上 下
21 / 52

柔らかく優しく2

しおりを挟む

 何度目かの絶頂を迎えると、キャンはそのまま気を失った。
 呼吸は落ち着き、すうすうと穏やかな寝息を立てている。頬に残る涙の跡をそっと拭う。

 ユーレクは階下で水を汲み、盥で布巾の水を絞ってキャンの顔、身体をきれいに清めていく。破れたシャツをそっと抜き去り、新しいシャツを着せた。
 恐らく最後まで……キャンの奥まで届かなかったために、媚薬の効果が消えるまで時間がかかったのだろう。
 だがだからと言って、ユーレクはこんなことでキャンに最後まで触れたくなかった。
 キャンの反応に、キャンにはまだ経験がないと分かり、理由もわからない状態でそんな大事なことをしたくないと思ったからだ。
 ベッド脇の椅子に腰掛け、キャンのミルクティ色の髪を優しく撫でる。そしてそこにある、同じ色の耳も。優しく撫でるとピクピクと嫌がるように動き、ユーレクの口許に思わず笑みが溢れた。

 昨晩、男達をロイドに託し森に逃げて行ったキャンを追ったユーレクには、暗い闇の中でもはっきりと周囲が見えていた。
 ギフトを解放したままキャンの気配を追い森の奥へ進むと、木に寄りかかり呼吸を荒くするキャンの後ろ姿が見えた。
 服は無惨にも破られ、その白い肌のあちこちに痣や切り傷があった。そしてその、俯く後ろ姿が震えユーレクを拒否するその理由を、ユーレクは初めて目の当たりにした。

 ふわふわのミルクティ色の髪と同じ三角の耳がふるふると震え、スカートから覗く細く長い尻尾がくったりと地面に伏せられていた。

(キャン……)

 あの頭に巻いている布も眼鏡も、全てはこれを隠すためだったのだ。
 保護者がいなくなったキャンは一人で生きていくために、自分の姿を隠さなければならなかった。
 たった一人、秘密を抱えて生きていくために。
 声を掛けるユーレクを頑なに拒み、なおもその場から逃れようとするキャンを、ユーレクは胸が締め付けられる思いで抱き締めた。抱き締めずにはいられなかった。
 優しく肩を撫で背中をさするとやがて、ブルブルと震える身体から力が抜け、キャンはその熱い身体をユーレクに託した。

 苦しむキャンを抱きかかえたユーレクはロイドの屋敷へ運ぼうとも考えたが、この状態ではやめた方がいいとカフェに戻った。
 何より、キャンのこの状態を他人に見せるのが嫌だったのだ。
 二階に上がりベッドにキャンを横たえると、その小さな刺激にすらキャンは声を上げ身を捩った。

(……媚薬だ)

 キャンの頬に触れるとそれだけで大きく身体が跳ね、ユーレクは咄嗟に手を引いた。
 媚薬は禁止薬物だが、それでも恋人たちが楽しむために効果の薄いものが一般的に出回っている。
 だがこれは明らかにその手の媚薬とは症状が違った。

 ユーレクは今回の任務にあたり、彼の国での獣人たちへの扱いや使われている薬について情報を集めていた。
 その薬のひとつに、獣人にしか効かないという媚薬があった。
 それは、身体の自由を奪い意識を薄れさせ、強制的に高みに昇らせる効果がある。訳も分からないうちに弄ばれ、そしてまた薬を使われる。彼の国には専用の娼館があり、他国から態々そこを利用するために多くの人間が集まると言う。
 男たちの使った薬は獣人用のものなのだろう。
 キャンが獣人だと分かって薬を用意したのだ。
 何故? 何故キャンが獣人だと分かったのか。
 キャンを襲った男達のうち、一人に見覚えがあった。街でキャンに絡んでいた男だ。
 あの時に分かるような何かがあったとは考えられない。
 では、誰かに吹き込まれたのか。
 キャンが獣人だと知っている人物はそういない。ユーレクすら知らなかったのだ。
 だが同じ……同じ獣人ならば。

 ユーレクは怒りで体が震えた。胃の腑が燃えるように熱くなり後悔と激しい怒りの念が押し寄せる。
 身の内にこんなにも激しい感情が渦巻いたことはない。ビリビリと空気を震わせ窓がガタガタと音を立て震えた。
 ユーレクは深く息を吐き出し、ベッドで苦しむキャンに視線を向けた。
 今はまず、この子を救わなければ。

 強制的に高められた快感は苦痛でしかない。
 本来は幸せであるはずの行為も、本人の意思と関係なく一方が快楽を得るためだけに人為的に作られたものだ。
 愛撫も愛の言葉もなく、ただ突然昂ぶりを覚える。
 経験した事がなければ猶更、この感覚が何なのか分からないだろう。

(こんな薬なんかで……こんな風に触れたくなかった)

 キャンに初めて触れるなら、自分のキャンへの思いを告げたい。そして、自分の手で優しく触れ、キスを交わして蕩けさせたい。ユーレクはそう願っていた。

 ポロポロと涙を溢しながら己の腕に縋るキャンに、ユーレクは息を止めた。
 助けるにはどうしたらいいのか、ユーレクは分かっていた。
 だがこの子はそれが何なのか知らないだろうし、こんな形で知る事ではない。そのことがユーレクを苛んだ。
 せめて、辛い思い出だけにならないで欲しいと願いを込めて、柔らかな桜色の唇に触れるだけのキスをした。
 初めは何をされたのか分かっていない様子を見せたが、二回目のキスをすると驚きに目を見開き顔を更に赤く染めた。その様子を見詰めていたユーレクは、角度を変えて何度も唇を優しく啄んだ。
 怖がらせないように、優しく。
 何度も名前を呼び、丁寧に解して高みに昇らせる。
 ユーレクは辛抱強くキャンを抱き締め、柔らかな肌を愛撫し何度もキスをしたのだった。


 疲れ切って眠るキャンの頬にひとつキスを落とすと、ユーレクは盥と布巾を持ち階下へ降りた。
 そして、否応にも反応した自分の昂ぶりを鎮めようと、何度も何度も、井戸の水を頭から被った。

 見上げると空はうっすらと白みはじめ、真っ黒だった森を柔らかく照らしはじめていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R-18】悪役令嬢ですが、罠に嵌まって張型つき木馬に跨がる事になりました!

臣桜
恋愛
悪役令嬢エトラは、王女と聖女とお茶会をしたあと、真っ白な空間にいた。 そこには張型のついた木馬があり『ご自由に跨がってください。絶頂すれば元の世界に戻れます』の文字が……。 ※ムーンライトノベルズ様にも重複投稿しています ※表紙はニジジャーニーで生成しました

大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました

扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!? *こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。 ―― ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。 そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。 その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。 結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。 が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。 彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。 しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。 どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。 そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。 ――もしかして、これは嫌がらせ? メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。 「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」 どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……? *WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。

【R18】国王陛下はずっとご執心です〜我慢して何も得られないのなら、どんな手を使ってでも愛する人を手に入れよう〜

まさかの
恋愛
濃厚な甘々えっちシーンばかりですので閲覧注意してください! 題名の☆マークがえっちシーンありです。 王位を内乱勝ち取った国王ジルダールは護衛騎士のクラリスのことを愛していた。 しかし彼女はその気持ちに気付きながらも、自分にはその資格が無いとジルダールの愛を拒み続ける。 肌を重ねても去ってしまう彼女の居ない日々を過ごしていたが、実の兄のクーデターによって命の危険に晒される。 彼はやっと理解した。 我慢した先に何もないことを。 ジルダールは彼女の愛を手に入れるために我慢しないことにした。 小説家になろう、アルファポリスで投稿しています。

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

クソつよ性欲隠して結婚したら草食系旦那が巨根で絶倫だった

山吹花月
恋愛
『穢れを知らぬ清廉な乙女』と『王子系聖人君子』 色欲とは無縁と思われている夫婦は互いに欲望を隠していた。 ◇ムーンライトノベルズ様へも掲載しております。

《R18短編》優しい婚約者の素顔

あみにあ
恋愛
私の婚約者は、ずっと昔からお兄様と慕っていた彼。 優しくて、面白くて、頼りになって、甘えさせてくれるお兄様が好き。 それに文武両道、品行方正、眉目秀麗、令嬢たちのあこがれの存在。 そんなお兄様と婚約出来て、不平不満なんてあるはずない。 そうわかっているはずなのに、結婚が近づくにつれて何だか胸がモヤモヤするの。 そんな暗い気持ちの正体を教えてくれたのは―――――。 ※6000字程度で、サクサクと読める短編小説です。 ※無理矢理な描写がございます、苦手な方はご注意下さい。

【R18】幼馴染な陛下と、甘々な毎日になりました💕

月極まろん
恋愛
 幼なじみの陛下に、気持ちだけでも伝えたくて。いい思い出にしたくて告白したのに、執務室のソファに座らせられて、なぜかこんなえっちな日々になりました。

色々と疲れた乙女は最強の騎士様の甘い攻撃に陥落しました

灰兎
恋愛
「ルイーズ、もう少し脚を開けますか?」優しく聞いてくれるマチアスは、多分、もう待ちきれないのを必死に我慢してくれている。 恋愛経験も無いままに婚約破棄まで経験して、色々と疲れているお年頃の女の子、ルイーズ。優秀で容姿端麗なのに恋愛初心者のルイーズ相手には四苦八苦、でもやっぱり最後には絶対無敵の最強だった騎士、マチアス。二人の両片思いは色んな意味でもう我慢出来なくなった騎士様によってぶち壊されました。めでたしめでたし。

処理中です...