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7.自由をあなたに
しおりを挟むギルドのある中心部から少し離れた小さな家の鍵を開け、ユージーンはまるで自分の家のように室内に入った。
ここまで散々暴れたリリーシュは諦めて大人しく肩に担がれたままでいた。ユージーンは先ほどから何も話さない。こうなると頑固なのだとリリーシュは知っている。
雨戸が締め切られ薄暗い室内にある一つだけ置かれたソファに、ユージーンはそっとリリーシュを降ろした。
リリーシュはユージーンの顔を見ようと見上げたが、すぐに背を向けられてしまった。次々と雨戸を開け光を取り込むその広い背中をじっと見つめ、リリーシュは名前を呼んだ。
「ユージーン」
ユージーンがピタリと動きを止めた。じっと立ちすくんだまま動かない。
「ユージーン」
もう一度名を呼ぶと、また肩が揺れる。だが振り向かない。リリーシュは内心苦笑しながら、そっと囁いた。
「ユージーン、顔を見せて」
ユージーンは逡巡の後、ゆっくりと振り返る。
窓からの逆光でよく顔が見えないが、赤いピアスと銀色の髪だけがキラキラと輝いている。
「……どうしてここにいるの」
聞きたいことは沢山ある。あり過ぎて、リリーシュの口からは問いただすような言葉が出た。
「……」
「ごめんなさい、別に責めているわけでは……」
「……一年」
「え?」
リリーシュは顔を上げてユージーンを見た。逆光で表情は分からないが、瞳だけが輝き射抜くようにリリーシュを見ている。
「一年、大人しくしてくださいと言いました」
「してたわよ?」
「家を探していたとか」
「……準備をしていただけよ」
「ここが用意した家です」
「え?」
「本当に……早く戻ってよかった」
ユージーンがぶつぶつ呟くのを放っておいて、リリーシュは改めて室内を見渡した。
まだ家具のほとんどない家はこじんまりとしているが、リリーシュ一人には広いくらいだ。リリーシュはまじまじとユージーンを見た。
「どうしてそんなことを知ってるの? 私の事をギルド長が報告してたの?」
「……」
ユージーンはふいっと視線を逸らした。答えたくない時の癖だ。そんな姿にリリーシュは懐かしさが込み上げ嬉しくなった。
(半年しか経っていないのに)
自分が随分とユージーンを恋しく思っていたのだと分かり、リリーシュは心の内で苦笑する。
だが駄目だと、リリーシュは唇を噛む。
ユージーンを巻き込むわけにはいかない。何のためにユージーンを置いてきたのか。何のために自分一人で国を出てきたのか。
ユージーンのためなのだ。
――俺にはお嬢様がいるから、一緒にはなれない。
トーマスがよその令嬢と仲睦まじく過ごしているのを目の当たりにした時、リリーシュはそれほど悲しまなかった。自分のようなつまらない人間と一緒にいるよりも、ずっとトーマスに相応しい女性だと思ったのだ。
そしてそれをユージーンに報告しようと探していると、使用人の玄関の前でユージーンが美しい人と口付けをしているのを見た。
リリーシュは息が止まり、その場に立ち尽くした。
「ユージーン、私と一緒に来て。お願い、ここから出ましょう」
美しい金色の髪の女性が、ユージーンに縋りその胸に顔を埋めていた。ユージーンは眉根を寄せ、女性の肩を掴み引き剥がした。
「俺にはお嬢様がいるから、一緒にはなれない」
「そんなにあの子が大事なの!?」
「……お嬢様は俺を助けてくれた方だ。俺は一生、あの人に仕えると決めた」
リリーシュにとって、トーマスの事よりも、その夜見たユージーンの台詞が一番心を抉られる出来事だった。
(私のせい?)
ユージーンは自分に縛られている。自分が、ユージーンの自由を奪っている。
自由を奪われる事を一番嫌う、この自分が。
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