【番外編完結】わんこ系年下騎士に懐かれたけど実家の愛犬に似ていて困る

かほなみり

文字の大きさ
上 下
8 / 36

二日目 夜の舞踏会と余所行きの笑顔2

しおりを挟む

「凄く上手なのね」

 ホールに二人で降り、向かい合い音楽に合わせステップを踏む。
 当然だけれどさすが伯爵家の子息、とても踊りやすい。

「アメリアもとてもお上手です。ドレスの裾が美しく広がって皆の目を惹きつけていますよ」
(それは私じゃなくてマリウスに向けられている気もするけれど)

 円形状になったホールを二階から見下ろしている人々の視線が痛い。

(どうかドレスを見てくれていますように!)

 マリウスのリードはとても踊りやすく、しっかりと身体を支えてくれて安定している。
 時々見上げる彼の顔は、やはり紳士然としていて、あのふにゃりとした柔らかな笑顔とは違う。

(これは余所行きってことかしら)

 伯爵子息としての顔のマリウス。
 三男として自分の足で生きていくと決め、きっと彼なりに苦労を重ねてきたのだろう。

(こんな風にお世話になってばかりで、私にも何か返せるものがあればいいんだけど)

 とは言え、田舎の男爵領の職業婦人を謳う女が、伯爵家子息に返せるものなど何もない。人脈も伝手も財力だって、彼の方が遥かに上を行くのだ。

(せめて心を尽くしてくれた彼に対して、私も何か礼を尽くしたいわ)
 
「考え事ですか?」

 ふと頭上から優しく声がかけられて慌てて顔を上げると、思ったより近くにマリウスの顔がある。
 私を見下ろす湖の瞳が知らない男の人のようで、思わず身体を離そうと仰け反っても、マリウスの手ががっちりと腰を支えていてそれ以上身動きが取れない。

「あ、ええと、あなたは本当に食べることが好きなのねって」
「僕ですか? 好きですよ、一日の楽しみでもありますから」

 嬉しそうにふにゃりと笑うマリウスの笑顔に、なぜかほっとする。

「私も好きなんだけれど、淑女はそんなに人前で食べたりしないんですって」
「こんなに素晴らしい料理が並んでいるのに、手を出さない女性がほとんどですよね。勿体ないな」
「私もそう思うわ! もっと自由に生きたらいいのに。ドレスも振舞いも、最低限のマナーを守って自分らしくあればいいのよ」
「アメリアらしいです」
「ふふっ、お陰で嫁き遅れの職業婦人だけど、私はちっとも後悔してないの」

 身体が離れてくるりとマリウスの腕の中で回る。手を引かれ彼の胸の中に戻ると、見上げるマリウスは柔らかな表情で私を見つめる。

「アメリアはそのままで十分魅力的です」

 いつもより少し低い声でそう囁かれたその言葉に、どきりと心臓が跳ねた。
 
「あ、ありがとう」
(やだわ、ちょっとドキッとしちゃったじゃない)

 音楽が終わり、向かい合って礼をする。
 マリウスにエスコートされてダンスホールから外れると、すぐにご夫人を伴ったご夫婦やマリウスの友人たちから声を掛けられた。
 若いカップルに熟年のご夫婦まで、私からは話しかけることが出来ない高位貴族が多い。
 そんな彼らにマリウスが私を紹介してくれて、ドレスや領地の話で盛り上がることが出来た。

 *

「はあ~、疲れたわ……」

 その後もマリウスともう一曲踊り、ドレスを見た女性たちや興味を持った人々と更に話をした。
 お陰でとてもいい印象を持ってくれたし、また詳しく話を聞きたいと、後日会う約束をしてくれた人もいる。

 ひと段落して少し休憩をしようと、会場の中庭にいくつも設置された天蓋付きの休憩スペースにやって来た。周囲を布で柔らかく区切られたそこは風を防ぎ、外だというのにそれほど寒くない。
 ちらほら利用している人々がいて、遠くから流れてくる楽団の音楽と人々の囁き声が心地いい。
 食事を持ってくると言い残して会場へ戻ったマリウスを待ちながら、踊りで火照った身体を冷ます。
 
(それにしても今日は、ちょっとドキドキしちゃったわ……)

 マリウスが最初の印象よりずいぶん大人びているように感じた。時々見せるふにゃりとした笑顔ではない、大人の表情のマリウスにどうしてもドキッとしてしまうのだ。

(とは言っても年下に変わりないけれど)

 彼と踊りたそうにしているご令嬢も多かったし、何なら声を掛けてくるご令嬢もいた。
 けれど彼はそれら全てを断っていた。「今日は大切な友人をエスコートをする役割があるので」と。
 マーロウのようにふにゃりとした彼の笑顔がかわいいと感じていたからか、急に増えた弟が大人になってしまった気分だ。
 あの金髪を間違ってわしゃわしゃしなくてよかった。
 ああでも、やっぱり手が寂しい。思いっきりマーロウのつやつやした毛をわしゃわしゃしたい。
 わしゃわしゃして思いっきり抱きしめて、その温かい体温を感じて匂いを嗅ぎたい。

「……マーロウに会いたい……」
「アメリア」

 突然布越しに声を掛けられて肩が跳ねた。

「驚いたわ! マリウス、ありがとう」

 両手にお皿やらグラスやら、どうやっているのかたくさん持ったマリウスが立ち竦んでいた。
 手がふさがり身動きが取れないらしい。
 慌てて彼の手からいくつか皿を受け取ると、テーブルに置く。彼も持ってきたワインをテーブルに並べた。

「魚介類は平気ですか?」
「大好物よ。まあ、貝のワイン蒸しもあるのね!」
「ワインは白にしました。僕はお酒が苦手なので、グラスはひとつ」
「そうなのね。でも嬉しいわ、一緒に食べましょう」

 次々とテーブルにお皿を並べて、まるでレストランのよう。本当にどうやって持ってきたのかしら。

「今日はありがとうマリウス、貴方のお陰でとてもいい方たちとお話が出来たわ」
「光栄です」
「それに、これもとっても美味しいわ!」
「これもどうですか?」
「んんっ! 美味しい!」
「よかった! 美味しそうに食べてくれて嬉しいです」

 そう言うマリウスも、美味しそうにオードブルを口に運んでは、嬉しそうにもぐもぐと咀嚼している。

「明日は何かご予定はありますか?」

 一通りお皿の上のオードブルを堪能した頃、お代りのワインをグラスに注ぎながら、マリウスが尋ねて来た。

「いいえ。明日は自分のために時間を使おうかと思って」
「美術館ですか?」
「ええ。貴方が教えてくれたギャラリーや王都を歩いてみるのも楽しそうかなと思って」
「美術館の近くに有名なレストランがありますよ」
「まあ! いいわね、そういうお店にも行きたいわ」
「では、お昼前にお迎えに上がりますね」
「え?」

 思わずグラスからマリウスの顔に視線を移す。
 向かいに座るマリウスはにっこりと余所行きの笑顔で私に笑いかけ、果実水を口元に運んだ。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

脅迫して意中の相手と一夜を共にしたところ、逆にとっ捕まった挙げ句に逃げられなくなりました。

石河 翠
恋愛
失恋した女騎士のミリセントは、不眠症に陥っていた。 ある日彼女は、お気に入りの毛布によく似た大型犬を見かけ、偶然隠れ家的酒場を発見する。お目当てのわんこには出会えないものの、話の合う店長との時間は、彼女の心を少しずつ癒していく。 そんなある日、ミリセントは酒場からの帰り道、元カレから復縁を求められる。きっぱりと断るものの、引き下がらない元カレ。大好きな店長さんを巻き込むわけにはいかないと、ミリセントは覚悟を決める。実は店長さんにはとある秘密があって……。 真っ直ぐでちょっと思い込みの激しいヒロインと、わんこ系と見せかけて実は用意周到で腹黒なヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 表紙絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真のID:4274932)をお借りしております。

神様の手違いで、おまけの転生?!お詫びにチートと無口な騎士団長もらっちゃいました?!

カヨワイさつき
恋愛
最初は、日本人で受験の日に何かにぶつかり死亡。次は、何かの討伐中に、死亡。次に目覚めたら、見知らぬ聖女のそばに、ポツンとおまけの召喚?あまりにも、不細工な為にその場から追い出されてしまった。 前世の記憶はあるものの、どれをとっても短命、不幸な出来事ばかりだった。 全てはドジで少し変なナルシストの神様の手違いだっ。おまけの転生?お詫びにチートと無口で不器用な騎士団長もらっちゃいました。今度こそ、幸せになるかもしれません?!

【完結】捨てられた双子のセカンドライフ

mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】 王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。 父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。 やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。 これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。 冒険あり商売あり。 さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。 (話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)

身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】 妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。

所詮、わたしは壁の花 〜なのに辺境伯様が溺愛してくるのは何故ですか?〜

しがわか
ファンタジー
刺繍を愛してやまないローゼリアは父から行き遅れと罵られていた。 高貴な相手に見初められるために、とむりやり夜会へ送り込まれる日々。 しかし父は知らないのだ。 ローゼリアが夜会で”壁の花”と罵られていることを。 そんなローゼリアが参加した辺境伯様の夜会はいつもと雰囲気が違っていた。 それもそのはず、それは辺境伯様の婚約者を決める集まりだったのだ。 けれど所詮”壁の花”の自分には関係がない、といつものように会場の隅で目立たないようにしているローゼリアは不意に手を握られる。 その相手はなんと辺境伯様で——。 なぜ、辺境伯様は自分を溺愛してくれるのか。 彼の過去を知り、やがてその理由を悟ることとなる。 それでも——いや、だからこそ辺境伯様の力になりたいと誓ったローゼリアには特別な力があった。 天啓<ギフト>として女神様から賜った『魔力を象るチカラ』は想像を創造できる万能な能力だった。 壁の花としての自重をやめたローゼリアは天啓を自在に操り、大好きな人達を守り導いていく。

若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!

古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。 そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は? *カクヨム様で先行掲載しております

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

処理中です...