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私の中にある、好き1

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「ど、どうしよう……」

 エドアルドの圧に押されるように浴室へ続く扉を開け足を踏み入れると、脱衣所の台の上にあの白い箱が置かれていた。なんだかとんでもない存在感を放つその箱を見るのが怖くて、なるべく視界に入れないように、けれど逃げ場がないので急いでドレスを脱ぎ、浴槽に身を沈めた。
 温かく柔らかな湯には私の好きな香油が垂らしてあり、ずっとうるさく鳴っていた心臓が少し落ち着いて、やっと一息つけた気がする。
 私、お風呂が好きだわ。

 顎まで湯に浸かり、脱衣所にある白い箱について考える。
 あれを、私が自ら購入した?
 変身魔法をかけてもらってまで、直接店に足を運んであの露出の多い下着を購入した? どうして?

『あれは私の色をしていた。私のために用意したんじゃないかな?』

 エドアルドの言うとおり、多分そうなんだろうと思う。エドアルドのために、私が用意したのだろう。でも何故?
 エドアルドの誕生日? ……覚えていないから分からないけど、もしそうなら、エドアルド自身がすぐに気が付きそう。
 何か二人にとって特別な日があった? それだってすぐに私の行動に結び付け易い。エドアルドが不思議に思う、私の行動。
(どうしてあんなものを買ったの?)
 エドアルドに会いたくて、逸る気持ちを抑えて王都までやって来た、記憶を失う前の私。やっと会えた私の好きな、大好きな人。
(ああ、そうよね……)
 ぱしゃん、とお湯を顔にかけ両手で覆いため息を吐き出す。
 熱くなった顔を上げ、覚悟を決めて私は勢いよく浴槽から立ち上がった。

 *

「そろそろ迎えに行こうかと思っていたよ」

 一人掛けのソファで寛ぎ本を読んでいたエドアルドは、本から顔を上げると私の姿を見てふわりと笑った。
 
「そんなに着込んで、寒かった?」
「さ、寒くはないです……」
(恥ずかしいだけです!)
 
 勢いよく浴室から出たものの、箱を開けて改めて中身を見ると私の勇気はしおしおと縮んでいった。
 対峙すること数十分。
 エドアルドを待たせていることを思い出した私は、これもまた勢いで身に着け、けれど恥ずかしすぎて分厚いバスローブを纏い浴室から出た。
 エドアルドは手にしていた本をテーブルに置くと、長い脚を組み背もたれに背を預け、私をじっと見つめた。その視線は、ガウンの下まではっきりと見えているようで恥ずかしい。

「……なぜ買ったのか思い出した?」

 その問いに首を振ると、エドアルドはごめん、と小さく呟いた。

「意地悪を言ったんじゃないんだ。思い出すきっかけになればいいと思ったし……私も理由が知りたかった」

 小さく苦笑するエドアルドを見て申し訳ない気持ちが溢れてくる。
(ちゃんと伝えなくちゃ)
 入口の前で立ち止まったままだった私は一歩、また一歩とエドアルドに近付き、分厚いガウンの合わせをぎゅっと握りしめた。
 
「……私、思い出せなくても、ちょっと分かったんです」
「分かった?」
「エドアルド様に、見せたかっただけだと、思い、ます……」
「見せたかった、だけ……?」

 不思議そうに首を傾げたエドアルドに向かってコクリと頷く。
 そう、恐らく特別な何かとか、そういう理由ではなく、ただ会いたかった恋しい人に、見せたかっただけなのではないかと思う。発想がちょっと、かなり大胆だけど。

「多分ですが、きっと誰かにこういうのがあると聞いて……その、自分もって思ったんじゃないかと。恥ずかしくても、どうしても買いたかったんじゃないかと思います」
「私に?」
「そう、です。だって」

 腰の紐を解くと、羽織っていたバスローブは簡単に床に落ちた。
 エドアルドがどんな表情をしているのか見ることができなくて、俯いた視線の先にある自分のつま先を見つめる。

「会いたくてたまらない人に会えるんです。……私だって、楽しみにしていたんです、絶対に」
「……それは、君の考え?」

 小さく話すエドアルドの声が空気を震わせる。
 顔を上げると、片手で口許を覆い目許を赤く染めているその様子に、私は背中を押された。

「そうです。それと……私の中にある、エドアルド様のことが好きという気持ちで、そうだと思うんです」

『君の中に好きなものが残っているのなら、私のことも残っていないかな』

 そう寂しそうに言っていたエドアルドの言葉が蘇る。
 記憶がなくても残っていた私の好きなもの。私の中にある「好き」。

「私、記憶がなくてもエドアルド様が好きです。それにちゃんと……、ちゃんとエドアルド様が好きだという気持ちも残っていました。だからこれも、覚えていないけどきっとエドアルド様のために……っ」

 最後まで言い切る前に、身を乗り出したエドアルドに手首を掴まれ強く引き寄せられた。膝の上に倒れ込む私の身体をぎゅうっときつく抱き締め、胸元に顔を埋めるエドアルド。

「ルドヴィカ……っ」

 縋るような、恋い焦がれるような声が私を呼ぶ。
 胸に溢れてくる愛おしさそのままに、濡羽色の髪に指を差し込んで抱き締める。

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