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エーリク
しおりを挟むそれからすぐ、彼の国との間に横たわる二カ国で行われた戦闘により、彼の国の兵は遂に自国へと撤退した。
シュバルツヴァルドの国境近くにあった駐留地も、ユリウス率いる兵とシュバルツヴァルドの騎士たちにより壊滅状態となり、撤退を余儀なくされたのだ。
数だけの彼の国の兵など取るに足りず、圧倒的な統率力と武力、智力で恐怖を植え付ければ後は簡単に崩れていく。
彼の国の兵達の拠点が次々と焼き払われ、バラバラと逃げていく様を目の当たりにした二カ国はその力の前に屈し、己の城へユリウスを招いた。
元々二カ国は、彼の国に便乗し獣人から様々な旨味を搾取している国だった。決して加勢せず傍観し、甘い言葉を吐いて搾取する。
彼等の労働力と安定した国力をこの戦時下で安く買い叩いていた彼等は、他国の支援など形ばかりだと考えていた。このまま様子を見て良きところで同盟に加われば良いとたかを括っていたのだ。
ところが、最強と謳われるギフトを持つ王国の人間が介入し、いとも簡単に彼の国の兵を撤退させたその力の前に、己の置かれている立場を理解した二カ国は、自国内部の強い反発もありあっさりと屈したのだった。
今後、二カ国は同盟国より政治的制裁を受けることになるが、この程度で済むはずもなく、貴族達の反発を買った王政は幕を下ろすことになる。
同盟国軍の進軍を耳にした彼の国の貴族や王族は我先にと逃亡を始め、シュバルツヴァルドの放った間者によって次々と捕らえられた。
王政に反旗を翻す彼の国の貴族たちの協力のもと、内部から崩壊を始めた王家は最早何も機能していなかった。
そして自国から逃れようと彼の国の人々が越境しようとするのを、ユリウスはここで食い止めていた。
「……存命か」
放った斥候の報告書を読み、ユリウスは椅子に背を預けた。古い木の椅子がギシリと音を立てる。
報告書には王城の奥深くにシュバルツヴァルドの王太子が幽閉されていると書かれていた。
だが詳細が全く分からない。
「この混乱に乗じて入国するしかないな」
「出発は」
「今夜だ」
ロイドは頷くと入り口に立つ衛兵に一つ頷き人払いをした。
「もう一枚の報告書はどうお考えになりますか」
「ああ…」
ユリウスは立ち上がり、暖炉に報告書を焚べた。
一瞬で火が燃え移り黒く崩れていく。
「魔物か」
―――彼の国に魔物が現れる
報告書には確かにそう記載されていた。
現在、魔物の出現は深淵の森でしか確認されていない。
そのような場所が彼の国にもあるという報告はこれまで一度も上がったことがなかった。
もしこの報告がその通りならば、人を魔物のような能力を持つ兵士に変える薬を精製することも可能となる。
薬の開発については既に確認されているが、実用に至ってはいない。だがこの状況で彼の国がただ黙って攻め入られるのを指を咥えて見ているだろうか。
例えどんな副作用があろうとも、使用するのではないか。
「早く確認しないと手遅れになるね」
突然かけられた柔らかな声に、ロイドが素早く剣を振りかぶった。
「ロイド!」
ユリウスの声にびくりと身体を揺らし剣を止める。
ロイドは扉の前に立つフードの男を認めると、大きく息を吐き出し頭を抱えた。
「やあロイド、久し振りだね。片目が見えなくても流石の反応だ」
「……お戯れはおやめ下さい、斬るところでした」
「僕は斬れないよ、ロイド」
のんびりした口調でニコニコとロイドの肩に手を置くと、暖炉の前で不機嫌に眉を寄せるユリウスに向かってフードを取り輝くような笑顔を向けた。
「ユーレク、久し振りだね」
「……何してるんだ」
「何って、魔物の確認に?」
「何故そこで疑問系なんだよ」
「ふふ、君たちいつの間にか出立しちゃうから、伯父上の連絡も目にしてないでしょう」
「辺境の魔物は持ち出されていないと報告は受けている」
「でも似たものがあるみたいだ。僕はその確認のために君たちと行動を共にするよ」
ユーレクは幼い頃からの唯一の友に目を眇めた。
「今晩出立する。休んでいる暇はないぞ、エーリク」
「大丈夫だよ、ユーレク」
エーリクは柔らかく笑み、そのエメラルドの瞳を細めた。
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