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柔らかなほほえみ
しおりを挟むルーカス様は、手を握りしめる私の両手をじっと見つめて、ふっと息を吐いた。瞳を細め、そっと私の頬を指の背で撫でる。
「……分かった。君のために」
そう言ってルーカス様は、灯篭の明かりを跳ね返し美しく優しく微笑んだ。
――ほほえんだ?
「ぇ、あ」
かーっと顔が熱くなる。
は、はじめて微笑んだお顔を正面で見たわ!
突然のことに呆然とする私からさっと身体を離したルーカス様は、素早く移動して黒い人影の背後に立った。
「何をしている」
低く威嚇するようなその声は、勿論ノア様とエイヴェリー様にも届いて。ノア様がさっと背後にエイヴェリー様を隠すようにこちらを向いた。
「ルーカス?」
「ひ、ひいっ! な、なんだ一体!」
突然背後から声を掛けられた人影は、腰を抜かしたように尻もちをついた。
「何をしているのかと聞いている」
「な、み、道に迷っただけだ!」
「道に迷っただと?」
「おいお前……」
ノア様がへたり込む人物の顔を見て眉根を寄せた。
「いつも僕のことを付け回して面白おかしく記事にする記者じゃないか」
「何のことだか……」
「ゴシップ紙の記者がこんなところで道に迷っただと? ふざけるな」
「……っ、ちっ!」
尻もちをついていた記者は舌打ちをするとばっと立ち上がり、その場から走り去ろうと私の方へ走り出した。
「きゃ……っ」
記者は薄暗がりの視界の利かない場所で、私がいることに気が付かなかったのか正面から真っすぐこちらに飛び出してきた。
(ぶつかる!)
衝撃に備えて身体をぎゅっと固くすると、ルーカス様が素早く腕を伸ばし記者の首根っこを掴むと、ものすごい勢いで近くにあった木にその身体を叩きつけた。
木に背中を打ち付けられた記者は「ぐえっ!」とおかしな声を上げ、ずるずると地面に崩れ落ちた。白目をむいて、どうやら気絶しているみたい。
ルーカス様は素早く男をひっくり返すと、後ろ手に持っていたハンカチで手首を縛り上げ、男の胸元をあさり小さなノートを取りあげた。
(――なんて素早い動きなの、かっこいいわ!)
思わず拍手しそうになるのをさすがに場違いすぎると自制して、ぎゅっと胸の前でマントを握りしめる。ふわりとルーカス様の匂いがした。
「ノア」
ルーカス様が差し出したそのノートを受け取ったノア様は中身を確認して顔を顰める。
「なんだこれは。今日一日の僕たちの会話を盗み聞きしていたんだな」
「どうやって忍び込んだのか知らないが、こいつは騎士団に突き出しておこう。そのノートはお前の好きにしろ」
「ああ、ありがとう」
ノア様は懐にそのノートをしまうと、ふと私に顔を向けた。
「ダフネ、大丈夫?」
「あ、はい! 大丈夫です」
「そう? 寒いのかな?」
「え? あ」
ルーカス様のマントを肩から掛けていることを思い出して、カッと顔が熱くなる。
あわあわと説明できずにいると、呆れたようにエイヴェリー様がルーカス様に向けて笑った。
「貴殿も人のことを言えないようだが」
「愛する人に愛を伝えただけだ」
「る、ルーカス様!?」
やめて突然、どうしたって言うの!?
「なんだ、口下手を卒業したのか?」
「うるさい」
「ルーカスはダフネの前では格好つけてるんだよ。好きで好きで仕方ないのに」
「の、ノア様!」
「だってもう凄い嫉妬の目で周囲を睨みつけてるんだよ。そんなのすぐに分かるよ」
「私でもすぐに分かった」
「俺は別に隠していない」
「ええ!?」
そうなの? 全然私に伝わっていなかったわ!
私の驚きにルーカス様は気まずそうに視線を逸らす。黒髪から覗く耳の先だけが赤い。
あ、いつものルーカス様だわ。これはこれで安心する。
「本人に何ひとつ伝わっていなかったなど滑稽な話だ」
「大きなお世話だ」
「それは失礼」
ふっとエイヴェリー様は私の顔を見て笑った。
「ダフネ嬢、先ほどよりいい顔をしている。よかったな」
「あ、……はい、ありがとうございます」
「まったく、この国の男どもは皆何をそんなに拗らせているのか」
「エイヴァ、もうやめてくれ……」
「悪いが、暫くはいじらせてもらうよ。困った顔の君は子犬みたいで可愛いからな」
「可愛いって……」
ノア様が分かりやすく狼狽している。ああでも、なんだかいい雰囲気だわ。よかった、誤解が解けたのね。
「ダフネ、会場に戻るのか?」
「あ、はい、私……その、ルーカス様と、踊りたいので……」
「ダフネ」
ルーカス様が感動したような声で名前を呼ぶ。ああ駄目、気持ちを伝えた後って恥ずかしくて顔が見れないわ!
「それはなんとも可愛らしいことだが、そのまま戻るのは辞めた方がいい」
エイヴェリー様の言葉にノア様が苦笑した。またさらに顔が赤くなる。マントの下は見えないはずなのに、どうしてそんなこと言うのかしら。
「この池の向こうに離れがある。休憩のために用意した客室だから使うといいよ」
二人の言葉に真っ赤になった私の肩を抱き寄せて、ルーカス様は礼を言うとその場を後にした。
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