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柔らかく優しく2
しおりを挟む何度目かの絶頂を迎えると、キャンはそのまま気を失った。
呼吸は落ち着き、すうすうと穏やかな寝息を立てている。頬に残る涙の跡をそっと拭う。
ユーレクは階下で水を汲み、盥で布巾の水を絞ってキャンの顔、身体をきれいに清めていく。破れたシャツをそっと抜き去り、新しいシャツを着せた。
恐らく最後まで……キャンの奥まで届かなかったために、媚薬の効果が消えるまで時間がかかったのだろう。
だがだからと言って、ユーレクはこんなことでキャンに最後まで触れたくなかった。
キャンの反応に、キャンにはまだ経験がないと分かり、理由もわからない状態でそんな大事なことをしたくないと思ったからだ。
ベッド脇の椅子に腰掛け、キャンのミルクティ色の髪を優しく撫でる。そしてそこにある、同じ色の耳も。優しく撫でるとピクピクと嫌がるように動き、ユーレクの口許に思わず笑みが溢れた。
昨晩、男達をロイドに託し森に逃げて行ったキャンを追ったユーレクには、暗い闇の中でもはっきりと周囲が見えていた。
ギフトを解放したままキャンの気配を追い森の奥へ進むと、木に寄りかかり呼吸を荒くするキャンの後ろ姿が見えた。
服は無惨にも破られ、その白い肌のあちこちに痣や切り傷があった。そしてその、俯く後ろ姿が震えユーレクを拒否するその理由を、ユーレクは初めて目の当たりにした。
ふわふわのミルクティ色の髪と同じ三角の耳がふるふると震え、スカートから覗く細く長い尻尾がくったりと地面に伏せられていた。
(キャン……)
あの頭に巻いている布も眼鏡も、全てはこれを隠すためだったのだ。
保護者がいなくなったキャンは一人で生きていくために、自分の姿を隠さなければならなかった。
たった一人、秘密を抱えて生きていくために。
声を掛けるユーレクを頑なに拒み、なおもその場から逃れようとするキャンを、ユーレクは胸が締め付けられる思いで抱き締めた。抱き締めずにはいられなかった。
優しく肩を撫で背中をさするとやがて、ブルブルと震える身体から力が抜け、キャンはその熱い身体をユーレクに託した。
苦しむキャンを抱きかかえたユーレクはロイドの屋敷へ運ぼうとも考えたが、この状態ではやめた方がいいとカフェに戻った。
何より、キャンのこの状態を他人に見せるのが嫌だったのだ。
二階に上がりベッドにキャンを横たえると、その小さな刺激にすらキャンは声を上げ身を捩った。
(……媚薬だ)
キャンの頬に触れるとそれだけで大きく身体が跳ね、ユーレクは咄嗟に手を引いた。
媚薬は禁止薬物だが、それでも恋人たちが楽しむために効果の薄いものが一般的に出回っている。
だがこれは明らかにその手の媚薬とは症状が違った。
ユーレクは今回の任務にあたり、彼の国での獣人たちへの扱いや使われている薬について情報を集めていた。
その薬のひとつに、獣人にしか効かないという媚薬があった。
それは、身体の自由を奪い意識を薄れさせ、強制的に高みに昇らせる効果がある。訳も分からないうちに弄ばれ、そしてまた薬を使われる。彼の国には専用の娼館があり、他国から態々そこを利用するために多くの人間が集まると言う。
男たちの使った薬は獣人用のものなのだろう。
キャンが獣人だと分かって薬を用意したのだ。
何故? 何故キャンが獣人だと分かったのか。
キャンを襲った男達のうち、一人に見覚えがあった。街でキャンに絡んでいた男だ。
あの時に分かるような何かがあったとは考えられない。
では、誰かに吹き込まれたのか。
キャンが獣人だと知っている人物はそういない。ユーレクすら知らなかったのだ。
だが同じ……同じ獣人ならば。
ユーレクは怒りで体が震えた。胃の腑が燃えるように熱くなり後悔と激しい怒りの念が押し寄せる。
身の内にこんなにも激しい感情が渦巻いたことはない。ビリビリと空気を震わせ窓がガタガタと音を立て震えた。
ユーレクは深く息を吐き出し、ベッドで苦しむキャンに視線を向けた。
今はまず、この子を救わなければ。
強制的に高められた快感は苦痛でしかない。
本来は幸せであるはずの行為も、本人の意思と関係なく一方が快楽を得るためだけに人為的に作られたものだ。
愛撫も愛の言葉もなく、ただ突然昂ぶりを覚える。
経験した事がなければ猶更、この感覚が何なのか分からないだろう。
(こんな薬なんかで……こんな風に触れたくなかった)
キャンに初めて触れるなら、自分のキャンへの思いを告げたい。そして、自分の手で優しく触れ、キスを交わして蕩けさせたい。ユーレクはそう願っていた。
ポロポロと涙を溢しながら己の腕に縋るキャンに、ユーレクは息を止めた。
助けるにはどうしたらいいのか、ユーレクは分かっていた。
だがこの子はそれが何なのか知らないだろうし、こんな形で知る事ではない。そのことがユーレクを苛んだ。
せめて、辛い思い出だけにならないで欲しいと願いを込めて、柔らかな桜色の唇に触れるだけのキスをした。
初めは何をされたのか分かっていない様子を見せたが、二回目のキスをすると驚きに目を見開き顔を更に赤く染めた。その様子を見詰めていたユーレクは、角度を変えて何度も唇を優しく啄んだ。
怖がらせないように、優しく。
何度も名前を呼び、丁寧に解して高みに昇らせる。
ユーレクは辛抱強くキャンを抱き締め、柔らかな肌を愛撫し何度もキスをしたのだった。
疲れ切って眠るキャンの頬にひとつキスを落とすと、ユーレクは盥と布巾を持ち階下へ降りた。
そして、否応にも反応した自分の昂ぶりを鎮めようと、何度も何度も、井戸の水を頭から被った。
見上げると空はうっすらと白みはじめ、真っ黒だった森を柔らかく照らしはじめていた。
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