爵家のご令嬢だから強く追い返せないって言うか」
「……それにあの食事、とても怪しかったですわね」
「真っ黒ですよね! 絶対なんか入れてますね、あれは! あれもイヴァン目当てだろうなぁ」

 あはは、と声を出して笑うグライスナー卿。
 ……ちょっと待って、あれもってことは、やっぱりイヴァン様目当ての不埒な輩が媚薬やら怪しいものを入れた差し入れをしているという噂は本当なのね⁉ なんて危なかったのかしら! 今日はとてもいい行いが出来たわ! イヴァン様を守ることが出来たわ! 私偉いわ!

「……お役に立てて何よりですわ。では私はこれで」

 興奮する気持ちを抑えて、こほんとひとつ咳払いをする。澄ました顔で立ち去ろうとすると、グライスナー卿から引き止められた。

「折角だから見学していかれませんか?」
「え?」
「普段は入れないんですけど、こうして助けてくれたそのお礼に。良ければご友人も一緒に」
「まあ! 宜しいんですか?」
「わたし、騎士団は初めてですの!」
「ちょ、ちょっとあなたたちいつの間に⁉」
「どうぞどうぞ、こちらでーす」
「あ、ちょっと⁉」

 先を行くグライスナー卿の後を嬉しそうについていく友人二人。騎士団の入り口前にいる女性たちは「アデル様!」と黄色い声を上げ名前を呼ぶ。グライスナー卿はそんな彼女たちに慣れた様子でひらひらと手を振り、「きゃー!」という歓声に応えていた。……凄く慣れているわね。
 グライスナー卿は門の前でくるりと振り返るともう一度私に笑いかけ手招きをした。
 私は仕方なく……仕方なく! 初めて騎士団の門をくぐった。
 
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。

石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。 そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。 新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。 初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、別サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

王宮医務室にお休みはありません。~休日出勤に疲れていたら、結婚前提のお付き合いを希望していたらしい騎士さまとデートをすることになりました。~

石河 翠
恋愛
王宮の医務室に勤める主人公。彼女は、連続する遅番と休日出勤に疲れはてていた。そんなある日、彼女はひそかに片思いをしていた騎士ウィリアムから夕食に誘われる。 食事に向かう途中、彼女は憧れていたお菓子「マリトッツォ」をウィリアムと美味しく食べるのだった。 そして休日出勤の当日。なぜか、彼女は怒り心頭の男になぐりこまれる。なんと、彼女に仕事を押しつけている先輩は、父親には自分が仕事を押しつけられていると話していたらしい。 しかし、そんな先輩にも実は誰にも相談できない事情があったのだ。ピンチに陥る彼女を救ったのは、やはりウィリアム。ふたりの距離は急速に近づいて……。 何事にも真面目で一生懸命な主人公と、誠実な騎士との恋物語。 扉絵は管澤捻さまに描いていただきました。 小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

【溺愛のはずが誘拐?】王子様に婚約破棄された令嬢は引きこもりましたが・・・お城の使用人達に可愛がられて楽しく暮らしています!

五月ふう
恋愛
ザルトル国に来てから一ヶ月後のある日。最愛の婚約者サイラス様のお母様が突然家にやってきた。 「シエリさん。あなたとサイラスの婚約は認められないわ・・・!すぐに荷物をまとめてここから出ていって頂戴!」 「え・・・と・・・。」 私の名前はシエリ・ウォルターン。17歳。デンバー国伯爵家の一人娘だ。一ヶ月前からサイラス様と共に暮らし始め幸せに暮していたのだが・・・。 「わかったかしら?!ほら、早く荷物をまとめて出ていって頂戴!」 義母様に詰め寄られて、思わずうなずきそうになってしまう。 「な・・・なぜですか・・・?」 両手をぎゅっと握り締めて、義母様に尋ねた。 「リングイット家は側近として代々ザルトル王家を支えてきたのよ。貴方のようなスキャンダラスな子をお嫁さんにするわけにはいかないの!!婚約破棄は決定事項です!」 彼女はそう言って、私を家から追い出してしまった。ちょうどサイラス様は行方不明の王子を探して、家を留守にしている。 どうしよう・・・ 家を失った私は、サイラス様を追いかけて隣町に向かったのだがーーー。 この作品は【王子様に婚約破棄された令嬢は引きこもりましたが・・・お城の使用人達に可愛がられて楽しく暮らしています!】のスピンオフ作品です。 この作品だけでもお楽しみいただけますが、気になる方は是非上記の作品を手にとってみてください。

女避けの為の婚約なので卒業したら穏やかに婚約破棄される予定です

くじら
恋愛
「俺の…婚約者のフリをしてくれないか」 身分や肩書きだけで何人もの男性に声を掛ける留学生から逃れる為、彼は私に恋人のふりをしてほしいと言う。 期間は卒業まで。 彼のことが気になっていたので快諾したものの、別れの時は近づいて…。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

密室に二人閉じ込められたら?

水瀬かずか
恋愛
気がつけば会社の倉庫に閉じ込められていました。明日会社に人 が来るまで凍える倉庫で一晩過ごすしかない。一緒にいるのは営業 のエースといわれている強面の先輩。怯える私に「こっちへ来い」 と先輩が声をかけてきて……?

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

処理中です...