記憶をなくした私は王太子妃候補の一人らしいです。覚えていないので辞退してもいいですか?

かほなみり

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哀れな私の、ささやかな願い

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「つまりは魔力の暴走だろう」

 私がどうやら時を超えたらしいという結論を持ってきた従者と魔術師は、あれこれ調べたいと色んな薬や道具を持って来ていた。ギラギラと目を輝かせ興奮するその姿に恐怖すら感じ、実験台になるのかと青くなっていたら、自分が調べるから下がれとエドアルドがそれらをすべて没収し、その場は一旦解散となった。
 後ろ髪を引かれる思いで渋々退室した二人に続き、王太子も一度引き上げることになり、今は室内にエドアルドと私の二人きり。
 相変わらず膝の上にいて、降りることも許されずなんだか気まずい気持ちのまま、エドアルドと話を整理した。
 
 時を超える魔法というのは大昔に存在していたと言われる、おとぎ話のようなもの。
 実際にそれが使える人はいないし、使ったという記録もない。だからそんなものは憶測にすぎないと、エドアルドは涼しい顔で従者と魔術師が持ってきた道具を処分した。

「でも、それなら説明が付きます」

 私が一人で三日もどこにいたのか。
 外傷もなく健康状態に問題はなくて、行方不明になったその日と同じ姿だった私。服や髪が汚れている様子もなかった。

「実験台にでもなりたいの?」
「い、いいえ! きっと彼らの勘違いです!?」
「そうだね」
 
 エドアルドの言葉に慌てて否定すると、頭上で笑う気配がした。
 見上げると、可笑しそうに瞳を細めたエドアルドと目が合う。
(よかった、笑ってる)
 その顔を見てほっと胸を撫で下ろす。
 大きな掌はずっと私の背中を撫で、下ろした髪を指先でくるくると弄ったりしているけれど、その顔は険しく何かを考えている様子だった。怒るのも当然のことをしたのだ、何を言われてもおかしくないとずっと落ち着かなかった。

「ルドヴィカ」
「は、はい」

 ぴっと背筋を伸ばしエドアルドの顔を見る。何を言われても、謝るしかない。ほとんど覚えていないんだけれど。
 私の気持ちが分かったのか、少しだけ目を見開いて私を見たエドアルドはふっとその表情を崩した。

「まだひとつ、分かっていないことがあるだろう?」
「え、え? 分かっていないこと……?」

 首を傾げると、エドアルドの長い指が私の顎を捉えくいっと顔を向けられる。真っすぐ飛び込んできたエドアルドの瞳に胸がドキリと跳ねた。

「あの箱だよ」
「……!」
(そうだった!)
 
 ベッドの下にあったあの白い箱。そう、あれは結局何だったの?

「あんな風に厳重に魔法を掛けられては、君の侍女にも見つけ出せない訳だね」
「……え?」

 エドアルドは意地悪に口端を上げて私を見下ろしながらふにっと唇を押す。
 ま、待って、どういうこと? あの箱のことをエドアルドは初めから知っていたの?

「あ、あれはエドアルド様が贈ってくださったのですか?」
「いいや違う」
「え?」
「ある日、君が街である店に行ったという情報が入った」
「じょうほう」

 突然話が変わる。えっと、情報? それは一体誰からのどんな情報?

「王都に来てからというもの、君は私に隠れて何やら動いている様子だった。今思えば兄上の件もあってのことだろうけど、変身魔法を使用してまで一人で出かけたと聞いたんだ」

 色々確認したいことが多すぎる。私が一人で行動してるのを寂しいと思っていてくれた? ていうか私って変身魔法使えるのね! え、見張られていたのかしら?
 エドアルドはむにっと強く私の頬を指で押し、片方の眉を上げて私を見下ろしながら嗜めるように目を細めた。
 
「言っておくけど君は変身魔法は使えないよ。希少な魔石を口止め料として魔術師に渡して、魔法をかけることを頼んでいた」
「そ、そうですか……」
「あからさまに残念そうにしないでほしいな。君がそんなものを使えたらもっと酷いことが起こりそうだ」
(それはそう)

 返す言葉も見つからずむうっと黙ると、優しく瞳を細めてエドアルドはまた私の唇をふにふにと押す。

「何かあっては困ると、念のため君に護衛を付けていたんだよ。護衛からその報告を聞いた時の私の心中を察して欲しいね」
「も、申し訳ありません……」
 
 もう謝ることしかできない。本当に心配しかかけていないのだ。何をやっているのかしら、過去の私!

「護衛からの報告では、変身した君がある店に行き、何かを購入して箱をタウンハウスに持ち帰ったということだったんだ」
「それは……明らかに私が購入していますね?」
「そうだね」

 買ったはいいものの、王城に持って帰る勇気もなくて、取り敢えずタウンハウスに隠したということなのかしら。
 
「君の侍女に聞いても、君から巧みに用事を頼まれ、その日の君の行動を把握していなかった。どうしたものか考えている時に、君がいなくなったと連絡が入った」

 そこでエドアルドは変身した私が手に入れたらしい箱を探すことにした。私が姿を消したことと何かつながりがあると思ったらしい。

「な、中身については初めから知っていたのですか?」
「いいや? 君の侍女に探してもらったけど箱は見つからなかったし、調べても訪れた店は婦人向けのテーラーだったから、そんなものを扱っているとは知らなかった」

 ユリが言っていた殿下に頼まれたことって、それなのね。ぐっと目を瞑り、記憶を失う前の自分に説教したい気持ちを堪える。本当に、なんて言うか……!
 つつ、とエドアルドの長い指が唇から顎、そして首を、ゆっくりと意味ありげになぞる感触に気持ちが引き戻される。エドアルドの指先の感触にびくりと肩が揺れ、顔が熱くなった。

「君と一緒にあの箱の中身を見た時は本当に驚いたよ」
「そ、それはそうでしょうね……」
「あのカードは君が書いたと気づいて、すぐにどういうことか分かったんだけど」
「え?」
「私の字をあそこまで真似できるのは君だけだ」
「それはどういう……」
「私の手紙を受け取るのは、君だけだから」
「!」

 エドアルドの長い指は私の胸もとにあるネックレスの石をころころと弄ぶ。石に込められたエドアルドの魔力がふわりと揺らめくのを感じた。

「大方、誰かに見られた時に私から贈られたものだと言えば、言い訳が出来ると考えたのだろうね」

 なるほど。
 もう全部お見通しで恥ずかしすぎる。恥ずかしさを通り越してなんだか他人の話を聞いているような気持ちになってくる。私のことだけれど。
 
「あの、エドアルド様はどうしてあれを魔術師の下へ送られたのですか?」
「送っていないよ」
「え!?」
「君が着けるかもしれないものを、他の人間に見せるはずがないだろう?」

 それじゃあどうしてそんな回りくどいことをしたの? ていうかそれは今どこに?
 私の疑問を分かってか、エドアルドが苦笑した。

「思い出してほしかったんだ」
「思い出す?」
「あれを買った時の、君の気持ちを知りたかった」
「!」
「ルドヴィカ」

 横抱きにした私に覆い被さるように、エドアルドが顔を寄せそっと低く囁いた。影になってもキラキラと輝く青い瞳は、意地悪そうに私を覗き込んだ。

「あれは私の色をしていた。私のために用意したんじゃないかな?」
「――っ! そっ、そんなこと言われても……!」
(それはその時の私に聞いてみないと今の私では何も分からないわ!)

 あわあわと膝の上で慌てる私の額にちゅっと口付けを落としたエドアルドは、私を横抱きにしたまま立ち上がった。

「それじゃあ、君がいなくなってから憔悴し悲しみで我を失った哀れな私の、ささやかな願いを聞いてくれるかな?」
「ね、ねがい……?」
「聞いてくれると信じてるよ」
 
 不安な響きを持つその言葉に瞬きをした次の瞬間、私たちは見知らぬ部屋の真ん中に立っていた。

「ここは……?」
「私の部屋だよ」
「!」

 室内を見渡すと、確かに私が過ごす部屋よりも広く重厚な家具が配置されていた。客室にはない執務机に天井まで届く書棚、立派な応接用のテーブルとソファ。
 エドアルドは私を抱きかかえたまま室内を移動し、奥へと続く扉を開けた。
 そこは完全に私室となっていて、分厚いカーテンがかかった天蓋付きの大きなベッド、ソファにローテーブルが配置され、暖炉には火が入り室内は暖かい。重厚なマントルピースの上には照明だけではなく、絵や置物が飾られている。

「記憶を失う前ですら、君はここに来たことはないんだ」
(ではどうして今ここに?)
「その奥は浴室になっている」

 ベッドの向こうにある扉を指しながらエドアルドはそっと私を床に降ろした。
 何が言いたいのか分からずその顔を見上げると、エドアルドは美しい彫刻のような笑顔を見せ、私の耳元に顔を寄せて低く囁いた。

「そこに、あの箱が置いてあるから着替えてくるといい」
「……!?」

 驚いて仰け反ると、エドアルドは私の髪をひと房手に取り、口元に寄せて口付けを落とした。
 
「浴槽に湯が用意してある。ゆっくり入っても構わないけれど、あまり待たされるのは得意じゃない」
「あ、あの」
「それとも一緒に入る?」
「い、急いできます!?」
「そう? じゃあ私は隣室の浴室を使うから」

 するりと長い指が私の頬を撫で、そのまま唇をふにっと押した。
 
 「また後でね、ルディ」
 
 それはなんだか、最後通牒のような響きを含んでいる気がした。
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