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ウィリアムという人1

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 エドアルドが執務に戻り、案の定暇を持て余した私は、侍女たちに頼んで私がいなくなってからの連日の新聞を取り寄せてもらった。読んだところで書いてあることは全て憶測ばかり、中には男女の痴情の縺れを絡めて書いているようなものもあった。
(一体何の三文小説かしら)
 ため息をついて新聞をテーブルに置く。
 それにしても、この王太子妃候補に対する注目度の高さに驚く。連日取り上げられていた私の行方不明の件も然り、その他にも地方からやって来た令嬢方のドレスをまるで専門家の如く品定めしていたり、誰が一番王太子妃に近いか予想を立てている新聞もある。
(……私、王太子妃になるのかしら)
 王太子妃になるなんてとんでもない、辞退しなければと考えていたのに、今ではそれを受け入れる覚悟を決めなければ、と考えている。

『君が望めばその通りになる。誰も君に無理強いはできないよ』

 きっとエドアルドは、私に無理強いをしないだろう。でも私が辞退すると、どうなるのかしら。誰か他の人に決まる? そのための王太子妃候補なのだから、当然そうだろう。
 回廊で見た令嬢たちを思い出す。
 私が辞退したら、あの中から誰かが選ばれるかもしれない?
(それは絶対に嫌だわ)
 誰にも譲らない。譲りたくない。幼い頃の恋心を思い出して切なく胸が震える。
(もうとっくに……きっとはじめから、私はずっとエドアルドが好きなんだわ)
 記憶がなくても身体に刻まれた好きという気持ち。積み重ねられた日々を覚えていなくても、私は彼が好きなのだ。
 膝の上の手をぐっと握りしめると、突然外が騒がしくなり部屋の扉が開け放たれた。驚いて視線を向けるとそこには息を切らせた一人の女性。

「ルドヴィカお嬢様!」

 既視感しかない。

「ユリ! どこへ行っていたの?」

 外套を着たまま入室してきたユリの頬が赤い。外は相当冷えているのだろう。

「殿下から頼まれたものを探していたのです! お傍を離れたくはなかったのですが私などが断ることも出来ず! 申し訳ありません!」
「殿下に頼まれたって何を? ちょっと待って、それよりも先にユリ、どうして私に嘘の名前を教えたの?」
「うそ?」

 ユリはきょとんとした顔で私を見た。その表情を見て、なんだか揶揄われているのかとむうっと唇を前に突き出してしまう。

「王太子の名前よ! ウィリアムだなんて、出鱈目もいいところじゃない!」
「えっ! 王太子殿下のお名前はウィリアム様です、お嬢様!」
「違うわよ! お陰でひどい目に遭ったというかなんというか……」

 間違えて名前を呼んだ時の夜を思い出し、顔が熱くなる。今はそんなことを思い出している場合ではないわ!

「お嬢様、王太子殿下のお名前はウィリアム様です! 高貴なお方の、ましてやお嬢様が妃候補となっているお方の名前を間違えるはずがありません! ね、間違いありませんよね?」

 ユリが壁際に立つ侍女たちにそう声を掛けると、それまで王太子の名前を頑なに言わなかった三人の侍女たちが、視線を伏せたまま答えた。
 
「はい。王太子殿下のお名前は、ウィリアム様です」
「えっ!?」
「そうですとも! 私が間違えるはずがありません!」
「ちょ、ちょっと待って……え、ウィリアム? あなたたち、名前を言ってもいいの?」
「口止めされているのは殿下のお名前です」
「…………え?」

 待って、王太子の名前はウィリアム? それは誰のこと? 王太子、王太子って……? 殿下?
 混乱する私に更に追い打ちをかけるように、扉の向こうから護衛騎士の声がした。
 
「王太子殿下がお見えです」
「えぇ!?」

 返事をする間もなくまた扉が大きく開かれ、男性が慌てた様子で入室してきた。
 漆黒の髪をひとつに纏め、黒いダブレットに金釦の上着を着た男性を見て、ユリが素早く横に移動し深く腰を落とした。侍女たちも同じように頭を垂れる。
 背後で静かに扉が閉められると、男性は私を見て……何故か泣きそうな顔をした。

「ルドヴィカ嬢! 良かった、無事で何よりだ!」

 両手を広げ心から安堵したような表情で、けれど今にも泣きそうに顔をくしゃくしゃと歪める男性。侍女たちやユリの様子から、この人が高貴な身分なのは分かる。そもそも王太子殿下、と言われて入って来たのはこの人なのだ。でも。
 
「だ、だれ……!?」
 
 思ったことがそのまま口を突いて出てしまい、淑女の振舞いなど本当に混乱している時は出ないものなのだな、と私は頭の隅でぼんやりと思った。
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