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しおりを挟む「はあ……、すごく気持ちいい」
ちゃぷん、と心地よい音を響かせお湯がゆったりと動いた。浮かぶ花弁がゆらゆらと流れる。
「新しい香油か?」
私の腰に腕を回したレンナルトが背後から私の肩にお湯をかける。背中に感じる硬い身体がリラックスしているのを感じる。大きな浴槽はレンナルトも十分に脚を伸ばせるほどで、二人で入っても余裕があった。
「そう、アンナがくれたの。新商品だって」
「変わった香りだ。甘ったるくなくてすっきりしてるな」
「ね。リラックス効果があるんだって」
すうっと香りを吸い込むと、森にいるような香りが鼻腔を擽る。
私とレンナルトは四年前、婚約期間を経ずに入籍した。
私の東部への異動もあったので急いだ形になったけれど、離れ離れになる私を案じ、自分と結婚したという事実で他の男たちを牽制するのだとレンナルトは言っていた。
そんな必要はないのだけれど、レンナルトの名前を知らない者は騎士団にいない。私の名字を聞いて女だからと馬鹿にする態度をとっていた人たちも大人しくなり、正直仕事はやりやすくなった。
結婚し二人で力を合わせて郊外に小さな家を買った。当初希望していた大きなお風呂は家の大きさを考えると入れるのが難しくて、一般的なものしか設置できなかったけれど、その小さな家は私とレンナルトの大切な家だった。
そしてレンナルトは、本当に私を尊重してくれた。自身も隊長に就任し多忙を極めていたというのに、時間があれば私のいる東部へ会いに来てくれたし、私に時間ができると極力休みを合わせて二人で過ごした。
お陰で仕事に集中することができたし、難しいことや壁にぶつかればレンナルトに相談し二人で道を決めてきた。
これまで通り、二人で話し合い、決めて、間違えたらまた二人で話す。
そうしてお互いを信頼して時間を過ごしてきた。
二人で時間を合わせ落ち合うように家に帰り、愛し合う日々。二人の時間を大切にその家で守ってきた。
レンナルトの師団長就任と子爵位叙爵が決まり手放すことが決まって、私は本当に落ち込んだけれど、これもまた新しい二人のスタートなのだとレンナルトがいつもの笑顔で話すのを見て、私も気持ちが固まった。そして、私の王都騎士団への異動も決まり。
また新しく、人生が動き出す。
いつまでも同じ場所にはいない。
それは決して悪いことではないのだ。
変化は怖いけれど、受け入れて前に進むことも必要。
恐れても、二人なら大丈夫。
それを教えてくれたのは、レンナルトだ。
(それにしても、本当に大きなお風呂を買ってくれるなんて)
くすぐったくて嬉しくて、無意識にふふっと笑うと背後からぎゅうっとレンナルトが私を抱き締めた。
「どうした?」
耳元で低く話すレンナルトの声が心地いい。すり、とレンナルトの頬に顔を寄せると、お腹にあった大きな手が私の顎を掴み横を向かせ、唇を合わせる。久しぶりに会うとこうして、隙があればいつも口付けをしている。
「ん、ふふ、本当にお風呂が大きいなって。……んむ、あ」
はむっと唇を食みぬるりと熱い舌が唇を舐めそのまま首を舐め上げる。
「念願のゆったりしたお風呂だ」
うなじに口付けを落としながら嬉しそうな声で話すレンナルト。
「前の家のだってそれなりにゆったり入れたわよ?」
「ゾーイが一人で入った時だけだろ。一緒に入るのはきつかった」
「レンが大きいからよ」
それでも無理に一緒に入ろうとしたレンナルトがあちこちに身体や頭をごんごんとぶつけているのを見て、笑いが止まらなかったのを思い出し、また笑った。
「悔しかったんだよ。やっと夢が叶ったな」
「夢だったの?」
「そうだ。ゾーイとしたいことがたくさんある」
「例えば?」
「ピクニック」
「なにそれ、かわいい!」
あはは! と声を出して笑うとレンナルトが私の腰を掴み膝の上に乗せた。向かい合わせになり、ふふ、と自然に笑い合う。
「二人で郊外に馬を走らせて、湖の見える小高い丘の上で飯を食うんだよ」
「馬に乗るのね。負けないわよ」
そういうと「ゾーイらしい!」と、ふはっとレンナルトが笑い声をあげた。
幸せそうに笑うレンナルトの表情を見て胸に温かいものがこみ上げて、その頬にちゅっと口付けをした。
「ねえレン、私ね」
「うん?」
幸せなのになんだか苦しい。これはいつまで経っても変わらない私の心。レンナルトに色々と我慢させているんじゃないかとか、私のために犠牲にしていることがあるんじゃないかとか。そんなことを思うと、幸せがほんの少し、苦しくなることがある。
「私、すごく幸せだわ」
そう言うと、レンナルトが美しい緑の瞳を細め、私の頬にかかる髪をそっと耳にかけた。
「俺もだよ。これまでも、今も、ずっと幸せだ」
「本当?」
「もちろん」
「何か……ない?」
「何かって?」
「えっと……」
視線を落としじっと考える。何か無理してないかなんて、きっと聞いてもそんなものはないってレンナルトは笑うだろう。
「私に、してほしいこと、とか」
「ある」
「え、即答」
驚いて顔を見ると、レンナルトは背中を浴槽に預け、私の頬を撫でた。
「口付けしてほしい」
からかってはいない真剣な表情に、素直に唇にそっと触れるだけの口付けを贈る。
「もっと」
静かに、けれど瞳の奥に強い情欲を宿して、レンナルトは私を求めた。
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