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ウィリアムという人2

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「大変申し訳ありませんでした」

 テーブルを挟んで座る王太子に、深々と頭を下げた。何ならそのままテーブルに額を着いてしまいそうな程、深く。

「いや、記憶を失ったと聞いている。体調はどうだ」
「体調は問題ございません」

「そうか……、本当に良かった」

 ウィリアム王太子はそう言うと、心から安堵したというように笑った。
 けれど、混乱していたからとは言え王太子に向かって「だれ?」とか言っちゃ駄目なのよ。
 そう、私はずっとエドアルドを王太子だと思っていた。
 それを聞いたウィリアム王太子は目を丸くして笑った。近くで壁の如く気配を消して立っているユリと侍女たちも、私の勘違いを知り笑いを堪えていたと思う。
 
「エドアルドも名乗らなかったのだろう。アイツらしい独占欲の見せ方だ」

 ウィリアム王太子はくつくつと笑いながら優雅にカップを持ち上げた。

「外見だけ挙げると私たちは似ている。貴女も説明が難しかっただろう」

 確かに、エドアルドと王太子は外見を説明するとほぼ一緒。
 黒髪に碧眼、身長も近いし二人とも黒のダブレットを着ている。けれど顔は全く違う。エドアルドが切れ長でやや冷たい印象なのに対し、王太子は柔和で目尻が少し下がった優しい印象。年上なのだろうけれど、かわいい、という感想を抱いてしまう人だ。

「あの、エドアルド様は……」
「第三王子。私の弟だ」
「そうなのですね」

 澄ました調子で答えているけれど、もう私の頭の中は羞恥で混乱し大騒ぎ。エドアルドは第三王子殿下……! 二人とも高貴な身分でここでは殿下と呼ばれる立場! 誰もエドアルドのことを殿下とは呼ばず、殿、としか呼ばなかったのに、私はいつから勘違いしていたのかしら!

「私は……王太子妃候補だと聞いているのですが」

 そんな胸の内をおくびにも出さず淑女然とした態度で何とか聞きたい事を絞り出す。知りたいことは沢山ある。
 何故ならエドアルドは何ひとつ教えてくれないのだから!
 
「そうだが、それは貴女だけではない。候補には他の領地の令嬢たちも多くいて、今は社交シーズンが始まる前の顔合わせという名目で王都に来てもらっている」
「それでは私は、ただの候補の一人、ということでしょうか?」

 じっと王太子の顔を見つめると、私の聞きたいことが伝わったのか、少しだけ目を見開きすぐに目尻を優しく下げた。

「貴女にはエドアルドという想い合った人がいる。私も、心に決めた女性がいるんだ」
「……そう、ですか」

 私は王太子妃候補だけれど、選ばれることはない。王太子妃になることはないということ。いやそもそも私が王太子妃候補を辞退するのは正しいのよね? え? エドアルドはどうしてあんな事を言ったのかしら。もしかして喜んでた? ちょっと待って、私がエドアルドを王太子だと勘違いしてることを彼は知らないわ……!
 
「貴女には本当に……迷惑をかけてしまった」

 王太子がポツリと呟くのを聞いて、我に返る。駄目、今は全然考えを整理できない。
 今は眼の前のことに集中しましょう……!

「迷惑、とは?」
「こんなことになってしまったのは私のせいだ」

 澄ました顔で聞き返すと、王太子は手にしていたカップをソーサーに戻し、深々と頭を下げた。

「お、おやめください! 王太子殿下!?」

 やめさせようと慌てて立ち上がっても、王太子は頭を下げたままやめようとしない。

「あ、あの、分かりましたから! お願いです、どうか顔をお上げください!」

 ただの田舎の令嬢が王太子に頭を下げさせるなんて醜聞が悪すぎる。最早悲鳴に近いような声で懇願すると、やっと身体を起こした王太子が小さく息を吐きだした。

「すまないが皆、退室してくれないか」
 
 王太子の言葉に侍女たちが頭を垂れ退室する。ユリもそれに倣い、しずしずと部屋を去った。
 扉が閉められ二人きりになった途端、王太子がばっと両手をテーブルについて身を乗り出した。

「ルドヴィカ嬢、記憶がないとは本当なのか?」
「えっ!?」
「本当にあの日のことを覚えていない!?」
「あの、申し訳ありません……?」

 必死の形相で身を乗り出す王太子にやや身体を引いてとりあえず謝罪すると、王太子は両手で頭を抱えた。

「お、王太子殿下?」
「頼む、思い出してほしい! 君の証言がなければ私は……私はもうお終いだ!」
「それはどういう……」

 真っ青な顔で涙すら浮かべ頭を抱える王太子。一国の王太子のこの取り乱しように、なんだかとても胸騒ぎがした。私は一体何に関わっていたのだろう?
 でも、大変申し訳ないけれど一体何の話か分からない。

「あの日って、なんのことですか?」
「君がいなくなった日のことだ! 君が覚えていてくれないと、私は、私は殺されてしまう!」
「ええっ!? だ、誰がそんな」
「エドアルドだよ!」

 顔を上げた王太子の悲痛な叫びが静かな室内に響く。それはやまびこの様に室内に響き消えて行った。

「え、エドアルド様に? それは一体どういう……」

 私の問いに何かを言おうと口を開いた王太子が、そのまま目を見開き固まった。もはや青いを通り越して土気色をしている。

「王太子殿下?」
「その話」

 すぐそばで低い声が響き、肩に手が載せられた。服越しだというのにその手の熱さを感じ、なぜかひやりと背筋が凍った。

にも詳しく聞かせていただけますか?」

 金色の小さな粒を纏ったエドアルドが、いつの間にか私の肩を抱き寄せるように傍らに立ち、王太子に向かって人形のような笑顔を向けた。

「ねえ、兄上」

 エドアルドの瞳に浮かぶ激しい怒りに何も言えないまま、私たちはごくりと喉を鳴らした。
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