【番外編完結】わんこ系年下騎士に懐かれたけど実家の愛犬に似ていて困る

かほなみり

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二日目 夜の舞踏会と余所行きの笑顔1

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 マリウスと別れてから、私は兼ねてから約束をしていたテーラーと商会を訪ね、商品を売り込んできた。とても手応えがあったし、商会とはもっと詳細を話したいと改めて商談の場を設けてもらうことが出来た。
 私ってば中々やるわよね!
 これで大手を振って領地に帰って報告することが出来るわ。

「さてと」

 タウンハウスへ戻り、今夜のドレスを決める。
 今夜はくすんだピンク色の落ち着いたドレスを選んだ。
 ボートネックにぴったりと肌に沿うように作られた上衣は、モチーフを繋ぎ合わせた繊細な仕上がりのレースを使い、シャンパンカラーのアンダードレスと重ねて無駄な装飾を省いている。ウエストからはたっぷりと寄せられたチュールで贅沢なボリュームを出し、けれど美しいラインを描くよう計算されている。まさに、舞踏会のためのドレス。
 以前から付き合いのある、マダムオリビアと言うテーラーのデザイナーが来春発表するデザインだ。これを着て、人々の反応を見てほしいと頼まれている。

 ハウスメイドに手伝ってもらいながら支度をしていると、チャイムの音が響いた。
 急いで階段へ向かうと、吹き抜けになった階段ホールの下で、イーサンと話しているマリウスの姿があった。
 今夜は黒い燕尾服を纏い、ふわふわの髪を後ろに流して、ぐっと色気が増している気がする。
 一瞬見惚れていると、マリウスがぱっと顔を上げ満面の笑みで片手を上げた。
 ……やっぱり耳と尻尾がある。気のせいじゃないわ。

「アメリア嬢!」

 いつか間違えて、あの髪をわしゃわしゃと撫で回してしまいそうな自分が怖い。

「マリウス、お待たせしました。イーサン、早かったのね」
「今日はね。ていうか驚いたよ、アメリアとマリウスが知り合いだなんて」
「二人とも、知り合いなの?」
「同期だよ。王城に初めて登城する時は、その年に採用になった文官も騎士も、皆一緒に宣誓の儀を行うんだ」
「イーサンとはその時に話をしたんです。専攻が違ったけど、同じ学園だったから名前は知っていて」
「え!?」

 ちょっと待って、イーサンと同じ学園?

「……マリウスとイーサンは同学年?」
「はい!」
「てことは二十二歳!? 見えないわ!」
「アメリア、声に出てる」
「えっ! ごめんなさい!?」
「よく言われるんですよ! そんなに幼いかなぁ」
「幼い……訳ではないんだけれど。今日の燕尾服もとても素敵よ」

 確かに、言われてみれば佇まいは年相応なのだけれど、それよりもこのふにゃっとした笑顔が幼く見せているのではないかしら。
 可愛くていいけど。

「あ、ありがとうございます。その、アメリア嬢は今日もとてもお美しいです」

 顔を赤らめ頬をぽりぽりと掻きながら褒められるのは、なんだか嬉しいというより微笑ましい。マリウスの方がよほど美しい顔をしているのに。

「ありがとう」

 うふふ、と笑顔で返すとイーサンがため息をついた。

「マリウス、アメリアは嬢なんて付けるほど若くないよ」
「イーサン、悔しいけど同感よ」
「え? そうなんですか?」
「そうそう。嬢なんて、違和感しかない」
「ちょっと、言い方!」

 じとっとイーサンを横目で睨む。でも、イーサンの言うとおりアメリア嬢は恥ずかしい。このまま会場で嬢をつけたまま呼ばれて、周囲に引かれるのは嫌だ。

「呼び捨てでいいのよ、マリウス。イーサンとも知り合いだなんて、不思議な縁があったことだし」

 暫く視線をうろうろと彷徨わせ「でも」とか「しかし」なんて言いながら、マリウスは頬を赤らめたまま上目遣いでそっと私を見た。

(ねえ待って、そんな顔しないで! 怒られた時のマーロウみたいだわ!)

 わしゃわしゃしたい欲を抑えてこほん、と咳払いをしてなんとか堪える。
 ああ、手がウズウズする……!

「……で、では、……アメリア」
「はい。今夜はよろしくね、マリウス」

 ずっとくすぐったかった呼び方から解放されて、満面の笑みで返事をしたら、またマリウスが頬を赤らめ視線を逸らした。

 *

 今夜行われる舞踏会は、王城のホールではなく王立の劇場だ。
 普段は座席が置かれている会場から全て椅子が取り払われ、舞台として使われている場所には楽団が並び美しい音楽を奏でている。
 二階席や階段状になったそこかしこに休憩スペースや食事スペースが設けられ、ゆったりと踊る人たちをグラス片手に二階席から眺める人たちもいる。

「面白いスタイルね」
「今年は様々な場所を開放して、もっと自由に使えるよう試行錯誤しているようです。お陰で警備は大変だけど」

 マリウスは苦笑しながら会場を見渡した。

「あちらに南方で取れた野菜と魚介類をメインにしたオードブルがあるんですよ。ワインも揃っています」
「詳しいわね」
「えっと、楽しみにしてきたので……」
「まあ!」

 照れくさそうに話すマリウスの顔を見て思わず声を出して笑ってしまう。
 周囲の視線がこちらに向いている気がするけれど、それがマリウスに向けられているのかドレスに向けられているのか、判断が付かない。

(下手にご令嬢方の反感を買ってドレスを蔑まれたら困るわ)

 マリウスにエスコートされている時点で、やや反感を買っている気がする。ここは早めにマリウスの知り合いを紹介してもらうのがいいかもしれない。

「ねえマリウス、お知り合いの方を紹介してくれたら貴方は自分の用事を済ませていいのよ」
「え?」
「今夜は伯爵家の人として参加しているのでしょう? 貴方も社交をしなければ」
「今夜はアメリアのパートナーとして参加しているので大丈夫です」

 マリウスは腰を屈め私の手を取ると、そっと手の甲に口付けを落とした。周囲から小さくざわめきが起こる。

「一曲いかがですか? そのドレスを見せつけるのに、ここはいい舞台ですよ」
 
 私にだけ聞こえるように囁き見上げてくるその顔は、見慣れたマーロウのような人懐こさではない。
 大人の男性の顔をしたマリウスだった。
 
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