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しおりを挟む仕事が終わり、ソワソワと退勤してコンビニに寄って帰る。レジで洗顔や下着をお会計する時の恥ずかしさに、顔を上げられないまま飛び出すように店を後にした。
だって恥ずかしすぎる! これからお泊まりですって宣言してるみたいじゃない!? 別にレジの人は知り合いでも何でもないけど…。
それにしても。
カイさんに教えてもらった住所は職場からアクセスが良くて、迷わず到着したんだけれど。
「……嘘でしょ…」
目の前に聳え立つタワーマンションを見上げて、もう一度住所を確認する。うん、間違ってない。
周囲を見渡しても、どう考えても、指定の住所はここ。暫く動けずジッと佇んでると、道行く人に不審な目で見られてしまい、慌ててマンションの入り口に向かった。
慣れないカードキーを使ってマンションに入りエレベーターに乗り込む。本当に住む世界が違ってソワソワと落ち着かない。
辿り着いた最上階のフロアには一室しかなく、エレベーターを降りて広がるエントランス、ひとつだけのドア。
場違いな場所に迷い込んでしまったような、でも少しだけ冒険をしているような、ふわふわとした気持ちを抱きながらそのドアの鍵を開けた。
「わあ、すごい…」
室内に入ると目に飛び込んでくる夜景。
明かりをつけずにそのまま窓に近付いて、暫くその景色を堪能する。窓ガラスが鏡のように外を眺める私の姿を映し出す。室内を見渡して、大きなソファの端にそっと腰掛けた。
カイさん。
こんなに住む世界が違う人と、私はお付き合いをしてる。
好きだと言われて、好きだと言って。忙しくて中々会う時間がないけど、カイさんは私に会いたかったと言ってくれて、キスをしてくれる。
大人の男性でカッコよくて、仕事も凄く精力的にしてる人。
それじゃあ私は?
まだ学生の身分で、社会人のスタートラインにも立っていない。特別容姿が優れているわけでもないし、どうしてここにいるのか自分でも不思議。何も知らない、まだ何も経験していないお子様な私。
今朝の白波瀬さんの姿を思い出す。
お似合いだったな。
嫉妬とかそういうんじゃなくて、ただ純粋にお似合いだなと思った。綺麗で芯があってかっこいい女性だった。
私もあんな風になれるかな。カイさんの隣にいて恥ずかしくない、相応しい女性になれるかな。
なりたいな。
ふ、とひとつ息を吐き出して、窓の外に広がる夜景を、窓に映る私を、灯りのついていない部屋でいつまでも見つめた。
* * *
いい匂いがする。
何かな…そう言えばお腹すいたな…
頬にかかる髪を避ける気配。熱い指先が輪郭をなぞる。目を開くとぼんやりと明かりが灯る室内が窓に映し出され、ソファにいつの間にか横になっている自分自身と目が合った。そしてその横に写る白いシャツの大きな背中。
見上げると、カイさんが床に座りソファの座面に頬杖をついて、優しく目を細めて私を見下ろしていた。
「起きたか」
「…っ、カイさん! ごめんなさい、私…」
「ぐっすり寝てたから。疲れたんだろう、大丈夫か?」
そう言って私の頬に掌を当てて覗き込む。
「大丈夫…です」
「そろそろ起こそうかと思ってた。食べれる?」
「もちろん!」
「はは、そうか」
カイさんはおかしそうに笑うと、すぐにジッと私の顔を見つめる。
「? カイさん?」
「いや…、ただいま、もも」
「…お帰りなさい」
「会いたかった?」
「…もちろんです」
カイさんはまたふふっと笑うと、柔らかくキスをする。カイさんの熱くて柔らかな唇が離れて、無意識にその唇を追うように私も唇を押し当てる。
「…ん、ふ…」
「はぁ…っ、…もも」
大きな掌が腰を撫で背中に回る。柔らかなニットの隙間に手を差し込まれて直接肌に触れるその掌は熱い。
「もも、俺と…」
ピンポーン、とインターホンが鳴った。
ビクッと身体を震わせて思わずカイさんから身体を離すけど、背中に回されたカイさんの腕は私を逃さない。見上げると、カイさんの眉間にものすごく深い皺が。
「…カイさん、誰か…」
「来客の予定はない」
ピンポーン
「…あの」
「気にするな」
ピンポーン
「「………」」
カイさんはため息をつくとガックリと私の肩に項垂れて呻いた。よしよしとカイさんの背中を撫でると、もの凄く面倒臭そうに顔を上げ立ち上がった。
「…誰だよ」
ブツブツとインターホンに向かうカイさんを見送って、私はソファから立ち上がりダイニングテーブルに移動する。
綺麗にセットされたテーブルに、ワイングラス。
わ、私の好きな白ワインが用意されてる…!
ダイニングテーブルにグラスやお皿が並べられて、テーブルの中央にはオシャレな鍋が置かれている。いい匂いの正体はコレだ。
「白波瀬」
カイさんの溢した名前に手が止まった。
カイさんが見ているインターホンに映る女性。それは確かに、今朝会った白波瀬さんだ。
心臓がドクンと嫌な音を立てる。
どうしよう、私先を外した方がいい? 部屋に来るのかな、私がいることがバレたら…。
あまり聞いたことのない心臓の音と早さに動けずにいると、カイさんが通話ボタンを押した。
「何の用だ」
『あのねえ、せっかくここまで来たのにそれはないでしょ』
「何の約束もないだろ」
『話す前にカイがすぐ帰るんだもの。折角新年に会えたんだから一緒に飲みましょ』
そう言ってモニターに向かって白波瀬さんがワインの瓶を掲げて見せる。こうやって、自然に自宅に行き来するほど仲が良いんだろうか。
モヤモヤと嫌な気持ちが湧いてくる。
ああ、嫌だな…
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