上 下
24 / 25

22

しおりを挟む

「はあ……、すごく気持ちいい」

 ちゃぷん、と心地よい音を響かせお湯がゆったりと動いた。浮かぶ花弁がゆらゆらと流れる。

「新しい香油か?」

 私の腰に腕を回したレンナルトが背後から私の肩にお湯をかける。背中に感じる硬い身体がリラックスしているのを感じる。大きな浴槽はレンナルトも十分に脚を伸ばせるほどで、二人で入っても余裕があった。

「そう、アンナがくれたの。新商品だって」
「変わった香りだ。甘ったるくなくてすっきりしてるな」
「ね。リラックス効果があるんだって」

 すうっと香りを吸い込むと、森にいるような香りが鼻腔を擽る。

 私とレンナルトは四年前、婚約期間を経ずに入籍した。
 私の東部への異動もあったので急いだ形になったけれど、離れ離れになる私を案じ、自分と結婚したという事実で他の男たちを牽制するのだとレンナルトは言っていた。
 そんな必要はないのだけれど、レンナルトの名前を知らない者は騎士団にいない。私の名字を聞いて女だからと馬鹿にする態度をとっていた人たちも大人しくなり、正直仕事はやりやすくなった。
 結婚し二人で力を合わせて郊外に小さな家を買った。当初希望していた大きなお風呂は家の大きさを考えると入れるのが難しくて、一般的なものしか設置できなかったけれど、その小さな家は私とレンナルトの大切な家だった。
 そしてレンナルトは、本当に私を尊重してくれた。自身も隊長に就任し多忙を極めていたというのに、時間があれば私のいる東部へ会いに来てくれたし、私に時間ができると極力休みを合わせて二人で過ごした。
 お陰で仕事に集中することができたし、難しいことや壁にぶつかればレンナルトに相談し二人で道を決めてきた。
 これまで通り、二人で話し合い、決めて、間違えたらまた二人で話す。
 そうしてお互いを信頼して時間を過ごしてきた。
 二人で時間を合わせ落ち合うように家に帰り、愛し合う日々。二人の時間を大切にその家で守ってきた。
 レンナルトの師団長就任と子爵位叙爵が決まり手放すことが決まって、私は本当に落ち込んだけれど、これもまた新しい二人のスタートなのだとレンナルトがいつもの笑顔で話すのを見て、私も気持ちが固まった。そして、私の王都騎士団への異動も決まり。
 また新しく、人生が動き出す。
 いつまでも同じ場所にはいない。
 それは決して悪いことではないのだ。
 変化は怖いけれど、受け入れて前に進むことも必要。
 恐れても、二人なら大丈夫。
 それを教えてくれたのは、レンナルトだ。

(それにしても、本当に大きなお風呂を買ってくれるなんて)

 くすぐったくて嬉しくて、無意識にふふっと笑うと背後からぎゅうっとレンナルトが私を抱き締めた。

「どうした?」

 耳元で低く話すレンナルトの声が心地いい。すり、とレンナルトの頬に顔を寄せると、お腹にあった大きな手が私の顎を掴み横を向かせ、唇を合わせる。久しぶりに会うとこうして、隙があればいつも口付けをしている。

「ん、ふふ、本当にお風呂が大きいなって。……んむ、あ」

 はむっと唇を食みぬるりと熱い舌が唇を舐めそのまま首を舐め上げる。

「念願のゆったりしたお風呂だ」

 うなじに口付けを落としながら嬉しそうな声で話すレンナルト。

「前の家のだってそれなりにゆったり入れたわよ?」
「ゾーイが一人で入った時だけだろ。一緒に入るのはきつかった」
「レンが大きいからよ」

 それでも無理に一緒に入ろうとしたレンナルトがあちこちに身体や頭をごんごんとぶつけているのを見て、笑いが止まらなかったのを思い出し、また笑った。

「悔しかったんだよ。やっと夢が叶ったな」
「夢だったの?」
「そうだ。ゾーイとしたいことがたくさんある」
「例えば?」
「ピクニック」
「なにそれ、かわいい!」

 あはは! と声を出して笑うとレンナルトが私の腰を掴み膝の上に乗せた。向かい合わせになり、ふふ、と自然に笑い合う。

「二人で郊外に馬を走らせて、湖の見える小高い丘の上で飯を食うんだよ」
「馬に乗るのね。負けないわよ」

 そういうと「ゾーイらしい!」と、ふはっとレンナルトが笑い声をあげた。
 幸せそうに笑うレンナルトの表情を見て胸に温かいものがこみ上げて、その頬にちゅっと口付けをした。

「ねえレン、私ね」
「うん?」

 幸せなのになんだか苦しい。これはいつまで経っても変わらない私の心。レンナルトに色々と我慢させているんじゃないかとか、私のために犠牲にしていることがあるんじゃないかとか。そんなことを思うと、幸せがほんの少し、苦しくなることがある。

「私、すごく幸せだわ」

 そう言うと、レンナルトが美しい緑の瞳を細め、私の頬にかかる髪をそっと耳にかけた。

「俺もだよ。これまでも、今も、ずっと幸せだ」
「本当?」
「もちろん」
「何か……ない?」
「何かって?」
「えっと……」

 視線を落としじっと考える。何か無理してないかなんて、きっと聞いてもそんなものはないってレンナルトは笑うだろう。

「私に、してほしいこと、とか」
「ある」
「え、即答」

 驚いて顔を見ると、レンナルトは背中を浴槽に預け、私の頬を撫でた。

「口付けしてほしい」

 からかってはいない真剣な表情に、素直に唇にそっと触れるだけの口付けを贈る。

「もっと」

 静かに、けれど瞳の奥に強い情欲を宿して、レンナルトは私を求めた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王子様と朝チュンしたら……

梅丸
恋愛
大変! 目が覚めたら隣に見知らぬ男性が! え? でも良く見たら何やらこの国の第三王子に似ている気がするのだが。そう言えば、昨日同僚のメリッサと酒盛り……ではなくて少々のお酒を嗜みながらお話をしていたことを思い出した。でも、途中から記憶がない。実は私はこの世界に転生してきた子爵令嬢である。そして、前世でも同じ間違いを起こしていたのだ。その時にも最初で最後の彼氏と付き合った切っ掛けは朝チュンだったのだ。しかも泥酔しての。学習しない私はそれをまた繰り返してしまったようだ。どうしましょう……この世界では処女信仰が厚いというのに!

【R18】悪女になって婚約破棄を目論みましたが、陛下にはお見通しだったようです

ほづみ
恋愛
侯爵令嬢のエレオノーラは国王アルトウィンの妃候補の一人。アルトウィンにはずっと片想い中だが、アルトウィンはどうやらもう一人の妃候補、コリンナと相思相愛らしい。それなのに、アルトウィンが妃として選んだのはエレオノーラだった。穏やかな性格のコリンナも大好きなエレオノーラは、自分に悪評を立てて婚約破棄してもらおうと行動を起こすが、そんなエレオノーラの思惑はアルトウィンには全部お見通しで……。 タイトル通り、いらぬお節介を焼こうとしたヒロインが年上の婚約者に「メッ」されるお話です。 いつも通りふわふわ設定です。 他サイトにも掲載しております。

こっそり片想いしていた敵将の妻になれましたが、私とはデキないと言われました。

野地マルテ
恋愛
【R18】亡国の第八王女イムリタは、敵国の若き将軍アーロックの戦果の褒賞として嫁ぐ事になった。イムリタは約一年にも及ぶ捕虜生活でアーロックとは顔見知りだったが、彼が自分のことをどう思っているのか不安に感じていた。イムリタは、言葉数は少ないが、いつも礼儀正しいアーロックに好意を抱いていたのである。しかし初夜の晩、アーロックはイムリタにこう言った。「貴女とはできません」と。イムリタはショックを受けるが、落ち込んでいても仕方ないとすぐに気持ちを切り替え、妻としての役目をなんとか全うしようと明るく頑張るのであった。 ◆全体的にR18表現を含みますが、特に強い性描写のある回には見出しに※をつけています。 ◆ご感想はコチラまでお願い致します。 ▼Web拍手へのアクセス方法(感想の送り方) 【アプリ】マルティン三行のプロフィールページからWebサイトへ飛ぶ。 【本サイト】マルティン三行のページへ入り、メニューアイコンからWebサイト(青いボックス)をタップする。

腹黒王子は、食べ頃を待っている

月密
恋愛
侯爵令嬢のアリシア・ヴェルネがまだ五歳の時、自国の王太子であるリーンハルトと出会った。そしてその僅か一秒後ーー彼から跪かれ結婚を申し込まれる。幼いアリシアは思わず頷いてしまい、それから十三年間彼からの溺愛ならぬ執愛が止まらない。「ハンカチを拾って頂いただけなんです!」それなのに浮気だと言われてしまいーー「悪い子にはお仕置きをしないとね」また今日も彼から淫らなお仕置きをされてーー……。

【R18】殿下!そこは舐めてイイところじゃありません! 〜悪役令嬢に転生したけど元潔癖症の王子に溺愛されてます〜

茅野ガク
恋愛
予想外に起きたイベントでなんとか王太子を救おうとしたら、彼に執着されることになった悪役令嬢の話。 ☆他サイトにも投稿しています

【R18・完結】お飾りの妻なんて冗談じゃありません! 〜婚約破棄するためなら手段を選びません〜

野地マルテ
恋愛
王城で侍女として働くマイヤは幸せの絶頂だった。王立騎士団軍部司令官リュボフとの結婚が決まり、「あの王立騎士団のエリート騎士の妻になれる」と彼女は毎日浮かれていたのだが、ある日婚約者であるリュボフの秘密を知ってしまい、不幸のどん底に突き落とされる。 リュボフはなんと自身の副官(男)と密かに交際していたのだ。彼は部下とデキていることを周囲に隠すため、マイヤとの結婚を望んでいた。 お飾りの妻になど絶対になりたくないマイヤは婚約破棄しようとしたが、リュボフは取り合わない。困り果てたマイヤはなけなしの貯金をかき集め、特務部隊の戸を叩いた。 王立騎士団特務部隊は、金さえ払えばどのような汚れ仕事でも行うと別の意味で評判の部隊。マイヤは特務部隊の力を借りてなんとかリュボフと婚約破棄しようとするが、マイヤの依頼を引き受けた特務部隊伍長レジナンドは、いかにも遊び人風のチャラついた男だった。 ◆R18回には※あり。ほぼR18回です。 ◆一応ハッピーエンドですが、ありとあらゆる性的な表現が詰めに詰められています。エロければ何でも許せる方向け。ノーマルな性表現しか読めない方はご注意ください。

本当は違うはずなのに

山本みんみ
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢、アリス・マクナリーに転生してしまった主人公が……本来なら嫌われるはずの王太子に、何故か愛を告げられ続ける。

大事な姫様の性教育のために、姫様の御前で殿方と実演することになってしまいました。

水鏡あかり
恋愛
 姫様に「あの人との初夜で粗相をしてしまうのが不安だから、貴女のを見せて」とお願いされた、姫様至上主義の侍女・真砂《まさご》。自分の拙い閨の経験では参考にならないと思いつつ、大事な姫様に懇願されて、引き受けることに。  真砂には気になる相手・檜佐木《ひさぎ》がいたものの、過去に一度、檜佐木の誘いを断ってしまっていたため、いまさら言えず、姫様の提案で、相手役は姫の夫である若様に選んでいただくことになる。  しかし、実演の当夜に閨に現れたのは、檜佐木で。どうも怒っているようなのだがーー。 主君至上主義な従者同士の恋愛が大好きなので書いてみました! ちょっと言葉責めもあるかも。

処理中です...