【完結】黄金の騎士は丘の上の猫を拾う

かほなみり

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宝物の人

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 結局その晩、ユーレクとロイドが店に来ることはなかった。

 店には八百屋のウェイが奥さんと来てくれてホワイトアスパラとアスパラのリゾット、アスパラのチーズ焼きを味わい大いに感激してくれた。ウェイはロイドが来ていないのを残念がっていたが、ホワイトアスパラの季節はまだ始まったばかりだからと、ロイドが来たら出してやって欲しいと手土産のワインを店に置いていった。

 次の日は約束通りティエルネがやって来た。
 ランチの時間にリゾットを出すと一口食べ感嘆の声を上げる。食べ方の上品な人だな、とカウンターからこっそり観察していたが、キャンはなんとなくティエルネが苦手だった。悪い人ではないのだ。優しく言葉を掛けてくれるしニコニコと笑っている。
 ただ、自分を観察するその視線が怖かった。

 それから三日が経つが、ワインはまだ預かったまま。
 それでもキャンは変わらず店の仕入れの為に毎日市へ出掛ける。
 店先を見て回り店主と話をして肉や野菜を買い、たまに異国の調味料を仕入れたりする。
 ついでに周囲にも視線を向けるが、見知らぬ騎士が見回りをしているのを見掛けるだけであの二人の姿はない。
 いつもなら女性達で溢れ返る噴水広場も、人が疎で休憩をする人達が腰掛けているだけだ。
 
(なに探してるんだろ、私)

 あの二人は騎士なのだ。自分には分からない任務もあるだろう。どうしても知りたければアミアに聞けば良いのだし。
 キャンは、ふ、と息をひとつ吐くと腰掛けていた噴水の縁から腰を上げた。

「キャン?」

 そこへ、優しい声がキャンを呼んだ。
 顔を上げると広場の向こうに背が高く姿勢の美しい赤毛の女性が侍女を伴い杖をついてこちらに向かって来るところだった。

「アミアさん!」

 大好きな人の姿を認めつい大きな声を出してしまった。
 はっ、と慌てて口を押さえる。
 アミアは笑いながらキャンの元までやって来てぎゅうっと抱きしめた。

「今日はなんて良い日だろう! こんな所でキャンに会えるなんて」

 そう言うと身体を離しキャンのかぶる麦わら帽子の大きなつばをペロリと捲って、ちゅ、と頬にキスをした。
 真っ直ぐサラサラと揺れる燃えるように赤い髪を顎のあたりで切り揃え、切長な新緑の瞳を細めるアミアはいつも良い匂いがする。
 アミアはロイドの宝物の人。
 元騎士でロイドの部下だったアミアは職務中に怪我を負い今も杖が手放せない生活を送っているが、活発で何事にも好奇心旺盛な女性だ。
 キャンが幼い頃から何かと面倒を見てくれて、コーイチが教えられないような女性のことや生活について色々教えてくれた母の様な人。
 知り合いの少ないキャンの、大切で大好きな人の一人だ。

「ちょうど良かった、キャンに渡したいものがあるんだ。時間があるなら屋敷に寄ってくれないかな」
「……私も、アミアさんにお願いがあって……」
「お願い? キャンのお願いなんて聞くに決まってる!」

 繊細な風貌に似つかわしくない豪快な笑い声を上げ、アミアはキャンの肩を抱いて歩き出した。

 *
 
「ああ、これはかぶれてるじゃないか」

 アミアはキャンの背中を見て眉根を寄せた。
 屋敷に戻りまずはキャンのお願いを、と話を聞くと、アミアはすぐに人払いをした。
 背中から腰にかけて強い痒みがあると言うから確認すると、肌が赤くなり湿疹も出ている。

「こんな暑い季節にそんな格好をしているからだよ」
「だってこれ、ポケットがたくさん付いていて便利なんです」
「何をそんなに入れてるんだ? ……布巾、栓抜きに、マッチ? コルクまで」

 アミアはそう言うと、パンパンに膨らんだキャンのポケットから次々とものを取り出す。

「なんだってこんなものを持ち歩いてるんだ?」
「癖なんです、お店でついポケットに入れちゃって」

 アミアは笑いながらキャンの額をピンと指で弾くと、薬箱から塗り薬を取り出し背中に塗りだした。くすぐったさにキャンが身を捩って逃げようとする。

「こら、逃げるんじゃない。ああもう、ほら尻尾も大人しくして!」
「ひゃ、アミアさん、くすぐったい……!」

 笑いながらアミアは顔の前でユラユラ揺れるミルクティ色の尻尾を手で払った。うひゃひゃ、と変な笑い声を上げてキャンはアミアの顔の前で尻尾を振る。

「腰に布を巻いて尻尾を隠す以外に何か方法はないもんかな」

 薬を塗り終わるとアミアはキャンのミルクティ色の髪を撫でた。普段、店で会う時は頭に布を巻いているので中々撫でる機会がない。
 だからこうして布を取ったキャンの姿を見ると、アミアはいつも飽きる事なく撫で続けるのだ。
 安心させる様に大きな動きでキャンの耳を撫で付けるアミアの手の動きに、キャンは気持ちよくて思わず目を細めた。

「キャン、眠くなった?」

 そう言ってキャンの頭にある髪と同じミルクティ色の三角耳をクニっと撫でる。キャンはその擽ったさに耳をパタパタした。

「……眠くないです」
「そうかな? 眠そうだよ」

 笑いながら撫でるアミアの手の優しさに、キャンは嬉しいような、でも切なくて苦しいような、心が締め付けられるような気持ちになる。
 それでもついうっとりと目を細め、この幸せな時間を享受した。
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