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「……っ、はあっ、はあっ……」

 目を瞑り荒い呼吸を繰り返し、私の身体を囲むようにベッドに手をついて呼吸を整えると、ふうっと最後に息を吐きだし顔を上げた。その陶然とした表情にぐっと思わず息を止める。
 レンナルトはちゅっと頬に口付けをすると、ぎゅうっと私を抱き締めた。全力疾走をした後のような激しい鼓動が伝わってくる。

「ゾーイ」
「……っ」

 甘く低い声が耳元に響く。そのわずかに掠れた声が、私の身体に残る甘い余韻を震わせた。

「辛くなかった?」
「だ、大丈夫」

 まだ夢の中にいるような、ふわふわした感覚が身体から抜けない。いくつも頬やこめかみに口付けをするレンナルトの普段とは違う雰囲気にドキドキする。

「ちょっとそのまま待ってて」

 レンナルトはそう言うとさっとベッドから降り、濡らして固く絞ったタオルを手に戻ってきた。それで私のお腹に吐き出した白濁を丁寧に拭うと、私の膝を持ち上げ脚の間もタオルで拭い始めた。

「ち、ちょっとレン!? 自分でやるから……!」
「俺がやる。動けないだろ?」
「動けるけど!?」

 手を伸ばしレンナルトの手を払いのけようとすると、かくんと身体がベッドに沈んだ。力が入らない。

「あ、あれ?」
「無理するな。いいから」

 レンナルトはそう言うと丁寧に私の身体を拭い、ばったりと私の横に倒れ込んだ。
 気まずさと甘さと、くすぐったい愛おしさが部屋を満たす。

「れ、レンは」
「ん?」

 横になったレンナルトが腕を伸ばして私を引き寄せ、ぎゅっと腕の中に閉じ込めた。さっきまで激しく鳴っていた鼓動はもう落ち着いている。

「これからのこと、考えてるの?」
「いや、そんなには」
「え!?」

 思わずその顔を見返すと、レンナルトは「うーん」と瞳を上に向けた。

「俺だけで考えていいもんじゃないだろ。今までみたいに二人で考えていかないと」
「そう、だけど」
「今は離れても、ずっとじゃない」
「……うん」
「会える時間を作ってたくさん会いたいし」
「うん」
「その時に二人で話して、一つひとつ決めて行こう」
「……ふふ、そうね」

(それって、結局今まで通りね)

 そう思うと、急に身体から力が抜けた。
 一人で何でも思い詰めてしまって、空回りしていたのだ。隣に立つ人と一緒に少し未来のことを考えればいい。ただ、それだけだったのに。
 
「二人で過ごす家も買おう」
「……お風呂」
「ん?」

 レンナルトは私を腕の中に閉じ込めながら、ずっと私の髪をスルスルと梳いている。

「お風呂がついてる家がいいわ」
「いいね。大きな浴槽を用意しよう」
「小さくてもいいから、庭も」
「ライラックを植えるか」
「うん」

 額に熱い唇が押し付けられる。

「ほら、二人で決めたほうが楽しいだろ」

 見上げると、ふはっといつもの笑顔でレンナルトは嬉しそうに笑う。その顔を見たらなんだか込み上げてくるものがあって、レンナルトの胸にグリグリと額を擦り付けた。レンナルトは「くすぐったい」と笑いながら私の頭を抱いて、頭頂部に口付けをする。

「実家にも報告しないとな」
「私もだわ」
「すぐに籍を入れよう」
「えっ」
「別に婚約とかいらなくないか?」
「でも、ご両親にはなんて言うの?」
「あー、ゾーイをやっと手に入れたって報告するから大丈夫。きっとすげえ喜んでくれるよ」
「え、は?」

 その言葉に思わず顔を見上げる。
 ちょっと待って、それはつまり……?

「親にはゾーイと結婚するから誰とも見合いはしないって言ってあるんだよ。早く会わせろってずっと言われてた」

 ケロリとした顔でレンナルトが言うその言葉に、かあっと顔が熱くなった。
 
(待って、そんなこと言ってたの? ご両親にまで?)
 
 トマスの言葉が蘇る。

『でもみんな知ってたんだよ、ゾーイ』

 ――みんなって、みんなって……?
 
「何その顔、かわいい」

 レンナルトは混乱し言葉を失った私の顔を見て、ふはっと笑い、顔中にいくつも口付けを降らせた。

「そんな顔、俺以外に見せんなよ、ゾーイ」
「み、見せないっていうか、どんな顔よ!」
「すっごいかわいい顔」
「何言ってるの!」

 ぐりっとお腹に硬い熱が当たる。レンナルトが小さな声で「ごめん」と囁いた。

「え、なんで」
「だってゾーイがかわいいから」
「か、かわいいって……」 

 当然だけど、これまでレンナルトにそんなことを言われたことがない。何回も繰り返されるかわいいという言葉に、なんて反応をしたらいいのかわからなくて戸惑う。その度にレンナルトは嬉しそうに笑うのだ。

「や、でも大丈夫。今日はもうしないから」
「え、しないの?」
「え」
「あ、いや……」

 ついがっかりしたような声音で呟いてしまい、慌てる。これじゃもう一回してほしいみたいだ。

「だって初めてなんだから身体が辛いだろ」
「は、初めてって、なんでそんなに確信してるの」
「さっき俺が身体拭いたし」
「!」

 思わず目の前の胸を叩いた。

「そ、それを見るために!?」
「違うって、それは不可抗力! まあ、安心したのは確かだけど」

 もう一度叩こうとする私の手首を掴み、レンナルトが私の顔を覗き込んだ。その瞳の奥に、またあのギラギラとした欲情の灯火を見つける。

「俺が初めてで嬉しいよ、ゾーイ」
「そ、そんなの……っ」
「ねえ、身体は辛くない?」

 スルスルと意味ありげに私の腰を撫でる掌がまた熱を持つ。顔が熱い。きっと、私の顔は赤くなっているのだと思う。でももう、レンナルトに何も偽る必要はないのだ。私の気持ちを知ってもらうことに、なんの抵抗があるだろう。

「……辛くないわ。私だって騎士だもの」
「そこでそれ言うかなぁ!」

 レンナルトはふはっと声を上げて笑うと、私を仰向けにして覆い被さった。熱い身体が触れ合い、私の身体にも火が灯る。

「後悔しても知らないぞ」
「しないわ。だって、私が望んでいるんだもの」

 レンナルトは美しい緑の瞳を見開くと、とろけるように甘い笑顔で私に深く深く、口付けをした。
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