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エスコート
しおりを挟むパッとユーレクが立ち上がり腰の剣に手をやると店の扉がゆっくりと開かれカラン、とベルが鳴った。
見ると、見覚えのある紋章をつけた甲冑の騎士が扉を開け、身体を横にずらした。
その横を通り抜け店内に入って来たピンクのドレスを纏った令嬢は、ユーレクを見ると頬を赤らめた。
「ユーレク様!」
「バーンズ子爵令嬢」
ユーレクは騎士の礼を取るとニッコリと笑って見せる。
こんなドレスを纏った令嬢がどうやってここまで登って来たのかと扉の前に立つ護衛騎士を見ると、騎士は額に汗を浮かばせている。
「御令嬢もこちらの店に用事が?」
そんな話はキャンから聞いたことがない。それに、扉には閉店の札が掛かっていた筈だ。
「あの、ユーレク様の馬が下に繋がれていましたので……」
ただそれだけで馬車を止め、ここまで護衛騎士に抱えて連れて来てもらったのだろうか。
何となく護衛騎士の苦労を垣間見た気がしてユーレクはまたチラリと騎士に視線を向けた。騎士の額から汗がパタリと床に落ちた。
「ユーレク様はこんな所で何を?」
「見回りの最中です」
「まあ! 見回りの最中だというのにユーレク様をここで引き留めているの?」
「いえ、そのような」
「身分も弁えない平民が騎士様のお仕事の邪魔をするなんて」
令嬢はそう言うとカウンターの向こうにいるキャンを睨み付けた。キャンは聞いているのかいないのか、カウンター内で手を休めることはない。見るといつの間にかいつもの眼鏡をかけ、先程まで頭に巻いていた布から大きな布に巻き直している。
さっと二人の横を通り抜けたキャンは扉の前に立つ騎士にグラスとおしぼりを差し出した。
騎士は一瞬驚いた顔を見せ、だが静かに微笑んでキャンに礼を言い受け取った。
はにかむように笑うキャンを見て、ユーレクは鳩尾のあたりがズクリと病んだ気がした。
「ユーレク様、お食事でしたら私の屋敷でいかがですか?」
ユーレクの無言を肯定と受け取った令嬢は冷ややかにキャンを一瞥すると、すっと手を差し出した。
エスコートしろというのだ。
いつものユーレクならば淀みなくその手を取りエスコートするのだが、胸の内にモヤモヤと言葉に出来ない感情が渦巻いている。
「騎士様」
カウンターに戻ったキャンが控えめに声を掛けた。
一瞬、それが自分に掛けられたのだとユーレクは気が付かなかった。そんな風に呼ばれた事などないからだ。
「こんな所まで見回りに来ていただき、ありがとうございました」
キャンはペコリと頭を下げ、視線を下げたまま動かない。
ユーレクはその顔をじっと見つめる。
眼鏡の奥の瞳はどうなっているのか、なぜ今まるで無関係のように装うのか。
「ユーレク様」
いつまでも手を取らないユーレクに焦れて令嬢が再度声を掛ける。ユーレクは令嬢の手を取り、だがキャンに声を掛けた。
「……夜分は危ない。ちゃんと戸締りをして下さい」
「はい。ありがとうございます」
「……また来ます」
その言葉にキャンの口元が微かに笑んだ。
それを見てユーレクは後ろ髪が引かれる気持ちを抑え、令嬢と護衛騎士とともに店を後にした。
*
カラン、とベルの音がして顔を上げるともうそこには誰もいない。
カウンターには護衛騎士が置いて行ったグラスと手拭い、そして結局口を付ける事がないままのお皿。
それらを片付けながら、キャンはぼんやりと先程の令嬢とユーレクを思い出した。
綺麗なドレスを着て金髪を結い上げたあの女性はユーレクと並びお似合いだった。ユーレクのエスコートも当然のように受け、振る舞いもやはり貴族のもの。
(私とは違う……)
ユーレクも令嬢も、自分のような何者か分からない獣人とは違う。
ユーレクには耳も尻尾もない。
きっといつか、あの令嬢のようなお似合いの女性と結婚して家庭を持つのだろう。
自分はどうするのだろう。
コーイチが居なくなったここで、自分は一体どうするのだろう。
――キャンは自由なんだよ
いつかコーイチがポツリと言った言葉。それがどういう意味なのか今も分からない。疑問に答えてくれる人ももういない。
静かな店内でぼんやりしていると、足元で子猫がみゃあ、と鳴いた。
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