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ユーレクとエーリク

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「ここまで行けばこちらの手の者が城門を開ける手筈になっています」
「この人数では多い。ここと、ここ。それからここにもそれぞれ分散させろ」
「はっ」
「魔物の目撃があった場所はどこだ」
「ここです」
「ここは教会か?」
「はい。彼の国の教会は数年前から機能しておりません。荒れ果て朽ちているとの報告がありました」
「皮肉なものだ。朽ちた教会に魔物が現れるとはな」
「ねえユーレク、君なんかいいことあった?」
「「「……」」」

 砦を出発して三日目、村外れの廃屋に身を潜めランタンを一つ灯し、彼の国の地図を広げ部下と打ち合わせをしているところへ、のんびりとエーリクが声を掛けた。

「……エーリク、状況分かってんのか?」

 ユーレクが苛立ちを隠さずエーリクを睨み付けた。

「ああごめん、今のこの状況のことじゃなくてね、なんて言うか……雰囲気変わったなと思って」
「だから! 何故今その話になるんだ!?」
「ふふ、否定しないんだね」
「殿下、まさか……」
「なんだ」
「……ガラムが風邪を引いたと仰ってましたが、元気になったのですか?」
「違う! いや違わねえけど、何でそこで俺の亀が出てくるんだ!」
「ガラム元気なの? 凄いな、本当に長生きする亀なんだね」
「殿下、亀を飼われているのですか? 俺、実は家でトカゲを……」
「うるせえな! 今そんな話じゃねえだろ!」
「いいね、トカゲ! どんな種類?」
「エーリク、いい加減にしろよ!」

 騒ぐ騎士たちを尻目にロイドは部屋の片隅で剣を研ぎながら、ユーレクとエーリクの二人が出会った日のことを思い出し、思わず口許を緩めた。

 *


「お前! 俺と勝負しろ!」


 王都騎士団の訓練場に響くいつもの声。
 その声を聞き、騎士達に指導をしていたロイドはまたか、と項垂れた。

 いつの日からか訓練場に出入りするようになった高貴なお方。
 次々と騎士達に勝負を挑み、傷付けるわけにはいかないと気を使う騎士達を模造刀でしこたま殴って帰って行く。
 力の加減もできない年頃だが最近になってギフトが判明したらしく、尚のことその腕白振りに拍車が掛かっていた。ギフトのせいもあるだろうが、これが結構痛いらしいのだ。ここのところ、あちこちに痣の出来た騎士が多い。
 今日もまた騎士に絡んでいるのだろうと、だが立場上放っておくわけにもいかず、ロイドは騎士に一声かけるとその場を離れ声の持ち主の元へ足を向けた。


 訓練場の一角で、腰に手を当て堂々たる風情で立つ少年。
 少年の真っ青な髪が風に靡き朗々と響く声。

「俺と勝負する名誉をお前にやろう!」

 ビシリと相手を指差して、高貴なお方は権高に口端を上げる。
 ロイドはどうしたものかと声を掛けられた相手に視線を向けると、その少年は驚いた表情をしたものの、すぐに柔らかな笑顔で片手を差し出した。

「こんにちは。エーリク・カーステンスです」

 キラキラと日に煌めく金髪を靡かせた少年は、最近ここに出入りするようになった辺境伯の甥。
 ギフトが判明し、更に鍛えたいのだと自らロイドに訓練場の使用を願い出た少年だ。こうしてやって来ては手の空いた騎士に指導してもらっている。

 何故高貴なお方が二人もこんな所にいるのか理解できない。
 ロイドは口許に手を当て、溢れそうなため息をグッと飲み込んだ。

「ふん、お前に名乗る名などない。剣を取れ、勝負だ!」

 エーリクが差し出した手を払い除け、高貴なお方は模造刀の切っ先をエーリクの顔の前に向けた。
 決闘ではないのだ、その振る舞いは良くない。
 ロイドが注意しようと一歩前に出ると同時に、その場に声が響いた。

「そのような振る舞いは騎士として恥ずべき行為です。剣を下ろしなさい!」

 真っ赤な髪をひとつに纏め、同じく模造刀を腰に佩いているアミアが眉根を寄せ厳しく言葉を放ったのだ。

 高貴なお方はアミアの姿を見るとぐ、と喉を詰まらせ視線をうろうろと彷徨わせながら剣を下ろした。不敬と思いつつ、よく躾けられているなと感心し、ロイドはこの一部始終を傍観することに決めた。

「先日も、この訓練場を利用されるのであれば騎士としての振る舞いを身に付けるようお教えしたはずです」
「……分かっている」
「では、仮に模造刀であっても軽々しく人の眼前に切っ先を向けるなどおやめ下さい」
「……分かった」

 存外素直な少年なのだろう、アミアに指摘されたことに目を逸らせながらも頷く様をロイドは目を細め見守った。
 高貴なお方はこほん、と一つ咳払いをすると、仕切り直しなのか改めてエーリクに向かって胸を張った。

「お前、さっきから見ていると俺の相手に相応しい腕前のようだ。この俺が相手をしてやろう」
「本当ですか? ありがとうございます、ユリウス殿下!」
「ち、違う! そんな名ではない!」

 その青い髪と瞳で王家の人間だと一目瞭然なのだが。ロイドはギフトが未だに安定せずユラユラと黄金の瞳を煌めかせるユリウスを見つめ、同じ年頃だと言うのに落ち着いた風情のエーリクに視線を移す。
 エーリクも鍛錬をして興奮しているからなのか、時折その翡翠の瞳に黄金が走る。
 どちらも王家の人間として確かに剣の腕はある。その実力を見比べてみたいと言う好奇心がロイドの中にムクムクと湧いてきた。

「お前、なんと言った? エーリク……」
「エーリク・カーステンスです」
「……ああ、辺境伯の甥だな、兄上たちと勉強している」
「はい。僕も隣国への留学について行くことになりましたので」
「そうか、お前も一緒なのか」
「ユリウス殿下もご一緒だとお聞きしています」
「行かない。俺は剣の腕を上げるのに忙しいんだ。勉強などしている暇はない! だ、大体俺はそんな名ではないと言ってるだろう!」

 ユリウスは手持ち無沙汰に模造刀をニギニギと弄り、アミアに睨まれる。途端、ピッと背筋を伸ばした。

「ではなんとお呼びしたらよろしいでしょうか」
「好きに呼べばいいだろ」
「え、ええと……」

 その時、ワンッと仔犬の吠える声が休憩用の四阿から響き、小さな黒い影が飛び出して来た。

「あ、ゾッケ駄目だよ!」

 エーリクのそばを通り過ぎ、ゾッケはユリウスの足元に戯れた。その靴をガブガブと甘噛みし、ブーツの紐をグイグイと引っ張る。

「わ、なんだお前の犬か?」

 ユリウスは足元に戯れるゾッケを抱き上げその顔を覗き込んだ。

「申し訳ありません、まだ仔犬でやんちゃなんです」
「そうか。珍しいな、黒い犬だ」

 ユリウスはゾッケに顔を舐められてケラケラと笑う。エーリクはハラハラと心配そうにし、だが取り上げるわけにも行かないのだろう手のやり場に困っている。

「そう言えば、辺境伯の婚約者は黒い髪だったな」

 ユリウスが何気なく放った言葉に、途端にエーリクの空気が変わった。びりびりと空気を震わせ、瞳が黄金色に変わった。
 側にいるアミアも感じたらしく、二人の間に立とうと前に出る。ロイドは組んでいた腕を下ろし、彼等に近付いた。

「……お会いしたことがありましたか?」
「王城の夜会に出席していた。あ、いや偶然見かけただけだ」

 ユリウスはそんな空気などお構いなしに、ゾッケを腕の中に抱き機嫌良く笑った。

「カッコいいよな!」
「……え?」
「本当に黒い髪だった! カッコよくて美しかったぞ! 皆は黒は不吉だなんて言うが、俺はそう思わない。王家の者は皆、強さの象徴として黒を身に纏ってるじゃないか。それを生まれながらに持っているなんて、凄く羨ましい。俺も黒髪になりたかった」

 ユリウスはゾッケをエーリクに手渡した。

「いい犬だな。黒いし、強い奴になる」

 エーリクはゾッケを受け取ると、ギュッと抱き締めユリウスを見つめた。

「僕もそう思います。黒は強い色です」
「そうだろ? 一番強い色だ」

 ゾッケはエーリクの腕から体を捩って逃げ出すと、離れた場所で訓練している他の騎士たちの足元に駆けて行った。突然現れ戯れてくる仔犬に騎士たちが驚きの声を上げる。

「ははっ! 本当にやんちゃだな! 俺も犬を飼いたいが母上が許してくれない。飼っていいのはガラムだけなんだ」
「ガラム?」
「俺の飼ってる亀だ。すごく大きいんだが、とにかく動かない。餌を食べる時だけだな」
「大きい亀? そんなのがいるんですか?」
「庭にいるぞ。なんだ、見たことないのか?」
「ありません、本では読んだことはありますが…」
「なんだ、今度見せてやるよ。運が良ければ動いてるところも見られるかもな」
「凄い、見たいです!」
「そうか! ガラムの餌の時間に来るといい!」

 瞳をキラキラさせて前のめりに言うエーリクに、ユリウスは腰に手を当てながら声を出して笑った。

「……殿下もご一緒だと僕は嬉しいです」
「ん?」
「留学、殿下も一緒ですか?」
「な、なんだよ、俺は行かねえし、殿下なんかじゃないって」
「じゃあ……ユーレク」
「は?」
「好きに呼べばいいと」
「言っ……た、ケド」
「僕はユーレクと一緒に隣国で剣術を学びたいです」
「剣術? 隣国の剣術って凄いのか?」
「凄いですよ! この国の剣技とはまた違う扱いなんです」
「へええ! お前出来るのか?」
「まだ本で読んだものを真似ているだけです。実際に隣国で学ぶことが出来ると聞いています」
「なんだよそれ、俺はそんなこと聞いてないぞ」
「本ならあります、読みますか?」
「読む!」

 ユリウスはパッと顔を輝かせると、エーリクと共に四阿に向かった。

「本を読んだら早速試してみよう!」
「いいですね! 僕も一人で型をなぞるだけで、誰かと手合わせをしたことがないんです」
「先に始めた分、エーリクの方が有利じゃないか」
「でもユーレクならあっという間に身に付きますよ」

 四阿で本を広げながら二人の少年は声を上げて笑い、語り合う。

 ロイドはそっとアミアに近付くと、その場を護衛に任せて静かに立ち去った。

「いい友人ができたようですね」
「そうだな。まだ暫くは賑やかなままになりそうだ」
「まさか私に彼等の面倒を見ろと?」
「殿下のあしらい方はアミアが一番だ。騎士のなんたるかを教えて差し上げればいい」
「それでは責任を持って、騎士の中の騎士を育成しなければなりませんね」
「ははっ、任せたぞ」
「お任せ下さい」

 アミアは胸に手を当て騎士の礼を取りロイドに応えた。

 *
 
 いつの間にか飼っている亀やらトカゲの話になり、部下からは笑い声まで上がっている。ユリウスも一緒になって笑い、一時だけ緊張から解放された。
 殺伐としていた部隊の雰囲気は、エーリクが合流したことでユリウスの雰囲気も変わりいい方向に流れが向いた。
 決して任務が楽になったわけではないが、心を許す相手がいるのは大事なことなのだ。上官の雰囲気が変われば部下も変わる。それだけユリウスが部下に与える影響が大きい。

 ロイドはエーリクに、そしてエーリクを送り出した辺境伯に、この巡り合わせに、感謝の意を込め己の信じるものに心から祈った。

 そして誰一人欠けることなく国へ帰れるようにと、強く願った。
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