白い結婚が貴女のためだと言う旦那様にそれは嫌だとお伝えしたところ

かほなみり

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「泣かないでくれ……すまない、私が貴女の心を勝手に決めていいことではなかった」
「……私は、ずっとお慕いしていました」
「サーシャ」

 あの夢のような夜から、私はいつも旦那様に会うことを、見かけることを楽しみにしていた。言葉を交わすことが叶わなくても、遠くからその姿を見つめていた。

「私ではだめですか……?」
「そんなことはない」

 大きな手のひらが頬を覆い、私はそっとその手に手を重ねる。熱い手のひらは少し硬くて、ゴツゴツしている。目を閉じ頬を擦り寄せると、額にふわりと柔らかな感触が触れた。見上げれば琥珀の瞳がすぐそこにある。

「……口付けても?」
「……はい」

 鼻先が触れ、吐息が唇にかかる。
 そっと目を閉じると、一度だけやわらかく触れて、すぐに離れ、そしてまた唇が合わされる。その柔らかさと熱さに胸が破裂しそうなほどうるさく鳴っているのを、まるで他人事のように感じた。

「……嫌ではないか」

 重ねただけの唇が離れ、聞こえたその声に小さく頷くと、「そうか」と少し安心したような声が届いた。
 夢でも繰り返し聞いた、旦那様の低く落ち着いた声。ずっと聞きたかった声、会いたかった人。じわりと温かいものが胸に広がっていくのを感じていると、ふと、旦那様の身体が離れていく気配を感じて、思わずその腕に縋りつくように手を添えた。

「サーシャ?」
「あの……っ」

 まだ一緒にいてほしいと言うのは、はしたないだろうか。
 なんと伝えればいいのか分からなくて旦那様の腕に捕まったまま視線を彷徨わせていると「……参ったな」と小さく呟く声が降ってくる。その言葉に、さあっと血の気が引いた気がした。
 
(いけない、ご迷惑だったわ)
「も、申し訳ありません!」
「サーシャ」

 やはり、はしたなかったのだ。慌ててパッと手を離すと、今度は旦那様が私の手を取った。

「違う、謝らないでくれ。その、お互いこんな格好では……、私は貴女が思うほど大人ではないんだ。だから……」

 見上げると、片手で口元を覆う旦那様の耳が赤く染まっている。
 
「……それは、私もちゃんと大人として見てもらえているということですか?」
「当然だ!」

 旦那様は掴んでいた私の手首を離し、そっと指の背で私の腕をなぞった。そのくすぐったい感覚に背筋がしびれる。

「……貴女は結婚した夫婦が何をするのか分かっているんだな」
「はい」
「初夜にすることも?」
「……っ、はい……」

 閨のことならちゃんと教育は受けている。それでも結局、必要なことはお相手に任せよ、と言われているけれど。

「私はちゃんと、旦那様と夫婦になりたいのです。そう願うのはだめでしょうか」
「……駄目ではない。ただ、貴女に無理をさせたくないだけだ」
「無理などしていません!」

 旦那様の手がもう一度私の指を絡め取る。今度は私から、指を絡めたままその手をぎゅっと握りしめた。

「……侍女たちに怒られてしまうな。貴女にそんなことを言わせて」

 俯く私の頭上に優しい声が降ってきて、ゴツゴツと節くれだった指が私の顎をそっと捉えた。

「サーシャ」

 見上げれば、優しく甘い声が私の名を呼ぶ。
 旦那様の指が私の唇をなぞり、そしてまた唇を合わせる。柔らかく押し付け、離れ、そしてまた角度を変える。唇を食むように挟まれちゅうっと吸われて、思わず吐息が漏れた。
 ぺろりと旦那様の舌が唇を舐めるのを感じて、恐る恐る真似をするように舌を差し出すと、すぐに舌が重なり合った。

「ん……っ、あ」
「サーシャ、……鼻で息をして」
「……っ、は……」

 旦那様の大きな手が後頭部に差し込まれ、支えるように添えられる。
 分厚い舌がぬるぬると口の中に侵入し、互いの舌先をこすり合わせ、絡ませ吸い上げられて、口端からパタパタと唾液がこぼれ落ちた。

「……あっ」

 グイッと身体を引き寄せられて、湯の中で旦那様の硬い膝の上に横抱きにされる。ザバッと大きな音を立てて白濁の湯が大きく揺れた。
 身体が湯から出たことで、今の自分が浴布を身体に巻いただけの心許ない格好であることを思い出し、かあっと顔が熱くなる。

「のぼせたか?」
「い、いいえ!」

 旦那様の手が優しく私の頬を撫でた。触れ合う肌はお互いに熱い。

「急に、恥ずかしくなってしまって……」

 きゅうっと旦那様の首にしがみつき顔を埋めると、はあっと深く息を引き出した旦那様が私の背中に手を回しぎゅっと強く抱きしめてくれた。

「あまり可愛らしいことばかり言わないでくれ」
「え?」

 見上げると、耳だけではなく目元まで赤く染めた旦那様と目が合った。至近距離で見つめ合ったまま、またゆっくりと顔が近づき、私はすぐに目を閉じた。
 先ほどとは違う噛みつくような口付けを受け、分厚い舌が口内を弄り、上顎や歯列をなぞって私の逃げ惑う舌を絡め取る。ぎゅうっと強く搾り取られるように吸い上げられて、だらしなく口を開けているだけの私は、息苦しさに顔を背け空気を求めた。

(食べられているみたい)
 
 口付けがこんなに気持ちいいなんて。
 唇から離れ、今度は首筋にちゅっと口付けを受ける。舌先が首筋を舐め耳朶を食み、くちゅくちゅと水音が頭の中に鳴り響くその感覚にゾクゾクと背筋が痺れ、身体の力が抜けていく。ふっと首筋に息がかかった。

「貴女は可愛いな」

 その低く甘い声に、思考がだんだん溶けていく。
 首筋や鎖骨にいくつも口付けを落とされ、時折きつく吸い上げられて、胸元へと旦那様の頭が降りた時、ふわりと身体が浮き上がった。

「あっ」

 私を抱き上げ立ち上がった旦那様が、浴槽の縁に腰を下ろし、私を旦那様の膝に跨るように座らせた。向かい合い正面から見る旦那様の琥珀色の瞳がギラギラと強く光っている。

「のぼせてしまうからな」

 そう言ってまた激しく唇を合わせ、旦那様は私の腰をぐいっと引き寄せた。下腹部に硬いものが当たり、それが何か分かった瞬間、きゅっと胸が苦しくなる。

(私をちゃんと、妻として見てくれている)

 そのことに嬉しさを感じる。
 年下で幼くては、不釣り合いなのではないかと不安だった気持ちがゆるゆると溶けていく。
 嬉しい、嬉しい。
 必死に口付けに応えていると、ぷっと音を立てて唇が離れた。銀色の糸が互いを結んだまま、熱い吐息がどちらのものか分からない距離で、旦那様がギラギラした瞳に私を映し出した。

「……サーシャ、腰が揺れている」
「!」
「気持ちいいか」

 口付けの気持ちよさに溺れ、無意識に下腹部に当たる硬い楔に自分を押し当て擦り付けていた。そのことを旦那様に指摘され、全身が一気に熱くなる。

(どうしよう、はしたないと思われてしまったわ!)

 慌てて身体を離そうとすると、逆に強く引き寄せられた。
 
「……よかった」
「え?」
「貴女が気持ちよくなってくれて嬉しい」
「~~っ!」

 そんな甘い声に益々顔が熱くなる。

「はっ、恥ずかしいです……!」
「何故? とても可愛いよ」
「はしたないと思われませんか……!」
「思うわけないだろう」
「ん……っ」

 旦那様は、ちゅっと音を立てて私の熱くなった頬に、額に、次々と口付けを落としていく。やがて口付けは唇を掠め、顎、首筋、鎖骨へとどんどん降りていった。
 そして胸元に唇が辿り着いた頃、身体に巻いていた浴布が取り払われた。

「あっ」

 慌てて隠そうと両腕を胸の前で交差させると、すぐに手首を捕まれ開かれる。

「だ、旦那様!」
「隠しては駄目だ」

 両腕を後ろに回され、旦那様の大きな手が私の両手首をやんわりと拘束する。旦那様の目の前で胸を張るような格好になり、あまりの羞恥にじわりと涙が滲むと、旦那様は私の耳にちゅっと口付けをした。

「綺麗だよ、サーシャ」

 その甘く低い声にポロリとひとつ涙がこぼれ落ちた。
 旦那様は私の目尻に唇を寄せ、ちゅっと涙を吸い上げる。そして空いている方の手でやんわりと胸を持ち上げた。

「ん……っ!」
「サーシャ、嫌だったら止める」

 その言葉にブンブンと首を振ると、旦那様は後ろで拘束していた私の手首を離した。自由になった手で、旦那様の逞しい肩に腕を回ししがみつく。

「嫌なんかではありません……」
「サーシャ」

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