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会いたかった、帰らないで、好きです1
しおりを挟む「誕生日おめでとう、ルドヴィカ」
「ありがとう、お父様、お母様」
ある晴れた秋の日。
まだ強さを感じる日差しを避けるため、屋敷のコンサバトリーは天井から真っ白なレースを垂らし日陰を作っていた。風に揺れふわりと広がるレース、陽の光を浴びて眩しく輝くその様子が私は好きだった。
庭師が気合を入れて今日のために手入れをしてくれた美しい花々がいたるところに飾られ、ほのかに甘い香りも漂っていた。
その日は私の誕生日。両親は私の友人たちを呼び、パーティを開いてくれた。
料理長の気合の入った料理やケーキ、友人たちから贈られたプレゼント。使用人にもお祝いの言葉をもらい、私はとても幸せな一日を過ごした。
夜、パーティがお開きとなり皆をエントランスで見送って、私はやっと部屋に戻ることが出来た。少し飲んだワインに頭がふわふわしていて、高揚感も加わりずっと夢見心地だった。
侍女のユリに手伝ってもらい湯浴みを済ませ、寝支度をしてベッドへ潜り込む。
過保護なユリは私が大人しくベッドに入ったのを満足そうに見守ると、部屋の明かりを落とした。
ユリの足音が遠ざかり、辺りがしんと静まり返ったのを確認して、私は急いでベッドから飛び降りる。
昼間見つけた、友人たちのプレゼントに紛れていた小さな青い天鵞絨の箱。
私はその色を見て胸が高鳴った。
その場では開けず、でも誰にも触られたくなくてこっそりポケットに隠し持ち、部屋に戻ってすぐに引き出しにしまっていた。
引き出しからそっと箱を取り出し蓋を開けると、そこには美しく黄金色が揺らめく青い石のネックレスが。
「……エドアルド様の色だわ」
そっと指で石をなぞると、ゆらりと込められた魔力が揺れた。
『――コンサバトリーにおいで』
じわりとエドアルドの声が耳に届いた気がした。
(エドアルド様が来てる)
私は静かに、そっと部屋を出てコンサバトリーに向かった。
*
昼間の賑わいは嘘のように、今は明かりも最低限に落とされ月明かりの下で静かに佇んでいるコンサバトリー。
ガラス戸を静かに開け足を踏み入れると、飾られた花はそのまま甘い香りを漂わせていた。夜の静けさの中のほうが、その香りは濃く感じる。
「……エドアルド様?」
小さな声でそっとその名を呼ぶ。恋しい人のその名を声に出すのはいつ以来だろう。
胸がドキドキして、ギュッと天鵞絨の箱を握りしめた。
「ルドヴィカ」
ふわりと金色の粒が舞い、鼻腔を懐かしい香りが掠めた。爽やかな森の香りに、少しシトラスの爽やかさ。背後から柔らかく抱きしめられ、頬にひんやりと冷えた髪が触れた。
「エドアルド様!」
振り返ろうとすると、ぎゅうっと回された腕にきつく抱きしめられる。
「会いたかった、ルドヴィカ」
耳許に唇を寄せられ低く囁く声に、顔が熱くなる。エドアルドの唇が触れる耳まで熱くて恥ずかしい。
「わ、私も……、会いたかったです」
「うん」
すりすりと甘えるように肩口にエドアルドが顔を埋める。
(久しぶりに会ってこれは恥ずかしいわ!)
エドアルドと会ったのは春の頃。暖かな日差しの湖畔で手を繋ぎ、二人でのんびりと歩いた。領主さまのお屋敷に来訪していたエドアルドは三日ほどで王都へ帰ってしまったけれど、時間を作っては二人で出来る限り一緒に過ごした。
「今回も領主さまのお屋敷に滞在しているのですか?」
どきどきとうるさい鼓動を誤魔化すように、背後から抱き締めるエドアルドへ質問をする。回された腕にそっと触れるとすぐにその手に手を重ねられた。
「違うよ。ルドヴィカにどうしても会いたくて今来たんだ」
「え、今?」
「これ」
握ったままの天鵞絨の箱をトン、と指で突いたエドアルドはやっと腕の力を緩めた。その手に促され箱を渡すと、中身を取り出しそのまま私の首にかけてくれる。
「誕生日おめでとう、ルドヴィカ」
「あ、ありがとうございます」
胸元で輝く青い石が、薄暗いコンサバトリーでじんわりと輝く。
「魔法が込められています」
「私の魔力だよ。よく見てみて」
「?」
言われるままにそっと石を持ち上げじっと中を見てみると、黄金色に輝くのは繊細な古代文字。
「……魔法陣だわ。それもいくつもあります」
「正解。このネックレスはいつでも君を守るからね。身に着けていて」
「こんな高度な魔法陣、初めて見ました」
「転移魔法を込めているから、何かあったら使って欲しい。ただし、一度しか使えないんだ」
「転移魔法! こんな小さなものに!?」
まじまじと石を見つめていると、ふっと笑う気配がして顔を上げた。いつの間にか目の前にエドアルドが立っていて、柔らかな笑顔で私を見下ろしている。
「君ならそう言うと思った」
正面から見る月明かりを浴びたエドアルドの美しさに胸が詰まった。どうしたらこの人に、会いたかった以上の気持ちを伝えられるのだろう。
「私もこの石を使ってここまで来たんだ。ホラ」
そう言って見せてくれた掌に乗った石は黒ずみ、ひび割れている。つん、と指で触れてみても魔力は感じない。
「これを使用してここまで来たのですか?」
「うん。距離がありすぎるからね、ここまで来るのに何個か使ったんだ」
会えてよかった、と笑うエドアルドの笑顔に泣きそうになる。
「ルディ? どうしたの?」
エドアルドが心配そうに私の顔を覗き込む。背の高い彼が少し背を屈めて覗き込むのが私は好きだ。その少し上目遣いになる表情が好きで、とても恋しかった。
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