【完結】計画的に出奔したら銀色の美しい従者が追ってきたお話

かほなみり

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9.あなたの名前を

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「ゆ、ユージーン!」
「痕になります。噛まないでください」

 リリーシュの耳元で低く吹き込む様にそう言うと、指を口内に侵入させた。

「!!」

 顔を捩って逃げようとしても、逞しい身体に抑え込まれ逃げられない。

「お嬢様……私から逃げるおつもりですか」
「!?」

 ユージーンの長い指が、リリーシュの握りしめている拳を解き指を絡めた。
 耳元に微かに触れるユージーンの唇の感触と、すり、と指の間を撫でられたリリーシュは、身体にゾクゾクと痺れるような感覚が走った。

「ユージーン、離して!」
「嫌です。離したら私から逃げるでしょう」
「逃げたりなんかしないわ!」
「ではなぜ私を置いて国を出たんですか」

 ユージーンの低い声には少しの怒りが含まれているようで、責められているような気がして泣きたくなる。

(貴方のためなのよ)

 またグッと唇を噛み締めようとすると、ユージーンがまた指を差し込み、ガリっと歯を立ててしまった。

「!」
「いいんです。噛むなら私を噛んでください」
「……っ!」

 そんな事したいはずがない。
 リリーシュの瞳にジワリと涙が浮かぶ。決死の思いで手放したこの美しい男がなぜこんなにも自分に拘るのか、リリーシュには分からない。

「……お嬢様?」

 腕の中で急に大人しくなったリリーシュに、背後から顔を覗き込むようにユージーンが声をかけた。リリーシュの口内からゆっくりと指を引き抜き優しく顎に手を添えてリリーシュの顔を自分に向ける。
 頬を赤らめ新緑の瞳を潤ませ見上げてくるリリーシュの姿に、ユージーンはごくりと喉を鳴らした。

「せっかく自由になったのに……」
「私の自由は私が決めます」

 ユージーンの言葉にリリーシュはくしゃりと泣きそうな顔をする。

「貴方を自由にしたいの。もう、私が貴方を助けたことを重荷に感じないで。いつまでも私に恩を返そうとしないで」
「そんな風に思っていません」
「でも、そう言ってたわ。あの夜……」
「あの夜?」

 リリーシュは覗くつもりはなかったのだと謝罪し、女性とユージーンの逢瀬を目撃してしまったと小さな消え入りそうな声で話した。その時耳にしたユージーンの言葉も。
 暫く黙って聞いていたユージーンは、がっくりと項垂れリリーシュの肩に額を寄せた。

「……ユージーン?」
「あれをそんな風に捉えていたとは……」
「でも、く、口づけをしていたでしょう。だから……」
「していません」
「え?」
「なるほど、あの角度からはそう見えたかもしれませんが、そんな事はしていません」
「え、え? じゃああの人は……、え、あの角度?」
「全く知らない人間ですし、お嬢様がいた事は知っていました」
「ええ!?」

 今度はリリーシュが盛大に驚いてユージーンを見た。

「どんな思いで貴女の傍にいるのか知ってもらいたくて話したつもりでした」
「わ、私、私のせいで貴方を縛り付けているんだとばかり……」
「そんな風に思った事はありません」
「あの人と一緒になるんだと……」
「私はお嬢様に一生仕えていくと誓った身です」

 リリーシュは空いている手で口元を覆った。一体どういう事なのか、頭が混乱して上手く働かない。
 
「……わ、私もう、お嬢様じゃないわ」
「では、お名前をお呼びしても?」

 腕の中で小さく頷く柔らかい身体を優しく包み込みながら、ユージーンは深く息を吸い、初めてその名を呼んだ。

「……リリーシュ」

 小さく肩を揺らしたリリーシュの耳元に唇を寄せ、もう一度囁く。

「リリーシュ」

 その声に込められた熱に、リリーシュの瞳からひとつ、ポロリと涙がこぼれる。
 頬に添えられた掌から伝わるユージーンの熱が、リリーシュの心を溶かしていく。

「……やっと、貴女の名を呼べた」

 ユージーンが重ねていた手を解き、逞しい腕でリリーシュを抱き締め腕の中に閉じ込めると、首元に顔を埋め深く息を吸い込んだ。

「リリーシュ……、リリーシュ、リリーシュ」
「ゆ、ユージーン、あの……」
「……リリーシュ、もしかして落ち込んでいたのは、あの男の事ではない……?」

 リリーシュの動きがぴたりと止まった。
 がばっと身体を離し信じられない思いでユージーンがリリーシュの顔をじっと見つめると、リリーシュの顔がみるみる真っ赤に染まり、ふるふると身体を震わせた。

「リリーシュ……の事が好きですか……? いつから……」
「わ、分からないわそんな事! え、……きゃあ!」
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