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しおりを挟む「ゾーイ、もう騎士は辞めろ」
そんな台詞を聞いたのは、運び込まれた医務室のベッドの上。
幼い頃から祖父のような騎士になりたくて努力してきた私を一番近くで見て応援してくれた、相棒の言葉。
「……なんで」
そんなことを言うの。
そこまで声にすることができなかった。
震えそうになる声をぐっと飲み込み、私を冷たく見下ろす、金髪の向こうで光る緑の瞳を睨み返す。
「……分かってんだろ。もう無理だ」
古傷を抱えて無理をしても、こうして周りに迷惑をかけるだけ。分かっている。そんなことは言われなくても、私が一番よく分かっている。
けれど。
「……出て行って」
「ゾーイ」
私の言葉にレンナルトが眉根を寄せ一歩近づく。吐き気がして頭が痛い。頭が混乱している。そんなことを知られたくなくて、私は視線でそれ以上近づくなと制した。
「出て行って!」
レンナルトは血が滲みそうなほど唇を噛み締め、すべてを飲み込んで小さく頭を下げると部屋を後にした。
そうして静かに去っていく足音に耳を澄まし、辺りが静かになった頃。私は枕に突っ伏し大きく息を吐きだした。
最悪な終わり。
レンナルトに終わりを告げられるなんて、最悪だ。
* * *
雲ひとつない真っ青な空。
階段状の席が円形の舞台を取り囲む野外場には多くの観客が集まり、人々の目はその中央に配された真っ赤な絨毯の上を歩く一人の騎士に釘付けだった。
その絨毯の先には、黄金の髪をなびかせた美しい王女が一人。
今日のトーナメントの優勝者を称えるためのファンファーレが鳴り響き、勲章と宝剣が授与される。
観客から上がる割れんばかりの歓声、その声に片手を上げて答える騎士。その晴れやかな笑顔は、女性のみならず人々の心を掴むに十分な美貌だった。
「これで、レンナルトも昇進だなぁ」
今日の警備のためにペアを組んだ騎士がその様子を遠巻きに見ながら呟いた。
「第一小隊の隊長に昇進するって話だけど、ゾーイはどうすんの? レンナルトとのペアは解消だろ?」
「そりゃそうよ、隊長と一隊員がペアなんて組めるわけないし。まあ、私は若い子と組むしかないと思うわ」
「女騎士は少ないからな。お前と組めるなら喜ぶのも多いだろう」
「……そうね」
興奮に湧き上がる座席の後方で警備のために立っていた私は、その歓声に身を任せ、ただぼんやりと、その式典を眺めていた。
*
「おめでとうレンナルト!」
「すげえな! やったなお前!」
騎士団の詰め所に戻ると、すでに詰め所に戻っていたレンナルトを囲み、騎士たちは興奮の渦中にあった。担ぎ上げられ両腕を上げて宝剣と勲章を掲げるレンナルト。
仲間たちの笑顔と咆哮のような喜びの歓声、拍手。
王都代表として参加したトーナメントで各地の騎士を打ち負かし優勝を手に入れたレンナルトは、今後の昇進や騎士の称号を約束される。そんな誇らしい栄誉を授かった仲間が同じ騎士団にいることは、同僚として喜ばしいことなのだ。
「ゾーイ!」
私の姿を目ざとく見つけたレンナルトが仲間の輪から抜けて近くまでやってきた。嬉しそうに少年のような笑顔で駆け寄ってくるレンナルトの笑顔に、私も自然と笑顔になる。
「おめでとう、レン!」
「おう! ははっ、なんだよ、さすがのお前も素直に祝ってくれんだな」
「当たり前でしょう! 私を何だと思ってんのよ」
ムッとして言い返すと、レンナルトは金髪をかき上げ緑の瞳を細めてニヤリと笑った。
「妬み嫉みの嫌味攻撃を喰らうかと思ってた」
「そんなこと言うわけないでしょ、おめでたいことなのに!」
素直に祝ったのにその言い草はなにか。腹が立ってその肩を拳で叩くと、わざとらしくよろける。
いちいち! 子供みたいなおふざけが腹立つわ!
「もう一回言って」
「嫌よ」
「なんで! いいだろ、減るもんじゃなし!」
「減るわよバーカ」
「ひでえ!」
もう一度肩を拳で叩くと、レンナルトはまた大袈裟に前のめりによろめいた。普段は届かない位置にあるその頭をグシャグシャと撫で回すと、緑の瞳が驚いたように大きく見開かれる。
「おめでとう、レンナルト。本当に」
そう言うと、レンナルトは嬉しそうにくしゃくしゃの笑顔を見せた。
(大型犬みたい)
普段よりも幼く見えるその無邪気な笑顔に、なんだか胸がくすぐったい。パッとすぐに手を引っ込めて、ぺちっとその頬を軽く叩く。
レンナルトは声を上げて嬉しそうに笑った。
「それよりもレン、明日の祝賀会大丈夫なの?」
「大丈夫って何が」
「舞踏会! 大勢の前でダンスを披露するのよ。ステップなんか間違えようもんなら大恥よ」
「俺を誰だと思ってるわけ? 子爵家の令息だぞ? ゾーイと違ってダンスくらいできる」
ふん、と笑うとその場でくるりと回って見せるレンナルト。それを見てまた周囲からわっと笑いが起こる。
「レンナルト、お前王女殿下と踊るんだぞ! どうする見初められたら」
「あり得る!」
「バッカじゃないの。子爵家次男が王族の一員になれるわけないでしょう」
嬉しそうに笑う顔を呆れて見上げると、レンナルトはニヤリと口端を上げて私を見下ろした。
「なに、やきもち?」
「はあ? 何で私が」
周囲はまた始まったと笑い、盛り上がっていた輪がバラバラと解散を始めた。私はマントを留めていた金具を外し、腰の剣も帯剣から外す。次の勤務まで時間があるから、仮眠室で休憩を取らなければならない。
「俺が王女様と踊るのを見るのが悔しいんだろう」
「アンタ本当に何言ってるの?」
浮かれ過ぎじゃないだろうか。
嬉しすぎて頭がどうかしたのかと心配になって見つめていると、レンナルトは腕を組み、うーんと考えるような素振りで視線を天井に向けた。
「まあ、ゾーイもこんな機会ないだろうから、明日は俺のパートナーとして参加したらいい。王城の舞踏会なんて警備以外で行ったことないだろう? 心配するな、ダンスは俺がちゃんとリードするから」
嫌味ったらしい笑顔を見せるレンナルトに、私はふん、と顎を突き出した。
「結構よ。私、明日勤務だから」
「は?」
レンナルトが目を丸くして私に視線を戻した。
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